退けない戦い
「うっ! あ……あっ……!」
蠢く黒蛇に縛り上げられて、ルシオンの小さな体がギシギシと軋み始めた。
全身がバラバラになりそうな痛みに歯をくいしばって耐えながら、ルシオンは真っ赤な瞳で食屍鬼をにらみつけた。
あの時。
ソーマから別れて夜の公園をトボトボと歩いていたルシオンは突然感じたのだ。
全身をビリビリ震わせるような圧倒的な力を。
そしてルシオンは見上げる。
研究所の方角から夜の空に立ち上った眩しい緑の光を。
間違いない。
ルシオンが必死で追いかけていた『剣』の力だった。
誰かがこの世界でインゼクトリアの至宝『ルーナマリカの剣』の力を発動させたのだ。
「取り返さないと……!」
ルシオンは空の光をキッとにらんでそう叫ぶ。
でも……
ルシオンは自分の手足を見回してため息。
強大な魔素の塊だったソーマの体から分離したルシオンの体は、もとの半分くらいのサイズまで縮んでしまっていた。
小さな幼女の姿に変わってしまっていた。
ソーマと過ごしている内に、黒衣の魔女にえぐられたルシオンの傷は癒えていた。
彼の体と分離してもルシオンが死ぬことはなかったが、失われた血肉の分、ルシオンの体は小さく再構成されてしまっていたのだ。
もう、アイツと一緒だった時みたいな力は無い。
頼りになるコゼットも、今はいない。
でも……それでも……!
ルシオンは小さな拳をギュッと握りしめて、自分を奮い立たせる。
やらなければ、わたし1人で!
盗まれた剣を取り戻して、コゼットの仇をとる。
インゼクトリアのために。
父上のために。
何よりも、自分自身のために……!
背中に広がる緑の翅をしならせて、ルシオンは飛翔する。
光の柱の方角むかって、ルシオンは夜の空を駆けた。
だが……
「うわあああっ!」
「お待ちしていましたよ。王女様!」
突然。
剣に辿りつくまであと数百メートルというところで。
眼下の暗い森の合間から跳ね上がった真っ黒が、図太く撓ったムチのよなモノでルシオンを地上に叩き落とした。
青白い顔でニタニタ笑いながらルシオンを見下ろしているのは食屍鬼の拳士リュトムスだったのだ。
#
「いかがですか王女様。ゆっくりと時間をかけて、全身の骨をバラバラにされる痛みの味は? これはプリエル殿からお預かりした『ムルデの黒蛇』。我が拳の代わりにするには少し弱いが、こういう料理に使うには悪くない道具です……」
左腕から伸びた黒蛇でルシオンを締め上げながら、リュトムスはウットリとした表情でルシオンに話しかける。
ルシオンに壊された左腕には、蛇人の巫女プリエルの使い蛇が繋がれていたのだ。
食屍鬼の凄まじい突きと蹴り。
そしてムチみたいな黒蛇の攻撃との連携に、幼女のルシオンの体はひとたまりもなかった。
拳で打たれ、足先で蹴り上げられ、ルシオンの体は傷だらけ。
背中の翅はボロボロに引き千切られていた。
「さあ、早く味わわせてくださいな。恐怖と苦痛と絶望で風味づけされたあなたの屍肉を……!」
「う……ぐっ! くそおおおお!」
嘲笑うリュトムス。
苦痛に呻くルシオン。
反撃しようにも、もう体に力が入らない。
全身の骨が軋む。
このままではもう……体中をバラバラに砕かれて、死ぬのを待つだけだ!
#
「ユナ、わるい。俺、行かないと……」
「ソーマ? 駄目だよソーマ。此処にいて……!」
ユナの傍から立ちあがって、病室を出ようとするソーマ。
その背中にそっと、ユナの手が添えられた。
「…………!」
一瞬、ソーマの体が固まる。
もうアイツらとは関わらないって。
ユナのそばを離れないって、そう彼女と約束した。
でも。
「ごめん、すぐ戻るから……!」
ソーマは苦し気な顔で首を振る。
なぜだかソーマにはわかった。
世界から魔法の力が消えていく。
魔素が急速に失われていく。
放っておけば、どれくらいの死者や怪我人がでるのか……想像も出来ない。
それに……
ソーマは体の中に感じるルシオンの名残りに、いてもたってもいられない気持になってきた。
さっきまでルシオンが感じていたはずの強烈な痛みも、今は幽かにしか感じない。
ルシオンの肉体が……ルシオンの命が消えかけている……!
