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5-1

 陽子の明るさにいくぶんか救われたけれど、私は結局試験勉強にあまり集中することができなかった。

 気が散るくらいならいっそ向かい合ってみればいいのではと、同性愛とかLGBTとかについてついつい調べてしまったのがよくなかった。

 知れば知るほど謎は増え、疑問は次々に産声を上げる。身も蓋もない感情論と、何の役にも立たないぼんやりとした倫理観がそれらに答えをくれても、満足することなんて到底できず、堂々巡りを繰り返す。

 世の中の人は特に意識もせず、ゲイをいじるネタを言う。「お前、ゲイかよ」「お前ホモかよ」とか。そうやって簡単に笑いをとろうとする。世界は簡単には変わらないし、文化とか慣習とかは無意識に人の中に根付いている。

 けれど少数者と呼ばれる人々はたしかにいて、今日も苦しんでいるのかもしれない。誰かに恋愛について相談できないんだろうし、将来への不安とかもあるのかもしれない。

 そんなことを考えると、切ないやらもどかしいやらで、やるせない気持ちになった。勉強など、手につくはずもなかった。

 それに、桐島君とは以前のように雑談をすることはできたが、私の動揺が彼に見透かされていないかと心配になった。

「何をやっているんだ、私は」と、自分に呆れながらも、気持ちをリセットすべく試験明けの今日は、全力で部活をすることにした。


 いーかんじにスリーポイントシュートが決まった。調子が良い。やっぱりバスケは最高だ。

 そう思っていられたのも束の間だった。

「ちょぉっと、阿部ちゃん借りてもいい?」

 バスケ部の友人たちと下駄箱に向かう最中、隣のクラスの藤堂(とうどう)幹也(みきや)という男子に呼び止められた。

 私は正直、こいつがあまり好きじゃなかった。何かと上から目線だし、偉そうだし。いくら男バスのエースとはいえ、こんなヤツにキャーキャー声援を送る女子の気持ちが理解できない。

「なに? 私はやく帰りたいんだけど」

「そんなつめたいこと言わないでよ。オレ、阿部ちゃんのこと待ってたんだよ」

「だからなんの用かって聞いてるんだけど」

「んー、阿部ちゃんと一緒に帰りたいなって思って」

「はあ?」

「照れてる? かわい。ほら帰ろ」

 藤堂は私の肩に手を回し、歩くように促してきた。触られたところから、じわっと不快感が私の中に広がった。

 たった十五年の人生だが、これまで私は髪をチャラチャラ伸ばして染めているヤツで、良いヤツに出会ったことがない。だから私がこいつのことを嫌いなのも仕方がない。

 そもそも、なんでこいつは髪留めなんかつけてるんだろう? 長い髪は切ればいいじゃないか。

 そんなことを考えながら、私は藤堂との苦痛な帰り道を何とかやり過ごしていた。

「ねー、阿部ちゃんて休みの日とか何してんの?」

「ダラダラしてる」

「ダラダラって言ってもさ、なんかあるっしょ。ドラマ見たりとか。買い物行ったりとか」

「あるかもね」

「やっぱ? 見てみたいなぁ、阿部ちゃんの私服。どんなの着るの?」

「Tシャツとジーンズ」

「へぇ、シンプルなんだね。あ、でも阿部ちゃんスタイルいいから似合いそう」

 こいつのタフさには呆れるのを通して、尊敬してしまう。普通、これだけ話の広がらない返しをされたら話すのが嫌になるだろうに。一人で積極的に喋りつづけて、しかもどうにかこうにか褒めてくるなんて、私には絶対できない。

 でもきっと、桐島君も藤堂みたいなタイプは嫌いだろう。布施はこいつと真逆みたいな感じだし。

「ねえ、阿部ちゃん、今度オレとデート行かない?」

「は?」

 どこでどう時空が歪んだのだろう。真面目に話を聞いていなかったとはいえ、いつの間にそんな話になった。

「いいじゃん、行こうよ」

「やだよ。なんで行かなきゃいけないのさ」

「えー、だって俺。阿部ちゃんのこと好きなんだもん」

 夏特有の生温い風が首元を撫ぜる。それと一緒に、隣の男の柑橘系の制汗剤の匂いがする。私はこの匂いが大嫌いだった。汗で冷えた身体に寒気が走る。

「なに言ってんの?」

 私は今日初めてしっかりとこいつの顔を見た。薄っぺらい笑顔を貼り付けた顔面を、私はぶん殴ってやりたくなった。

「だから、俺は阿部ちゃんのことが好きなの」

 気色悪い。そう思ってしまった。さすがに少し、申し訳ないとも思った。

 だから私は「ごめん」と一言だけ残して走り出した。

 夏の太陽は、中途半端に空に残るから嫌いだった。


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