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翌朝珍しく早く学校に行くと、桐島君に呼ばれた。昨日はあまり眠れなかった私の眠気がぶっ飛んだことは言うまでもない。
人気のあまりない音楽室へ向かう廊下のほうへ、彼は私を連れて行った。
昨日までの私なら頭の中を妄想でいっぱいにできただろう。けれど今は、悪い予感しかしなかった。
「彰吾から聞いた。ごめんね、驚かせたよね」
廊下の真ん中あたりで止まった彼はこちらに向き直ってすぐにそう話し始めた。
私が布施の下の名前は彰吾だったっけと考えているうちに、
「俺、ゲイなんだ」
と桐島君はさらりと言った。
自分が何者であるかを明らかにする。それは実は、とてもずるいことなのかもしれないと、私は何だか哲学的なことを考えた。そして、ここはきちんと言葉を選ばなければいけないところだということが、バカな私にもわかった。
「たしかに、驚きはしたけど……謝らないでよ」
色々考えて出てきた言葉はそんなもんだった。我ながら情けない。
彼は優しく微笑んだ。
「図々しいお願いなんだけど、他の人には黙っててもらえないかな? ほんとに、申し訳ないんだけど」
大好きだったその穏やかな笑顔が今はもう、冷たい愛想笑いにしか見えなかった。彼は私に釘を刺しに来たのだ。
今さらわかった。彼が浮かべるその笑顔は、すべてを許し、何もかもに蓋をする、仮面にすぎなかった。
私は何も彼のことを知らなかった。もしかしたら私は、彼の見せる彼に恋をしていただけなのかもしれない。いや、そうに違いなかった。
吹奏楽部が朝練をしているらしい。ドア越しのくぐもった楽器の音が聞こえてきた。私は残練派だが、朝練もしようか。そんなことをふと思った。
もう、言葉を探すのはやめにした。
「私もね、好きな人がいたんだ。だから、正直難しいことはよくわからないんだけど、人を好きになるっていうことは悪いことじゃないって思うんだ、たぶん。だからさ、謝らないでよ」
すっと息を吐き、もう一度、覚悟を決める。
「黙ってる。たとえ、拷問にかけられたって、自分の何と引き替えにしてだって、絶対に言わない。墓場までもってくって約束する」
桐島君は笑わなかった。
「ありがとう。……俺、阿部さんのこと、女の子の中では一番好きかもしれない」
「なにそれ、笑うとこ?」
「うん、笑うところだよ」
そう言う桐島君の目は、ちっとも笑っていなかった。
「ねえ、桐島君」
ここからやりなおそう。東の窓から太陽の光が降り注ぐこの廊下で。もう一度、ここから。
これは、私の大っ嫌いな言葉の一つだ。だってなんだか、押しつけがましいから。でもやっぱり私は、彼にこの言葉を押し付けようと思った。
「私、桐島君と友達になりたい」
桐島君は少しだけ驚いたような顔をした。でも、すぐに笑ってくれた。
「ありがとう。俺も、阿部さんと仲良くなりたい」
じゃあね。
桐島君はそう言ってゆっくりと私の横を通り過ぎていった。