「ソーマ!」
病室を出ようとするソーマを、ユナは悲鳴みたいな声で呼んだ。
「ユナ……」
「ソーマ! 帰って……来るよね?」
ソーマを見つめるユナの目に、これまでソーマが見たこともない影がさしていた。
それは恐れの色だった。
「なに言ってるんだよ。あたりまえだろ!」
振り絞るような声でユナにそう答えて、ソーマは病室をあとにする。
ごめんユナ。
これで絶対に終わらせるから。
すぐにユナのところに戻るから……!
病院を出て、夜空を見上げながら。
ソーマは心の中で何度も何度も自分にそう言い聞かせた。
「あの場所まで……行ける……か?」
ソーマは体の中に漲る不思議な感覚に戸惑いながら、上着のポケットから銀の十字架を取り出した。
ソーマにはなぜだか、奇妙な確信があった。
世界から魔素が消えていく。
誰も彼も全て、魔法が使えなくなっていく。
でもソーマは別だった。
ルシオンとの合体で覚醒した魔法に対する感覚は、まだソーマの中で鋭く研ぎ澄まされていた。
ソーマ自身の体の内から、力が湧いてくるのを感じる。
それはルシオンが言っていた、ソーマの内の魔素だろうか?
「俺は……まだ飛べる!」
右手に掲げた銀異論も十字架を見つめながら、ソーマは呟く。
ゴオオオオ……、ソーマの足元で風が巻く。
まだソーマは、魔法が使える!
「『飛翔』……!」
リンネの十字架に意識を集中しながらソーマは唱えた。
研究所の方へ、光の方へ、ルシオンの方へ飛ぶための飛行魔法を!
だがその時だった。
「何処へ行くつもりだ、御崎くん……?」
「おまえは……!」
不意に背中からかかってきた声の方を振り向いて、ソーマの目が驚きに見開かれた。
銀色に輝く魔法練刀を右手に携えて、眼鏡の奥から冷たくソーマをにらみつける者がいた。
立っていたのはソーマのクラスメート。
氷室マサムネの姿だった。
「御崎くん。君はなぜあの子の傍にいない? なぜ異界の者に味方する? あの子に……嵐堂さんに、あんなに想われているのに……!」
右手の魔法練刀をソーマに向かって構えながら。
マサムネはソーマに詰め寄って、乾いた声でソーマに問いただした。
その声に軋んでいるのは、怒りだった。
#
「あと少しだ。あと少しでこの世界から、魔法が消える!」
剣から噴き上がる緑の光を眺めながら。
氷室カネミツは満足そうな顔で何度もうなずいた。
「ナミ。フウカ。お前たちの犠牲は決して無駄にはしない。世界の過ちは全て今夜……この場所で正す!」
この場にいない者たちの名前を呼びながら、カネミツは沈痛な面持ちで目を瞑った。
今夜、長年の悲願を叶えようとしているカネミツの脳裏に浮かんでくるのは、あの日の惨劇の記憶だった。
『大暗黒』が起きてから5年の間。
とつぜん世界を覆った魔法の力と、各地に生じた異世界につながる時空の『綻び』。
その現象の理由をさぐり、異世界から時折あらわれる異界の生物の正体を探る。
それがそれまで、科学者としてのカネミツが打ちこんできた彼の仕事だった。
#
だがある日。
悲劇は突然彼を襲った。
「おおおおおおお……!」
破壊されつくした、かつて彼の研究所のだった廃墟に立って、カネミツは呻いた。
彼は見たのだ。
大きく鋭い爪に、背中を貫かれて廃墟に横たわった彼の妻の姿を。
妻に抱きかかえられながら、もう息をしていない娘の姿を。
そしてズタズタに切り裂かれた自分の手足もかえりみず、息絶えた2人の体にすがっていつまでも泣き続ける、まだ幼い男の子を……
彼の息子、マサムネの姿を!
10年前のあの日。
氷室カネミツが率先して取り組んで来た、異世界へ通じる『接界点』の探査研究。
『魔法安全基盤研究所』の前身その研究所の一室から悲劇は起きた。
世界を漂う魔素を使用した『接界点』の再現実験が暴走したのだ。
極微領域に数瞬だけ発現するはずだった『接界点』が研究棟全体を、数時間にわたって覆い尽くしてしまったのだ。
『接界点』を通じて出現した数十体を超える怪物たち……凶暴な『飛竜』の群れが、次々に職員に襲いかかり彼らの命を奪い去っていった。
日本では最初の事例となる『怪物災害』は、カネミツたちの実験の失敗で引き起こされたのだ。
「ナミ! フウカ!」
崩れ落ちた研究棟の跡地で。
事故の連絡を受けて大学から駆け戻ったカネミツは、無残な姿に変わり果てた彼の家族にすがった。
よりによってもその日、施設見学に訪れていた最愛の妻と娘の亡骸に!
