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俺と合体した魔王の娘が残念すぎる  作者: めらめら
第7章 魔王再合〈デモンズリュナイト〉
44/52

別れ

「す……凄い……!」

 ルシオンは唖然とした顔でソーマの魔法を見つめていた。


 ルシオンとの合体で発動したソーマの魔法の力は、ソーマの体がルシオンから別れた後も失われていなかった。

 いや、合体していた頃をしのぐような凄まじい力で……

 蛇人(ナーガ)の巫女プリエルの体を、一撃で爆散させてしまった!


 足元でパチパチと火花をたてている、かつてはプリエルだった燃えカス(・・・・)から顏を上げて。

 ソーマはギッと、メイローゼの方をにらんだ。


「……くっ!」

 メイローゼが動揺の声を上げた。

 魔女はソーマに向かって自分の指先を向けた。


 と同時に。

 ギシギシギシ……

 ソーマの周りの空気が軋んだ音を立てる。

 あたりの空気が、急速に冷たくなっていった。


()ぜろ」

 そして、メイローゼの号令と一緒に突然。

 ソーマの周り空気が凍った(・・・)

 空中から一瞬で膨れ上がった黒い氷の塊が、ソーマの体に突き刺さる。

 ソーマの内で大きくなって、彼を内側から引き裂こうとしている!


「だあああっ!」

 だがソーマは怯まなかった。

 ソーマの内側から放たれた雷撃が、黒い氷を次々砕いて、消滅させていく。


「おまえぇ!」

 怒りの声を上げたソーマが、空中の氷を全て砕き尽くしてメイローゼに雷を放とうとした……

 瞬間には、メイローゼの姿はもう、その場から消えていた。

 自分の魔氷でソーマの気をそらした隙に逃げ去ったのだろうか。

 森を見回しても、魔女の姿はどこにも見当たらなかった。


  #


「お前、そんな力……いつも間にそこまで……!?」

 あたりが静けさを取り戻すと、ルシオンは小さな体をソーマに向けて、驚きの声をあげた。

 ソーマから引きはがされたルシオンの体は、もとの背丈の半分くらいに縮んでしまっていた。

 顔も、手も、足も。

 小さな幼女の姿に変わってしまったルシオン。


「おい、お前……おい? おい!」

 だがそんなルシオンの姿も、呼びかける声も。

 今のソーマには、まるで目に入っていないようだった。

 耳の届いていないようだった。


「ユナ……ユナ!」

 周囲から敵の影が消えたのを確認したソーマは、真っ先に地面に倒れたユナに駆け寄っていた。

 

「ユナ、しっかりしろユナ!」

 ユナの上体を抱きおこして。

 ソーマは悲鳴みたいな声で何度もユナに呼びかける。

 でもその声は、ユナの耳には届いていない。


 ソーマはユナの手首に指を当てる。

 ユナの胸に鼓動を探す。

 ユナの体は幽かに……脈があった。

 弱いけれどまだ……息をしている!


「ハァー……。ああでも! 手当、病院、救急車……!」

 一瞬、安堵の息を漏らすソーマ。

 だがすぐに、オロオロと辺りを見回して情けない声を上げた。


 かろうじて息のあるユナ。

 だがその命はもう、風前の灯みたいに思えた。


 苦痛に顔を歪ませて、まるで紙みたいに真っ白なユナの顏。

 プリエルのヘビに咬まれたユナの体は、氷みたいに冷たかった。

 呼吸も脈も、どんどん弱まっていく。


 早くなんとかしないと。

 助けを呼ばないと。

 このままだと、ユナが……!


