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 気が付くと、降りるべき駅を三つも過ぎていた。

 ああ、戻らなきゃ。はやく引き返さなきゃ。そう思うのに、電車は四つ目の駅をめざして進み続けた。

 ぜんぶ、私のせいだった。

 私はバカだから、どうしてもその先にあるものを確かめたかった。

 でも知らない方がきっと、私は幸せだったのだ。



「どうだ? けっこう自信あるんだけど」

 ミートボールを食べて固まっていた私は、布施の言葉で現実に引き戻された。

「うん、とってもおいしい。今まで食べた中で、一番」

 上手においしいという顔ができているか、私は少し不安だった。でも布施は「ならよかった」と満足げに笑っていたので、大丈夫だったのだろう。

 布施は背伸びをして、上の棚からタッパーを取り出した。そのとき、隣にチラリと見えたお弁当箱。見覚えのあるその黒いお弁当箱を見て、私は自分を抑えきれなくなった。

「ねえ、桐島君の彼女に、心当たりってある?」

 私はゆっくりとつまようじをゴミ箱に放った。

「あ? ねーって。俺、彼女がいたことすら知らなかったんだぞ」

「じゃあ……彼女じゃなくて、恋人なら?」

 私は物覚えがあまりいいほうじゃない。でも、人と話したことは不思議とよく覚えている。それが好きな人との会話なら、なおさらだ。

 タッパーにミートボールを詰める布施の手が、ほんの一瞬だけ止まった。でも彼はすぐに、なんでもなかったかのように動き出した。

「だから、知らないって言ってるだろ。ほら、もう暗くなるからそろそろ帰れよ」

 布施のようなガサツな男が、女の子に暗くなるからなんて言うわけがない。

 布施はタッパーをビニール袋に入れて机の上に置くと、今度は洗い物をし始めた。私と目を合わせないようにしているのがバレバレだった。

「ねえ、答えてよ」

 私は皿を洗う布施の手を掴んだ。どうしても答えが知りたかった。曖昧なままなんて、許せなかった。

「離せっつの」

 布施はひどく機嫌の悪い声を出すと、私の手を振りほどこうと腕を振った。

 洗剤の泡が宙を舞い、布施の肘が私の顔に当たる。鈍い痛みが走った。あちこちを机やら椅子やらにぶつけガンガンと音を立てながら、私は机に突っ伏すように倒れ込んだ。

「あっ」と息を呑む音がする。「悪いっ、大丈夫か?」と布施がこちらを振り返った。

 私はすぐさま起き上がり、泡だらけの彼の手を掴んで、目を見て言った。

「教えて。あんたは桐島君の恋人なの?」と。

 頬の骨がじんじんと痛む。でも、こんなのはバスケじゃ日常茶飯事だ。全然痛くなんかなかった。

 今のがわざとじゃないことも、布施が悪いヤツじゃないこともわかっていた。それでも私は、白黒つけなきゃ引き下がれなかった。

 布施は少しだけ、迷うように唇を巻き込んだあと、ぐったりと肩を落とし、「そうだ」と一言つぶやいた。

 視界が真っ暗になっていくような心地がした。

「じゃあね」とだけ言って、私は布施の家を出た。彼には申し訳ないが、ミートボールを持って帰る気にはなれなかった。

 外はまだ明るい。太陽は半分だけ顔を出していて、空には白い月が浮かんでいた。

 駅までの道を、今まで食べたミートボールを思い出しながら歩いた。

 うちのお母さんは揚げ物をつくるのが嫌いで、ミートボールはあまり食卓に並ばない。焼いたやつは時々つくるけど、それとは違う。お母さんには悪いけど、やっぱり揚げたほうが美味しい。

 お店で食べるミートボールとも違う。中華料理のやつは油っこかったり味が濃すぎたりして、あんまり好きじゃない。

 スーパーとかのお惣菜とも違う。出来合いのもの特有の味というか、どこか少しずれた味がする。

 よくよく考えてみたら、それほどたくさんのミートボールを食べてきた人生ではない。

 でも、間違えようがなかった。

 あの日、私が恋に落ちた日に食べたミートボールは、布施が作ったものだった。

 なぜだか、涙がこぼれてきた。

 誰にもそれを見咎められないよう、私は力いっぱい走り出した。



 薄暗いホームで逆向きの電車をぼんやりと待つ。気を抜くと、すぐにため息が出てしまいそうだった。

好きな人がゲイだったことがショック?

 まあ一言で言えばそうだが、別にそれは偏見があってのことじゃない。いや、まあ、偏見がまったくないと言えば嘘になるけど。

 でも、一番ショックなのは、どうしたってこの恋が実らないことが決まっていたということだ。

 彼にとって、自分は恋愛の対象ではない。文字通り、まったくもって、アウトオブ眼中。

「ああぁー」

 気を抜いたのがまずかった。ため息と一緒に死にかけのおっさんみたいな声が出てしまった。

 あー、もう。いっそ死んで男に生まれ変わりたい気分だ。もちろん、男に生まれ変わったからって彼が私を好きになってくれるかわからんけど。

 彼のことを好きだなんて言いながら、彼のことを何もわかっていなかった自分にもため息が出る。結局、私の恋はただの押し付けだったのだ。これはまさしく、「恋に恋してた」というやつだろう。自分の中で、勝手に都合のいい桐島君をつくって。自分の思っていた桐島君と、本当の桐島君が違うくて……。

 そのことにショックを受けているだけ。

 最低だ。こんなもの、恋とは呼べない。私の悲しみは、偽物だ。

「死にたいなぁ」

 思わず声に出してしまったが、声がかすれてよかった。電車を待っている最中に口に出していい言葉じゃない。

 ごしごしと制服の袖で目元を拭う。きっと今の自分はひどい顔をしているのだろう。

 いったい明日から、どんな顔をして会えばいいのだろう?

「あーあぁぁ」

 思わず地面を踏みつける。

 私が必死に堪えているというのに、電車はなかなか来てくれなかった。


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