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俺と合体した魔王の娘が残念すぎる  作者: めらめら
第6章 分離魔法〈ディバイドマジカ〉
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モヤモヤする朝

「あ、起きたか、ユナ……」

「ソーマくん……!」

 キッチンからソーマが顔を出した。

 ユナは顔を赤らめモジモジしながら、リビングの床に目を伏せる。


「これ、朝だから……メシ……」

「あ、これソーマくんが?」

 ソーマはオズオズと、キッチンから運んで来たトレイをダイニングテーブルに置いた。

 トレイの上の皿には、ベーコンエッグとトーストがのっかっている。

 銀色のポットから漏れだす湯気は、香ばしいコーヒーの香り。


 少し焼き過ぎたのだろう。

 ベーコンと白身の端が黒くコゲていた。


「ソーマくん。えーと、あの、昨日わたし……」

 ソーマから目を泳がせながら、ユナは昨日の記憶を整理していた。


 ソファーから転がり落ちたあの後。

 ソーマともつれ合って、唇を重ねた……はずだったのが?


「ユナ、ごめん!」

 そして、その時だった。

 テーブルから離れたソーマが、いきなり両膝を床についてユナに頭を下げた。


「ちょっ……ソーマくん!?」

「俺、ユナに乱暴なコトをして……ユナがソファーから落ちてグッタリした時も、どうしていいかわかんなくて!」

「え、あ、あ???」

 ユナは混乱して目をパチパチさせる。

 

 昨日の夜。

 ソファーの上で取り乱したソーマ。

 床に転げた2人。


 ソーマと交わしたキス。

 たがいに求め合った2人。

 そして気がついたら、ユナを押し倒していた全裸のおかしな女。


 ……全部ユナが見た、夢だったのだろうか?


「本当はすぐに病院に電話するべきだったんだ! でもユナにあんなことしたわけだし俺、急に怖くなっちゃって……!」

 腹の底から絞りだすような声で、ソーマはユナに謝った。


「そ……ソーマくん、もうやめてよ! それにほら、先にあんなコトしたのは、わたしなわけだし……それに……」

 ユナは、膝をついたソーマに駆け寄って静かに首を振った。


 ユナがソーマを心配して口をついた言葉は、必要以上にソーマを混乱させてしまったようだ。

 ソーマの顔をのぞきこんだユナの目が、ソーマの何かを駆り立ててユナに乱暴なことをさせてしまったのだ。

 ユナは自分に、そう言い聞かせた。


 もう過ぎたことだし……許してあげる。

 それにユナは……あの時たしかに、ソーマを受け入れていたのだ。


 でも……。

 ユナはソーマの肩を抱きながら、幽かな不安にかられる。

 

 ユナの言葉は、いったいなぜソーマを怯えさせてしまったのだろう。

 ユナの目は、いったいソーマの中の何を(・・)、そこまで掻き乱してしまったのだろう。

 ユナには見当もつかなかった。


 それでも……。

 ユナは理由のわからない不安を振り払うように、ソーマに微笑みかけた。


「ソーマくん。寝ているわたしに何もしなかったでしょう? それともほんとは……」

「あ、あ、あたりまえだろユナ! いくら俺でも、寝てるユナにそんなこと……するわけねーだろっ!」

 クス……。

 真っ赤になった顔を上げて、必死に言い訳するソーマを見て、ユナは小さく吹き出していた。


「わかってるって。ソーマ(・・・)がわたしにそんな事するはずないって……ソーマ(・・・)がわたしに嘘なんか……つくはずないって……」

「ユナ……?」

 そして、コツン。

 ユナのおでこが、顔を上げたソーマのおでこに重なった。

 ユナの目と鼻と唇が、ソーマのすぐ目の前に来た。


「だらしなくても、ちょっとビビリでも……わたしは……ソーマのこと信じてるから。だからソーマも、ずっと今のままのソーマでいて……!」

「あ、あ、あたりまえだろユナ。俺はずっと、俺のままだ。ユナの知ってるいつもの俺さ……!」

「うん、知ってる……」

 ユナの肩に手をかけて。

 ソーマはユナから、静かにおでこを離した。

 ユナは頬を薔薇色に染めて、コクッとソーマにうなずいた。


「さ、ソーマくん。食べよう朝ごはん。せっかく作ってくれたんだしさ……って!?」

 立ち上がったユナがリビングの時計を見て悲鳴を上げた。

 朝の9時をとっくに回っている。


「わっ! まずい、学校、遅刻、1時限目……!」

「なに言ってんだよユナ……」

 慌ててバタバタ。

 トートバッグの中身をまとめ出すユナに、ソーマは呆れ顔で声をかける。


「今日は、創立記念日だろ?」

「あ……そうだった……」

 ユナは拍子抜けしたように、ソファーに座り込む。


 今日は聖ヶ丘中学校の創立記念日。

 学校は休みだった。


 昨日からいろいろあり過ぎて、記憶が混乱している。

 ユナは頭を振ってソファーから立ち上がった。

 

 ダイニングテーブルでは、ソーマが2つ用意したマグカップにコーヒーを注いでいた。


  #


「ごちそうさまでした……」

「んー。初めてにしては、なかなかのものねソーマ。星5つで、味付け3盛り付け3焼き加減2ってとこかな……」

 朝食が済んだ。

 ソーマのベーコンエッグを食べ終えたユナが、コーヒーを飲みながらソーマにニッコリ。


「な、なんだよユナ。急に先生みたいにさ……」

 初めて作った自分の料理を寸評されたソーマが、居心地わるそうに口を尖らせた、その時だった。


 ピンポーン……。

 玄関のチャイムが鳴った。


「しまった……もうこんな時間か……コウだ、忘れてた!」

 親友とかわした休日の約束を思い出して、ソーマは小さく声を上げた。


  #


「うう……」

 氷室マサムネが目を覚ますと、そこは穏やかな朝日の差し込んだ病院の一室みたいだった。

 マサムネは、リネンのベッドからゆっくりと上体を起こした。


「ここは……医務室……僕は……!?」

 マサムネは頭を振りながら、自分のおかれた状況を整理する。

 簡素なベッド。

 体の各所に取り付けられた電極装置。

 マサムネの体調(コンディション)をモニタリングして瞬くディスプレイ。


 いまマサムネがいるのは『研究所』の医務室のようだった。


 あの時、僕は……!