「コゼットが……コゼットが死んでしまった……! アイツを追いかけて仇をとるんだ……剣を取り戻して父上のところに……だから、おい、お前!」

 ソーマの後ろから、彼の背中をポンポン叩いて不安そうな声がした。


 幼女になったルシオンが、ソーマをうながすように。

 小さな手でソーマの背中を叩いて、必死の表情で彼にそう呼びかけている。


 だが……


「うるさい!」

「な……!?」

 ルシオンの方を振り返ったソーマは、彼女の手を振り払って声を荒げた。

 ルシオンは真っ赤な瞳を見開いて、愕然とした顔でソーマを見上げる。


「お前が……お前が邪魔しなければユナは……ユナは!」

「え……あ……? 何を言っている?」

 震える声で、ソーマはルシオンを指さして言った。

 ルシオンは困惑したように首を振りながらソ―マから後ずさる。


 ソーマが、恐ろしい目でルシオンをにらみつけていたのだ。


「あの時、俺の言うことを聞いていれば……お前が勝手なことをしなければ、ユナはこんなことにならなかった!」

「え、だって、勝手なことって……それはお前だろ? そいつはその……自分で勝手についてきたんだし……」

 ソーマから目を逸らしながら、小さい声で言い訳めいたことを呟くルシオン。


 そんなルシオンの様子を見ても。

 ソーマの怒りは収まらなかった。

 プリエルのヘビに囲まれたあの時。

 ソーマとルシオンの意志が1つだったなら。

 心が1つだったなら。

 ヘビの毒牙から、ユナを守れていたかもしれない。

 そんな後悔と怒りの炎が、ジリジリとソーマの胸を焼いていた。


「もう……どこかに行ってくれ。俺たちに構わないでくれ……」

「……え?」

 ソーマが顔を伏せて、小さくボソリとそう呟いた。

 言葉の意味がよくわからないみたいに、ルシオンが首をかしげる。


「全部……お前らのせいじゃないか。たくさん人が死んだのも……ユナがこんなことになったのも……!」

「何を……何を言っている!?」

 腹の底からしぼり出されるようなソーマの声に、ルシオンがイヤイヤと首を振りながら呻いた。


お前ら(・・・)がこっちに来てから……お前らと会ってから全部おかしくなったんだ! 仇うちとか、剣を取り戻すとか……お前らだけでやってろよ。『こっち側』を……もうこれ以上俺たちを巻きこむな!」

 小さなルシオンを指さして、ソーマは叫んだ。


  #


「どこかに行けって、そんなお前……ソーマ? ミサキソーマ!?」

「いいから、早く消えろ!」

 すがるような目でソーマの背中に声をかける幼女のルシオン。

 だがソーマの声は冷たかった。

 ユナの半身を抱き上げたソーマの背中が、はっきりルシオンを拒絶していた。


「う……ぐ……もういい勝手にしろ!」

 ルシオンはしぼりだすような声を出すと、ソーマに小さな背中を向けた。

 さっきまでメイローゼが隠れていたサクラの樹の方まで、ふらつく足でルシオンは歩いていった。

 地面に転がった金色の石ころをルシオンの小さな手が拾い上げる。


「あとはわたしだけでやる。わたしと……コゼットだけで……!」

 メイローゼの分離魔砲(ディバイダー)で撃ち抜かれたコゼットの体の成れの果てを見つめながら、ルシオンは悲壮な顔でそう呟いた。

 ルシオンの背中から広がった小さな2対の翅が、弱々しく薄緑に光った。


  #


 そしてソーマの背中から、ルシオンの気配が消えた。

 石ころになってしまったコゼットと一緒に、どこかに飛び去ってしまったのだろう。


「ルナ……!」

 背後を振り向きもせず、ソーマは小さくルナの名を呼んだ。

 ソーマは右手に持った銀色の十字架(クロス)を、ユナの額にかざしていた。

 

 初めて使う種類の魔法。

 ついこの間までは、こんなことになるとは想像していなかった。

 今の自分に、死にかけのユナを救うことが出来るだろうか……?


「いや、出来る……出来る!」

 ソーマは自分に言い聞かせるように何度もそう呟く。

 さっきソーマが放った雷撃だって、ソーマ自身でさえ想像もできなかった力で蛇人(プリエル)を撃ち砕いたじゃないか……!