奇跡的に助かった息子のマサムネも、飛竜の爪に引き裂かれて手足に障害が残るほどの重傷を負ってしまった。
病室でチューブに繋がれながら弱々しく息をするマサムネを見下ろして、カネミツは滂沱の涙を流していた。
それからだった。
カネミツが以前にも増して……何に取りつかれたように『魔法安全基盤研究所《MSL》』の研究推進に力を注ぐようになったのは。
彼の目的は悲劇の防止から根絶へと変わっていた。
この世界と異世界との『接界点』を完全に消滅させる。
世界を満たした未知の力……魔素を消滅させる。
世界の人々を冒した忌まわしい病……『魔法』の力とともに!
そしてそのため必要なのは、強力な『触媒』だった。
『大暗黒』以後、世界中の人間がごく普通に行っている行為。
触媒に魔素を集中させることによる一時的な世界法則への干渉……魔法。
普段はごくごく小さな範囲で発生しているこの現象のスケールを、世界規模にして発動させたなら。
異世界に通じる『接界点』そのものを消失させることが出来るはずだ!
だが世界中の魔素を一点に集めるだけの器となる『触媒』は、カネミツたちの力だけではどうしても生成できなかった。
#
そしてある日。
遅々として進まない計画に苛立ちをつのらせるカネミツのもとを訪れる影みたいな女がいた。
「何だ……お前は!」
「カネミツさま、ご高名はかねてより耳にしております。わたしはメイローゼ。あなた方が『異世界』と呼ぶ場所から来た者です……」
黒衣に身を包んだその女は、自分の正体を隠そうともせずいきなりカネミツに「取引」を持ちかけてきた。
自分たちもまた、故郷である世界に起きた変化に混乱している。
『接界点』の発現もこの世界の人間との接触も、自分たちの望むところではない。
なんとか平和のうちに2つの世界をつなぐ『接界点』を消滅させたい。
方法は分かっている。
道具も用意している。
だが『道具』を発動させて魔素を一点に集中させるだけの力が自分たちにはない。
だから女は、カネミツに協力を申し出たのだ。
魔素を集めるだけの『剣』をカネミツたちにもたらそう。
だから剣の力を発動させて、カネミツたちの力でこの世界を、もと在った正常な世界に作り直して欲しい。
そう申し出たのだ。
最初カネミツは、この異世界の住人の申し出に訝し気に眉をひそめた。
こんな素性もわからない異界者の言葉など、信用できるだろうか。
だが女は、約束を守った。
御霊山の上空に生じた『接界点』をくぐって。
約束の場所、約束の時間に彼らに剣をもたらした。
そして剣の発動の効果は、カネミツの計算した通りだった。
世界中の魔素が凄まじい勢いで剣に吸収されていく。
あと少し。
あと少しで『接界点』は消滅する。
かつて自分が犯した過ちを、カネミツ自身の手で償う。
世界が犯した過ちを、彼が償うのだ。
「見ているかマサムネ。もうすぐだ……!」
輝きを増していく『ルーナマリカの剣』を見つめながら。
カネミツは万感の思いで息子マサムネの名前を呼んだ。
だが、その時だった
「何だ? 何が起きている……!?」
目の前のディスプレイに表示されてゆくデータに目をやって、カネミツは声を震わせた。
何かが、おかしい。
数値の変化が急激すぎる。
キィイイイイイインンンン……
目の前の剣が、甲高い音をたてながら振動を始めた。
刀身から放たれた緑の光がますます眩しく、もう直視できないくらいまで……!
「馬鹿な! これはいったい……!?」
カネミツは狼狽えて叫んだ。
#
「いよいよだ。始まったよグリザルド」
「ああ、そうみたいだなメイローゼ……!」
闇夜の草原から研究棟の方を見て、メイローゼが笑う。
黒衣の魔女の背後に立っているのはチャラオの姿。
人間のふりをして、ナナオの店にバイトとしてもぐりこんでいたグリザルドだった。
御珠中央公園でもバイトを終えて、メイローゼのもとに戻って来たのだ。
「蛇の姉ちゃんは……死んじまったのかメイローゼ?」
「ああ。人間ごときにやられたのには、ほんの少し驚いたが丁度よかった。邪神教団の巫女があれほど扱いにくいとは……いい厄介祓いさ」
グリザルドの問いにメイローゼは肩をすくめてそう答える。
「見てみなグリザルド!」
「あれは『接界点』! あんなに……デカイのか……!」
メイローゼが空を指した。
研究棟から噴き上がった緑の光が、夜空全体を覆っていく。
空に生じた緑の揺らぎの向こうに見えているのは……
この世界のものではない鬱蒼とした黒い森。
切り立った山々。
そして暗い空を不吉に照らしたもう一つの真っ青な月!
