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俺と合体した魔王の娘が残念すぎる  作者: めらめら
第7章 魔王再合〈デモンズリュナイト〉
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束の間の日常

「やはり失敗したか。魔素(エメリオ)の集中射出による二界の再創世(リジェネレイト)は……」

 薄暗くてガランとした、打ちっぱなしの内壁に囲まれた部屋の片隅で。

 書類や学術書が乱雑にとり散らかった机の上のモニターを見下ろして、白衣をまとった痩せぎすの男がブツブツ何か呟いていた。


 男が見下ろすパソコンのモニターに映し出されていくのは、夜空に立ち上った光の柱。

 続いて崩れ落ちていく魔法安全基盤研究所(MSL)研究棟の映像。

 それはルシオンとメイローゼが最後に戦ったあの日の夜の記録映像だった。


「失態を認めましたねタイガ博士。我らが神を解き放つ、千載一遇の機会を逃したその責任、どのように取るおつもりですか博士……」

 譫言(ウワゴト)みたいな少女の声が、男にそう囁きかけてくる。


 白衣をまとった男の背中から首筋に、何かがズルズルと這いあがって来た。

 シューシューという威嚇音が男のすぐ耳元まで迫って来る。

 いま男の肩口でとぐろを巻いてその首筋に牙を剥いているのは1匹の紅色をした小さなヘビだった。


「落ち着けプリエル。イリスの巫女。既に破壊された剣の断片は全て回収している。その組成も解析済だ。いずれ設備さえ整えば再創世(リジェネレイト)の再現は容易いことだ。元より魔法安全基盤研究所(MSL)の基礎研究の大半はこの私の手によるものなのだからね。それに……」

 耳元のヘビを恐れる様子もなく。

 男は声の主に向かって話を続ける。


「氷室教授の仕事(・・)のおかげで、接界の段階(フェーズ)は更に進んだ。世界のホコロビはその大きさを増し深幻想界(シンイマジア)からの魔素(エメリオ)の流入量もレベル3を超えている。私の計画実行にはもう何の支障もない……」

「……わかりました、ならば待ちましょう博士。ですが我らの神は捧げる供物も持たぬ者に、いつまでも慈悲深くはありませんよ……」

 博士と呼ばれた男の言葉にヘビが反応した。

 男の肩から離れて、男の手、次いで机を伝って部屋の床へと這って行く。


 そして打ちっぱなしのコンクリートのその床には……

 いったいいつの間に入ってきたのか、床一面を埋め尽くしているのは何百匹もの真っ赤なヘビ。ヘビ。ヘビの群れだった。

 

 ズズウウウ……

 そしてそのヘビたちのうねりを断ち割るように。

 とつぜん床から何か(・・)が起き上がった。

 

 半身にまとった桃色のケープ。

 ザワザワと波打った燃えたつ炎の様な紅色の髪。

 薄桃色のレースのベールで顔半分を覆った琥珀色の目をした少女の姿。

 それはソーマの雷撃で焼き尽くされたはずの蛇人(ナーガ)の巫女プリエルの姿だった。

 

「フン、供物(・・)ならばとっくに捧げているさプリエル。既に被験体『アルファ』は半覚醒の段階に入った。被験体『ベータ』の解放(・・)も時間の問題だろう。予期せぬ異界者(ビジター)の『混入』は少々予想外だったがね……」

 蛇人の少女の姿に目もくれず、男はモニターに映し出された映像を何の感情もうかがえない目で見つめていた。

 モニターに映っているのは、あどけない顔をした2人の小さな子供の姿だった。


「もうすぐだ。私の計画の完成まであと少し。『新しき世界』に君臨する神の代行者……超人類(・・・)の誕生まであと少し……!」

「いいでしょう。我らの神のため……引き続きあなたの計画を進めなさい。ミサキ・タイガ博士……」

 昂ぶった様子でモニターを見つめる男の耳元で譫言のような声が聞こえると……

 次の瞬間、もうプリエルの姿もヘビたちの姿も男の前から消え失せていた。


  #


「あーあ。しかしヒデ―有様だなぁ……」

 雨の降りしきる朝方、山間の廃墟の前に立ち尽くして。

 崩れ落ちた魔法安全基盤研究所(MSL)研究棟の跡地を見回しながら見るからにチャラチャラした金髪の若者が、物憂げな顔でため息をついている。

 チャラオの姿をした、深幻想界(シンイマジア)の盗賊グリザルドだった。

 