「『治癒(ヒーリア)』……!」

 十字架に意識を集中しながら、ソーマは唱えた。

 ボオオオオ……。

 ソーマのかざした十字架から漏れ出した温かい光が、ユナの全身を包んでいった。


 治癒魔法。

 得意でない者が使ったとしても、打ち身やかすり傷の痛みを消して血を止めるくらいの事はできる。

 そしてその分野に熟達した医療従事者……いわゆる治癒者(ヒーラー)と呼ばれる人々が使うその魔法は、体の内に潜む病根を消し去って死に至る病をも癒すことが出来るという。

 今のソーマに、ユナを救うほどの魔法が使えるだろうか……


「くそ、頼む……治癒(ヒーリア)! 治癒(ヒーリア)! 治癒(ヒーリア)!」

 ソーマはすがるような思いで、何度も何度もそう唱える。

 でも……駄目みたいだった。


 光に包まれたユナの顏がわずかな血色をとりもどす。

 冷え切った体が温もりを取り戻す。

 弱々しかった呼吸が、すこし深くなる。

 でもそれは一瞬のことだった。


 ソーマの魔法が弱まっていくにつれて、血色は失われて体は冷たく……呼吸はどんどん弱まっていく……。


「ああ、そんな……ユナ!」

 自分の力ではどうにもならないユナの容体に、ソーマは絶望のうめきを漏らした。

 その時だった。

 

「なにしてる、こんな所で……?」

「……!」

 ソーマの頭上から、聞き覚えのない声がそう訊いてきた。

 野太くて力強い、男の声だった。


 声の方を見上げて、ソーマは息を飲んだ。

 銀色の蓬髪をなびかせたその男は、ソーマとユナを厳しい顔で見下ろしていた。

 黒いロングコートをまとった、逞しい体つきをした男だった。

 その背丈は2メートルを超えていそうだ。


「ああ……! 助けてください。医者……病院……救急車! 俺いま電話持ってなくて!」

 ひとけのない森の中に、気がつけばいきなり立っていた男を見上げて、ソーマは泣きそうな声を上げた。

 電話で助けを……早く助けを呼んでもらわないと!

 だが……


「こいつらは、『アビムの赤蛇』! 咬まれたのか、その子は……!」

「え?」

 ソーマの声には答えず、男は呆然とした顔であたりを見回していた。

 ユナとソーマの周りには、ルシオンの光矢(アロー)とソーマの雷撃(ライトニング)で引き裂かれたヘビたちの残骸が散らばっていた。

 ソーマも思わず首をかしげていた。

 ヘビのことを……プリエルのヘビたちの名前を知っている?


「こいつはいけねえ……貸しな、坊や!」

「え……? わっわっ!?」

 男が膝を屈めて、ユナの半身に手を伸ばした。

 男の迫力に押されて、ユナから手を放すソーマ。


「こいつの毒は、そんな『力』じゃ駄目だ……」

 ユナの脈を測りながら、男は厳しい声でそう呟いた。

 男が自分のコートのポケットから、しきりになにかを探っている。

 

「え……あ……?」

 いきなりの展開に、ソーマは考えが追いつかなかった。

 ヘビのことを知っている男。

 ユナを抱き上げてその脈を測る男。

 仕事は医者かなにかだろうか。

 とても、そんな風には見えないが。


「あ!?」

 そして、次に男がとった行動にソーマは愕然として叫んだ。

 コートのポケットから取り出した銀色のナイフで、男は自分の左の掌を切り裂いていたのだ。


「な、何を……!?」

「このヘビどもとは浅からぬ縁があってな……コイツらに散々咬まれて死にそうになったおかげで、今の俺の血にはコイツらの毒を消す抗体が出来ちまってるのさ……」

 ヘビたちの残骸を忌々しげな顏で見回しながら、男は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


「耐えるんだぞ! 人間の体(・・・・)には相当キツイ(・・・)だろうが、こうでもしねえと助からねえ……!」

 そして男は、ユナの顏に手を添えた。

 ユナの口を開いて、自分の左手から流れ出た真っ赤な血を、その口に含ませていく!