「深幻想界と人間界。分かたれた2つの世界が1つになる……世界が真の姿を取り戻す……あたしたちの世界が!」
エメラルドみたいな緑の瞳をキラキラ輝かせて。
メイローゼは昂ぶった声を上げた。
#
「異界者の所へ行くつもりだね? 御崎くん」
「マサムネ……どうして此処に……!」
夜の病院の駐車場。
ユナのいる病室をあとにしてルシオンのもとに飛ぼうとしていたソーマ。
彼を呼び止めたのは、銀色の魔法練刀を握ったマサムネだった。
クロスガーデンでの戦い。
コゼットの電に撃たれて倒れたマサムネが、いま厳しい顔でソーマをにらんでいた。
「君が、あの夜接触した異界者となんらかの繋がりがあること……アイツらに協力している事まではわかっている。おかしなマネはやめて、此処でおとなしくしているんだ」
「マサムネ……お前もわかってるんだろ? お前の親父がしようとしてること……あの人は……」
ソーマは震える声でマサムネに呼びかける。
世界から魔法が消えていく。
ルシオンが死にかけている。
一刻も早く、なんとかしないと。
でも……
「わかっている」
「じゃあどうして! 世界から魔法が消えたら、いったいどれだけの人が……!」
マサムネは静かな口調でソーマに答えた。
マサムネの答えにソーマは声を荒げる。
「世界のためには、必要な犠牲なんだ。それに……」
マサムネは、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
マサムネが再びキッとソーマを見た。
「君だって、この世界の『魔法』には、これまでさんざんイヤな思いをして来ただろう? 異界者と接触して、すこし魔法が使えるようになったくらいで、急に手の平を返すのか?」
「違う! そんなんじゃない!」
マサムネの言葉にソーマは苛立つ。
自分のためとか魔法が使えるようになったからとか……!
絶対そんなんじゃない!
「マサム……」
「魔法過敏症……」
「…………!!!!」
マサムネの名を呼ぼうとするソーマを遮るようにして。
彼はある言葉を口にした。
マサムネの言葉に、ソーマは息を詰まらせた。
「知っているよ御崎くん。君のお姉さんを苦しめている難病の名前だ……」
マサムネは憐れむような目でソーマを見ていた。
「君も、君のお姉さんも、この世界の『歪み』にさんざん苦しめられてきた。僕と同じように! なのに何故!」
マサムネがソーマに詰め寄る。
銀色の魔法練刀がソーマの喉元に突き付けられる。
ソーマは、マサムネの問いに答えることができなかった。
#
魔法。
これまでソーマとリンネを苦しめてきたモノ。
ソーマは魔法が使えない魔法拒絶者として。
学校でもさんざんバカにされて差別されて来た。
そして姉のリンネは……
――さあ……来てソーマ!
一瞬ソーマの耳元を、誰かの声がかすめる。
キラキラ輝いた黒い瞳が。真っ赤に濡れた唇が。
ソーマの視界をかすめる。
「やめろ!」
ソーマは頭を振ってマサムネから後ずさった。
魔法過敏症。
リンネが冒された病。
もしもこの世から魔法が消えたなら。
魔法過敏症が消えたなら。
もしもリンネが体と心のバランスを取り戻したら。
元気になって家に戻ってきたなら。
もう……あんなことをしなくても……!
「さあ、考え直すんだ御崎くん」
ソーマを諭すようにマサムネが静かに話しかけてくる。
「これ以上余計なことに首をつっこむ必要はない。世界の歪みは僕たちが引き受けるから。御崎くんは家に戻っているんだ」
マサムネがソーマにつきつけた魔法練刀を下ろして言葉を続けた。
#
10年前。
父親の研究所の事故に巻き込まれて以来。
怪物災害によって母と妹を。
マサムネ自身の大事な一部を失って以来。
異界者の根絶はマサムネの人生の目的になっていた。
マサムネの常人離れした魔法習得への努力も。勉強も。肉体の鍛錬も。
父親の制止も聞かず、危険な実験部隊に志願したのも。
全てがこの世界を侵す異界者の根絶のためだった。
父のカネミツが忌まわしい異界者たちと手を組んだとはいえ。
今ようやくマサムネの願いが叶えられようとしている。
あの夜。
想定外に強力な異界者に接触してから不思議な力を持ち始めた御崎ソーマ。
マサムネにとっても未知数な力を持つソーマを、研究所に接近させるわけには行かなかった。
今のマサムネの任務は、ソーマの監視と拘束で、ソーマもマサムネの言葉に応じるように思えた。
だが……
「だめだ。どいてくれマサムネ」
ソーマは再び首を振った。
静かな、だが確信に満ちた声でマサムネを拒絶した。
「俺、マサムネみたいに難しいことはよくわからないけど……今はただ死なせたくないヤツがいるんだ。助けなきゃってヤツがいるんだ。だから俺……行く!」
「御崎ソーマ……!」
マサムネの顏が怒りに歪む。
御崎ソーマ。
急に魔法の力を持ったというだけで……のぼせ上っている。
何も知らないくせに。
世界のことも、僕の苦しみのことも!