「メイローゼも、脳筋グールも、イカれたヘビ女も死んじまった。せめてお宝の残り物でもと思ってきたけど、何にも無しか。俺のロマン、全世界のドロボーの夢もこれでオジャンか……ん?」

 あたりの瓦礫を物色しながら未練がましくブツブツ呟くグリザルド。


 ルシオンとメイローゼの戦いからもう2日が過ぎていた。

 警察と消防による捜索も終わって、あたりはすっかり静かだった。

 崩れた研究棟も、あとは瓦礫の撤去を待つだけ。

 そんな雨に濡れた廃墟の中を歩き回るグリザルドだったが……


「ん!?」

 グリザルドが急に鼻をヒクつかせて辺りを見回した。


「この匂い……この気配……!」

 急に真剣な顔になって、瓦礫を掘り返していくグリザルド。

 そして……


「メイローゼ!」

 瓦礫の中に何かを見つけて、グリザルドは痛ましげにそう呻いた。

 それは幾重もの棘持つ薔薇の蔓が絡みついた……女の首だった。

 魔王ヴィトル・ゼクトに敗れて燃え尽きたはずのメイローゼの首だ。


「ウゥ……グッ……!」

「メイローゼ? 生きてるのかメイローゼ!」

 そして女の首の口から洩れる苦しげな声に、グリザルドは両の目を見開いた。


「フクク……何をしてるグリザルド。このあたしを笑いに来たのかい?」

「メイローゼ……」

 メイローゼの緑の目がグリザルドを見つめていた。

 女の口から漏れる声が弱々しい。

 

「計画は失敗だ。お前の仕事に支払う対価もない。もうお前がこの世界に留まる理由も無いだろう。あたしを殺して……行ってしまえ蜥蜴男(リザードマン)……」

「…………!」

 メイローゼの言葉に、グリザルドは息を飲む。

 女の首を両手で支えたまま、グリザルドはしばらくその場から動けなかった。

 だが唐突に……


「ハンッ! 何言ってやがるメイローゼ。俺の仕事はまだ終わってねー!」

「グリザルド……!?」

 大きく息を吐いたグリザルドは、メイローゼの首を小脇に抱えてその場から歩き出した。


「知らなかったのかメイローゼ。このグリザルド様は、すこぶるつきに諦めの悪い大盗賊なんだ。仕事が終わって、あんたからちゃんとした報酬を貰うまで……依頼主(クライアント)に死なれちゃあ困るんだよ!」

「フンッ! 全く馬鹿な盗賊だな、グリザルド……」

 グリザルドの言葉にメイローゼは呆れたようにそう呟いた。

 男の小脇に抱えられた女の首の口元が、幽かにほころんでいた。


「それにしても、そのナリじゃあ何にもできねーな……そうだ、機巧都市(ウルヴェルク)にいるアイツの世話になるか……!」

 雨に打たれて、メイローゼの首を見下ろしながら。

 チャラオのグリザルドはブツブツそんなことを呟きながら山の下、御珠の街並に向かって歩き始めた。


  #


「ハー。よく降るなあ……」

 同じころ。

 聖ヶ丘中学校の教室。

 窓を叩く雨を見つめてソーマはため息をついた。


「ねえ、一昨日のアレ。まだ原因がわからないんだって?」

「ああナナオ。警察でも調査してるらしいけど、建物全体が崩れちまってそれ以上調べようがないんだってさ……」

「あの研究所って、たしかマサムネ君の……」

「ああ、マサムネの親父が所長だった……らしい」

 前の席ではコウとナナオが興味シンシンな感じで、あの夜の事故の話をしていた。

 