「わー! 何やってんだ!」

「じっとしてろ坊や!」

 男がとったあまりに奇妙な行動。

 ソーマが慌てて男を止めようとするが、野太く力強い男の声がそれを止めた。


「……!!!」

 ソーマは男の声に気圧されて、その場から動けなかった。

 男の声、顔つき、そして全身から放たれた叩きつけるよな気魄は、ソーマを圧倒する強烈な説得力(・・・)があった。

 

 男が自分の血をユナに含ませて5秒、10秒……1分が経過。

 そして、重苦しい沈黙を破るように……


「ウ……ガッ! ゴホッ!」

「……ユナ!」

 ユナの口から、苦しげな声が漏れた。

 全身を震わせて、思い切り咳こむユナ。

 ソーマは涙を流しながら、ユナと男の方ににじり寄った。


 ユナの顏に血色が戻っていた。

 自分の口に手を当てて苦しそうに咳こんでいるが、もう体の自由を取り戻しているみたいだった。


「どうにか助かったか。あとは人間の(・・・)医者に診てもらうんだ。気をつけてな……」

 ユナを地面に寝かせて立ち上がった男が、大きく息をついた。


「あ……ありがとうございます! ありがとうございます!」

「なに、もののついでさ。それにコイツらは、俺が片を付けなけりゃいけない連中だった。巻き込んじまって悪かったな。ところで……」

 ユナの上半身を抱き上げて、安堵の涙を流すソーマ。

 男を見上げて何度も礼を言うソーマに、男の方は済まなそうな顔でソーマを向いた。


「さっきまで此処に、女の子がいなかったかい? そう、ちょうどお前さんと同じくらいの齢の、銀色の髪をした女の子なんだが……」

「え……!?」

 あたりの樹々を見回しながら、男がそう訊いてきた。

 ソーマは思わず動揺の声を漏らす。


 女の子、銀色の髪……ルシオンのことを言っているのだろうか。

 男はルシオンのことを知っていて、彼女を探している……?

 でも……


「し、知りません、そんな子は……!」

 ソーマは男から目をそらして首を振った。

 

 ルシオンのせいでユナがこんな目に遭った。

 ユナが死にかけた。

 もう……あんな連中と、深幻想界(シンイマジア)の連中と関わるのはたくさんだ。


「そうかい、おかしいな。さっきまでこのあたり気配を感じていたんだが、急に弱くなって何処かに消えちまった……」

 男は少し悲しそうに息をつくと、木々の合間から広がる秋の空を見上げた。


「なあ坊や、ちょっと頼みを聞いちゃくれないか?」

「え、お、俺ですか……?」

 男が再び、ソーマの方を向いていた。

 男の灰色の瞳が、ソーマの顔を不思議そうにジッと見つめていた。

 傷だらけの男の顔を見上げて、ソーマはオズオズとそう答える。

 

 ユナの命を救ってくれた恩人。

 でもこれ以上、ルシオンと関わりたくはないし……頼みって一体なんだ?

 ソーマの頭は混乱する。


「もしもこの世界(・・・・)で……いやいやこの街(・・・)で、そんな子を見かけたら、その子にコイツを渡して欲しいんだ」

 男はコートのポケットから取り出した何か(・・)をソーマに手渡した。

 

「これを……その子に? 知らない子に?」

 男から渡されたモノを見つめて、ソーマは戸惑いの声を上げる。

 ソーマが手にしているのは緑色に輝いた大粒の宝石がちりばめられた、銀色の指輪だった。


「いやでも、こんな……綺麗な(高価そうな)モノを……見ず知らずの人間に」

「なに、構わねえよ。コイツはお前さんが持っていてくれ、坊や」

 男の奇妙な申し出に首を振って指輪を返そうとするソーマ。

 だが男は力強い声で、ソーマを止めた。


「その子とお前さんは、いつか必ず出会う(・・・)。俺はそんな気がするんだ……」

 大きな体を揺らして銀色の蓬髪を秋の風になびかせながら。

 ソーマの顔を覗きこんで、男はニカッと笑った。


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