マサムネは再び魔法練刀を構えた。
雷撃の力を蓄えた刀身を、普通の人間では視認もできない速さでソーマの脇腹に叩き込んだ。
刀身が、ソーマの体を激しく打ちつけた!
……マサムネがそう思った、だがその時だった。
「な……!?」
マサムネは息を飲む。
彼の視界から、ソーマの姿が消えていた。
「やめてくれマサムネ……」
マサムネの耳元に、悲しそうなソーマの声。
刀を避けた!
マサムネは戸惑う。
この前の魔法決闘でわかっている。
魔法の腕も、剣の腕も。
マサムネの方が遥かに上のはずなのに!
「やはり君は……異界者の力を!」
怒りに燃える目でマサムネはソーマをにらんだ。
どんな方法を使ったか知らないが……ソーマの体は異界者に侵されている。
「処置が必要だ!」
マサムネは剣の柄に力を込めた。
「雷撃……!」
ソーマはマサムネを見据えて静かにそう唱えていた。
ブウゥンン……
魔法練刀が不気味に唸った。
制御装置を外されて、触れれば命にも関わるほどの雷撃の力を蓄えて。
ソーマをにらんだマサムネが、彼の喉元めがけて渾身の突きを放った!
だが次の瞬間、バキンッ!
「があああああああっ!」
何かが弾けるような凄まじい音と同時に。
マサムネの悲鳴があたりに響いていた。
マサムネの放った剣は、ソーマに届く寸前で粉々に砕けていた。
剣先から雷撃が放たれようとしたまさにその瞬間。
機を合わせるようにしてソーマの放った雷撃が剣の力を封じて、その力を2倍にしてマサムネの体に逆流させたのだ!
「マサムネ……!」
だが自分が放った技の予想外の力に、ソーマもまた悲鳴をあげていた。
凄まじい雷撃で破壊されたのは、剣だけではなかった。
地面に転がったマサムネの体。
全身から黒煙をあげたマサムネの右腕は……
その付け根からゴッソリ吹き飛ばされて、完全に失われていた。
だが……
「ククッ……ククク……」
「マサムネ…おい大丈夫かマサムネ!」
重傷を負ったクラスメートに駆け寄ろうとするソーマを制するように。
マサムネが笑った。
彼は自力で地面から立ちあがっていた。
「見ろ御崎くん。これが世界の歪み。僕がうけた『呪い』だ……!」
「マサムネ……」
クスクスわらうマサムネの姿にソーマは戦慄した。
マサムネの右腕は、本来のマサムネのものではなかった。
砕けた歯車やシリンダーが辺りに散らばっていた。
彼の右手は機械製の義手だった。
10年前。
飛竜に引き裂かれて失われたマサムネの右腕は、機械に置き換えられていたのだ。
いや、失われたは右手だけではない……
「異界者を放っておけば。世界をこのままにしておけば。僕みたいな者が増え続ける。君だって、君の大事な友達だっていずれは……それでも行くのか御崎ソーマ!」
眼鏡の奥の義眼をチカチカ瞬かせながら。
ソーマをにらんでマサムネは問い詰める。
雷撃のダメージに耐えきれなくなったのか。
マサムネはガクリと地面に両膝をついた。
「マサムネ。ごめん。それでも俺……行かないと!」
地面に目を伏せながら、ソーマはマサムネに詫びた。
でも今……ここで立ち止まっているわけにはいかない!
「飛翔!」
リンネの十字架を空にかざして、ソーマは唱える。
ゴオオオオ……
ソーマの周りに風が巻く。
傷ついたマサムネを駐車場に残して。
ソーマの体が風に乗って飛翔する。
目指す先は『研究所』。
空に立ち上った緑の光。
インゼクトリアの剣。
そして、その命の尽きかけようとしている小さなルシオンのもと。
「……待っていろ!」
小さな、けれど力強い声でそう呟いて。
ソーマは夜の空を駆けた。