「マサムネ……」

 ソーマは教室にポッカリあいたような空席に目をやる。

 今日もまだ姿を見せない氷室マサムネの名前を呟く。


 あの夜。

 ユナが搬送された病院の駐車場の前で。

 ソーマの放った雷撃(ライトニング)はマサムネの右腕を打ち砕いていた。

 マサムネの体に秘められた彼自身の悲惨な体験をソーマの前で露わにしてしまった。


 それきり。

 その場で別れたきり。

 ソーマとマサムネはまだ顔を合わせていなかった。

 月曜日も欠席。

 今日もまだマサムネは姿を見せない。


「どうしたのソーマ。心配そうな顔……」

「いや、なんでもないユナ……」

 ソーマの隣からそう話しかけて、彼の肩に手を置いたのは退院してもうすっかり元気になったユナだった。

 ヘビの毒による後遺症も残らないそうだ。

 いや、むしろ前より調子がいい(・・・・・)なんて言って笑ってたっけ。

 ソーマがユナを向いて心のモヤモヤを打ち消すように彼女に笑いかけた、その時だった。


「あ……」

「マサムネくん……!」

 コウとナナオが、小さくそう声を上げたのにソーマは気づいた。


「マサムネ……」

 教室の入口の方に目をやって、ソーマは息を飲んだ。

 入って来たのは、氷室マサムネだった。


 ソーマに砕かれたマサムネの右腕は、もうすっかり元通りみたいだった。

 今までのソーマが全く気づかなかったように。

 もう誰が見ても普通の人間と変わらないと思うくらい元通りに修理(・・)されていた。


 だがいつもは穏やかな笑みを絶やさないマサムネの顏が、今日はいつもと違っていた。

 眼鏡をかけた整った顏には、何の表情も浮かんでいなかった。


 そして……

 マサムネは、ソーマの方を見た。


「あ、あの、マサムネ……」

 少しうろたえて彼の名前を呼ぶソーマの声に応えず。

 マサムネがソーマの席まで、ツカツカまっすぐに歩いて来た。

 コウが、ナナオが、ユナが一斉に息を飲んだ。

 一瞬でソーマの周りが、凄い緊張感で固まってしまったみたいだった。

 そして……


「御崎くん。父さんは……無事だった」

「……え?」

 眼鏡の奥から鋭い目つきでソーマを見つめながら、マサムネは小さい声でソーマにそう言った。

 ソーマは思わず戸惑いの声を上げる。


「病院で父さんが教えてくれた。異界者(ビジター)に騙され、裏切られ、殺されかけたって……でもそれを誰かが……助けてくれたって」

「あ、ああ……そうか……」

 マサムネの言葉に目を泳がせながら、オズオズとソーマは答える。


「御崎くん、魔法安全基盤研究所(MSL)は廃止が決まった。父さんも退院したら聴取を受けて法律で裁かれるだろう。そこまで父さんを追い込んだ異界者(ビジター)たちを……僕は絶対に許さない。何度だって戦う……アイツらを滅ぼすまで! でも……」

 フッと、マサムネの肩から力が抜けたような気がした。


「誰だかわからないけれど……父さんを助けてくれたヤツにはキチンと……お礼を言いたい。それだけだ……御崎くん」

「お、おう……わかったマサムネ……」

 周りの誰にも聞こえないくらい小さな声で、マサムネはソーマにそう呟いた。

 相変わらずマサムネの顏から目を泳がせながら、ソーマも小声でそう答えた。


「マサムネ……」

 来た時と同じように、ツカツカとした足取りで自席に戻っていくマサムネ。

 その背中を見つめながら、ソーマは自分の胸につっかえていたモヤモヤがどんどん晴れていくのが分かった。


  #


 その日の夕方。

 