 マサムネはクロスガーデンの異界者(ビジター)との戦いを思い出す。


 標的(ターゲット)をおびき出すまき餌(デコイ)を次々に始末しながら。

 もう少しで標的(ターゲット)を仕留めることができた。

 だが……! マサムネは歯がみして、忌々しげに顔を歪めた。


 とつぜん姿を現した、別種の異界者(ビジター)たち。

 紅色の髪をなびかせた少女の放ったおぞましいヘビの群れが、部隊を混乱に陥れた。


 そして銀色の戦槌(メイス)を振り上げた金髪の少女の放った眩い輝き。

 行動不能に陥った部隊の中からどうにか立ち上がって。

 標的(ターゲット)を目前にして……そこでマサムネの記憶は途絶えていた。


「くそっ!」

 ドンッ!

 マサムネはベッドの脇のサイドテーブルに、自分の拳を思い切り叩きつけた。

 一般市民にあれだけの犠牲者を出した標的(ターゲット)を、マサムネたちは取り逃したのだ。


 あれだけの兵士を投入して。

 あれだけの装備を用意して。


 結局マサムネたちは、異界者(ビジター)の虐殺を止めることが出来なかった。

 怪物災害モンスターディザスターを食い止めることが出来なかったのだ。


 これではまるで、あの時(・・・)と一緒じゃないか。

 マサムネは目を閉じて唇を噛みしめる。

 8年前のあの日。マサムネが最も大事な人を失ったあの時(・・・)と……!


 いや、問題はそれだけではなかった。

 マサムネは罪の意識に苛まれる。

 自分たちが招いた結果の恐ろしさに肩を震わす。


 マサムネたちの標的(ターゲット)

 あの銀髪の異界者(ビジター)をおびき出すためにまき餌(デコイ)を使うことを決めたのは、この計画の責任者だった。

 マサムネの父親、氷室カネミツ本人なのだ!


「危険は無い。奴ら(・・)の操るデコイは統制(・・)が取れている。市民に死者が出ることはない。被害も最小限で済む。この計画の完成には、どうしても必要なことなのだマサムネ……」

 作戦の全貌を知らされた時。

 戸惑うマサムネに、彼の父カネミツは落ち着き払った声でそう言った。


 父親の『計画』……彼の悲願。

 『魔法消滅(ガーディアン)システム』の完成。

 その計画を阻む異界者を見つけ出して殲滅する、有効かつ唯一の手段。

 それが今回の作戦だ……カネミツはマサムネにそう説明した。


 だがマサムネは知っていた。

 父親自身もその言葉を信じていないことを。

 声は冷静でも、目がマサムネの顔をまっすぐ見ていないことを……!


「父さん……!」

 マサムネはベッドのシーツを握りしめて、かすれた声を上げた。

 カネミツはいったいどうしてしまったのだろう。


 『計画』の完成を目前にして、ひどく焦っているように見える。

 異界者(ビジター)の駆逐、怪物災害モンスターディザスターの消滅。

 魔法の暴走による災害が絶対に起き得ない(・・・・・)世界。


 父親の願いは、マサムネも十分わかっているつもりだった。


 8年前のあの日以来。

 父親もマサムネも、思いは同じはずだった。

 でも、それなのに……!


「あいつら……」

 マサムネは呻く。

 彼は知っていた。


 もう3年以上前から、父親と通じている者たちの存在を。

 カネミツは『むこう側』の世界の連中と、取引をしていたのだ。

 カネミツとマサムネが、最も憎んでいる存在……異界者(ビジター)たちとの取引を!


 あいつら……あいつ(・・・)

 父親に近づき、銀髪の標的(ターゲット)の抹殺を進言してきたのもあいつ(・・・)だった。


 あの女……緑の目のメイローゼ!

 人間の姿をしていても、いまのマサムネの()には、ハッキリと見て取れた。

 父親に取り入るあの女の、黒衣の下に隠された異様な姿が。

 美しい顔に妖しい笑みを浮かべて父親をそそのかす、あの女の本当の姿が!


 夕刻のクロスガーデンに、突然姿を現した撒き餌(デコイ)……。

 ガーゴイルやゴーレムたちも、あの女の手によるものなのだ。


 クロスガーデンの虐殺は、彼の父が……マサムネたちが招いたようなものだった。

 その時だった。


「マサムネ! 目を覚ましたかマサムネ……!」

 ガランッ!

 医務室の扉を勢いよく開けて、声を震わせながらマサムネに歩み寄る人影があった。


「父さん……!」

 マサムネは声を詰まらせる。

 やってきたのは、彼の父。

 氷室カネミツだった。

 そして……!


「マサムネ様。ご無事で何よりでした……」

 医務室の戸口の陰から、低いがよく通る女の声がした。


 ユラリ……。

 まるで黒い影法師みたいに。

 カネミツのすぐ背中から、1人の女が部屋に入って来た。



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