「ねえソーマ。どうだった?」

「おわ! ユナ……」

 聖ヶ丘駅の改札を出て、自宅までの道のりを歩き始めたソーマの背中から、聞きなれた声がした。

 ソーマが驚いて振り向くと、立っていたのは幼馴染のユナだった。

 放課後に校門のところで別れて、あとで会う約束してたんだっけ……。


 今日は火曜日。

 週に1回、ソーマがリンネのところに行く日だった。

 姉のいる御珠病院から電車で帰って来たところで、ユナは待っていてくれたのだ。


「ひどいソーマ。ここでずっと待ってたのに。わたしのこと気づかないで通り過ぎちゃってさ……」

「ご、ごめんユナ。ちょっとボンヤリしてて……」

 ソーマと一緒に歩き始めて少し頬をふくらますユナに、ソーマは頭を振りながら小さい声で謝った。

 朝方は大降りだった雨もすっかり上がっていた。

 風は涼しくて気持ちよかった。

 雲間にまぎれながら山並に落ちてゆく夕日が、ソーマを、ユナを、あたり一面を茜色に染め上げている。


「どう、リンネさん元気だった?」

「ん? ああ、まあな……それに……」

「それに?」

「いや、なんでもない……」

 リンネの容体をソーマに尋ねるユナ。

 ソーマは曖昧な感じでユナに答える。


「来週はさ……わたしも一緒に行っていいかな? お見舞い……」

「…………!!」

 そして次にユナが発した言葉を聞いて、ソーマはうなじの産毛がかすかに逆立つのがわかった。


「いやユナ。もう……その必要はないかも……」

「え、どゆこと?」

 ソーマの言葉に、ユナは首をかしげた。


  #


「退院……ですか? 姉さんが!」

「ええ。どういうわけかここ2日ほど、容体が非常に安定してましてね。もう2週間ほど様子を見て経過が良ければ退院できるかもしれませんね……」

 御珠病院の診察室で。

 カルテに目をやりながら事務的な口調で、リンネの主治医が彼女の容体をソーマに説明していく。

 姉さんが……アレで安定(・・)? でも……

 ソーマは自分の膝が細かく震えているのがわかった。


  #


「ああ、会いたかったソーマ! ソーマ! ソーマ!」

 病院の特殊病室で。

 1週間ぶりに姉の見舞いにきたソーマを、リンネは歓喜の表情で出迎える。


 夜の闇を流したような長い黒髪がリンネの口元で乱れている。。

 黒目がちな切れ長の目が、何かを求めるようにキラキラ輝いてソーマを見つめている。

 磨き上げた氷みたいに真っ白で滑らかな頬が、今は薔薇色に染まっている。


「さあ、早く来てソーマ……」

「ウゥ……姉さん……!」

 姉の手に誘われるままに。

 ソーマはリンネのベッドの傍らに腰かける。

 

 スルリ……

 白いヘビみたいなリンネの腕が、ソーマの体に絡みついた。

 豊かに実った自分の胸元に、リンネはソーマの顔を抱き寄せる。

 リンネの胸の柔らかさ。

 ジットリと汗ばんだリンネの体の温もりがソーマに伝わって来る。


 そして……


「ソーマ。わたしを見て……」

「姉さん?」

 ソーマの頬に優しく手を添えて。

 ソーマにリンネは囁きかける。

 ソーマがリンネを見上げると……


 ツゥ――


 すぐ目の前に、人形みたいなリンネの顏。

 薔薇の花弁みたいに真っ赤に濡れたリンネの唇が、ソーマの唇と重なっていた。


「ンウゥ……ッ!!」

 ソーマは恐怖のうめきを漏らす。

 でもそのうめきも、すぐにリンネの唇に封じられる。

 リンネに吸われる。

 リンネに飲み込まれる。


 冷たくぬめったリンネの舌先が、ソーマの舌先に絡みつく。

 夏水仙みたいな甘くて濃厚な匂いがソーマを包む。

 リンネの匂いがソーマを包む。

 ソーマはリンネに抗おうとするが、体に力が入らない。

 頭の中が痺れていくいつもの感覚。

 リンネに抱かれる(・・・・)……この感覚!

 やがて……


「ヒグッ! 姉さん……!」

 やがてリンネの腕から解き放たれたソーマが。

 我に返ったソーマが恐怖に目を見開いてベッドの傍らから崩れ落ちる。

 ソーマは震えながらリンネを見上げた。

 乳白色をしたリノリウムの床で震えるソーマを見下ろして。

 リンネはこれまでのソーマが見たこともない顔で……(わら)っていた。


  #


「退院するの? リンネさんが!」

「ん……ああユナ……」

 聖ヶ丘駅からの帰り道。

 ソーマの話を聞いたユナが声を弾ませる。


「よかったね。すごい! ソーマもお見舞い頑張ったよね。帰ってきたらお祝いしないとねソーマの家で。退院祝い!」

「ユナ……!」

「どしたのソーマくん?」

 ソーマの横ではしゃいだ声をあげるユナを見て。

 ソーマの歩みが止まった。

 ユナは今のリンネの症状(・・)を何も知らないのだ。


 ――これからはソーマとわたし……ずっと、ずぅーっと一緒だから!

 不意に、ソーマの耳元を鈴を振るような声がかすめる。


「ユナ、俺……!」

「ちょ!? ソーマ……! 待って、どうしたの!?」

 唐突に。

 自分でも抑えきれず。

 ソーマはユナの体を、その場で強く抱きしめていた。


「俺は何があっても……俺のままだから! ずっと、ずっと、ユナのこと大事だから……!」

「ソーマ……。そんなこと知ってるよ。ソーマはソーマ。いつまでもずっと、優しいソーマのまま……」

 震えるソーマの腕の中で、ユナは優しくそう囁く。

 

 コツン……

 ユナのおでことソーマのオデコが重なった。

 ユナのおでこにソーマはオズオズと優しくキスをした。


「ソーマの体。なんだかいい匂い。お花の匂いがするね……」

「ウグッ!」

 ユナの言葉に、ソーマが固まると……


「さ。早く帰ろソーマ。どうせ今日もカップ麺でしょ?」

「ウー……」

 ソーマの手を引いて、ユナは笑った。


「おっしゃる通りでございます……」

「だと思った。今日の夕飯もわたしが作るからさ。今日は腕によりをかけた……カレーだよ!」

(『カレー』!! なんだそれ、美味いのか……!)

 

「……ルシオン。起きてたのか……」

 ユナの言葉に反応していきなり興奮した声を上げるルシオンに、ソーマは呆れて小さくそう呟く。

 こいつは放課後も病院の時もソーマの中でグーグー寝てたくせに、食べ物の話になるといきなりこの調子だ。


(カレー! カレー! 興味深いぞソーマ。さあ早くユナとカレー!)

「落ち着けって。少しは静かにしてろよルシオン……」

 ユナに聞こえないくらい小さな声で、ソーマはルシオンにそう言った、その時だった。


「あ、ソーマ君! 委員長も!」

「ようソーマ!」

「おお、コウ、ナナオ……」

 ソーマの背中から聞きなれた声。

 振り返れば、コウとナナオが並んで歩いている。

 2人も駅からの帰り道なのだろうか。


「なにしてんだ、2人とも?」

「へへ。これからナナオの叔父さんとこでさ、今期から店に出す新メニューを試食するらしいんだ。だからナナオに誘われて俺もさ……」

「圧勝軒の……新ラーメンの試食か!」

「うん。ソーマ君と委員長も一緒にどう?」

(『ラーメン』! ラーメン食べるのか? これから!)

 コウとナナオの誘いに、またしてもルシオンがソーマの中で叫ぶ。


「こら。だめよソーマ。いつもラーメンばかりじゃ体によくないでしょ! 今日は家でわたしの(・・・・)カレー!」

「うー。わかりました……」

「まあまあ委員長。1日くらいいいじゃない? ほら行こうよ2人とも……」

(そうだ、行くぞソーマ。まずはラーメン。家に帰ったらカレーだ!)

「あーもーうるさいルシオン! 頭がまとまらない!」

 好き勝手なことを言うユナとコウとナナオとルシオンの声に、ソーマは思わず大声を上げた。


「「「ルシオン?」」」

「あ、いやなんでもない。なんでもないって……」

 不思議そうに首をかしげるユナとコウとナナオ。

 慌ててごまかすソーマ。

 

 なんだかせわしないけど、でも……

 ソーマは少し気分が軽くなって3人を見回す。

 みんながいて、ルシオンが来て、それでもなんとか上手くやってる。

 姉さんのことだって、きっと上手く行く。

 きっと……全部良く(・・)なる……!


 ソーマは高台に続く歩道から、夕日に照らされた御珠の街並みを見まわした。

 明日もきっと……大丈夫だ!


 幼馴染と親友2人と、ワーワー色々言い合いながら。

 ソーマは再び夕日に照らされた坂道を歩き始めた。


第1部 了

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