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俺と合体した魔王の娘が残念すぎる  作者: めらめら
第5章 真敵顕現〈エネミーライゼス〉
35/52

コゼットの盾

「わ……わたしの光撃(バースト)を払った!」

「まさか、あんなことまで!」

 空中のルシオンが、唖然としてリュトムスを見下ろす。

 コゼットも、目の前で起きた出来事が信じられないみたいだった。


 リュトムスの受け技が、ルシオンの光を切り裂き、四散させていた。

 竜の炎を切り裂くほどのルシオンの攻撃が、この食屍鬼(グール)の格闘家には効かなかった。

 ホタルたちの光を束ねたルシオン渾身の光撃(バースト)が、リュトムスの「廻し受け」の前では全く通用しない!


「どうやらソレが奥の手(・・・)ですか。王女様……。では今度は、こちらの(ターン)!」

 青白い顔でルシオンを見上げたリュトムスが、ニタリと笑った。

 

 次の瞬間、ビュンッ!

 風を切る音と共に、リュトムスの姿が再び地上から消えた。


「うあああああっ!」

 ルシオンの悲鳴。


 いきなりルシオンの目の前まで跳躍したリュトムスの攻撃。


 突き。

 突き。

 蹴り。

 突き。

 蹴り。

 突き。

 突き。


 食屍鬼(グール)の長い手足から繰り出される目にも止まらない連撃が、ルシオンの体に突き刺さっていく!

 そして……


「これで仕上げ(フィニッシュ)!」

 ズバッ!


「…………!?」

 ルシオンの悲鳴が止まった。

 あまりの痛みに、声も出なかった。

 

 ルシオンの頬が、ベッタリと血の色に濡れている。

 彼女の右肩の肉の一部が、そっくりルシオンの体から消え失せていた。


 リュトムスの気合とともに放たれた彼の手刀。

 まるで鋭利な刃物そのものの食屍鬼(グール)の指先が、ルシオンの右肩の肉と背中の右翅をゴッソリ切り取った(・・・・・)のだ!


「がっ! あああああああ!」

 苦痛の絶叫を上げながら、ルシオンが落ちていく。

 空中に真っ赤な血しぶきをまき散らして。


 そして、ドッ!

 錐揉み状に回転(スピン)しながら、ルシオンの体が地面に叩きつけられた。


 続いて一瞬後、トンッ!

 リュトムスの体が優雅に地上に着地する。


「フフフッなかなか素敵な食前酒(アペリティフ)でしたよ、王女様。それではまず前菜(オードブル)から……」

 そう言って満足そうに笑うリュトムスの右の白手袋が、真っ赤に染まっていた。

 リュトムスの手には、ルシオンから切り取った血まみれの肩肉が握られていたのだ。

 そのルシオンの肉体の一部を……。


 ペロリ。


 クチャクチャクチャ……。

 リュトムスの口から伸びた長い舌先が肉片を巻き取っていく。

 舌が肉片を口に運んで、いやらしい音をたてながらゆっくりと咀嚼していく!

 

美味(テイスティ)! 実に美味(テイスティ)ですよ王女様! 苦痛と絶望とで風味づけされた魔王の眷属の血肉の、なんたる豊潤(ほうじゅん)さ!」

「うッ……あッあッ……! 助けて。助けて。助けて……!!」

 リュトムスがパチパチと手を叩きながら、ルシオンにゆっくりと近づいてくる。

 青白くて骨ばった食屍鬼(グール)の顏に、ウットリ満足げな表情が浮かんでいた。


「助けてコゼット……! 助けて……父上(・・)!」

 ルシオンが地面に這いつくばったまま、必死でその場から逃げようとしていた。


 両目から涙を流して。

 全身を血塗れにしながら。

 ノロノロと芋虫みたいに這いまわって、どうにかリュトムスから離れようともがいている。

 ルシオンは苦痛とショックで、もう立つことも出来ないみたいだった。


 ルシオン……! おい、しっかりしろ。立てルシオン!

 ルシオンと痛覚を共有しているソーマもまた、痛みでどうにかなりそうだった。


 だがソーマは必死でルシオンに呼びかける。

 この場を這って逃げるだけでは、もうルシオンの命も、ソーマの命もおしまいだった。


「フフフッ次は血のスープを頂くことにしましょう。少しばかり多めに抜けば(・・・・・・)、もうそこから逃げ出す気にもならないでしょうから……!」

 リュトムスが右手の指をポキポキ鳴らしながら、ニタリと笑う。

 食屍鬼(グール)のその手がルシオンを捕えるまで、あと数メートルまで迫って来た……その時だった。


「動くな!」

 (リン)とした厳しい一声が、辺りに響いた。


「これはこれは。『研究所』のお方々……」

 リュトムスが声の主の方を向いて、慇懃にお辞儀をした。

 リュトムスとルシオンに向かって銃口をむけた兵士の一団が、あたりを取り囲んでいた。


 声の主はその先陣。

 黒鋼色(メタルカラー)のコンバットスーツをまとった、兵士のリーダー格のようだった。


「これは……みんな倒れて……死んでいます!」

「みんな、死んで……!?」

 兵士の1人が、フードコートに転がる死体の山に足を踏み入れて悲鳴を上げている。

 リーダーが、震える声でうめいた。


「貴様らの仕業か!」

「貴様()? いえいえ、めっそうもない……」

 リュトムスに銃口を向けて怒号を上げるリーダーに、食屍鬼(グール)は大げさに首を振った。


「我らが主から言いつかったのは『王女』の監視です。王女の暴走でみなさまに余計な犠牲が出ぬようにという、主のはからいでした。もっとも、少々遅すぎたみたいですが……!」

「『王女』……標的(ターゲット)か……!」

 リュトムスが、青白い顔を痛ましげに歪めてフードコートの死体を見回した。


「これを……全部標的(ターゲット)が……!」

 兵士のリーダーがワナワナ震えながら死体の山を見詰めていた。

 死体の体のそこかしこに、白い煙を上げて小さな穴がうがたれているのが見えた。


 空中からルシオンが放った、光の(アロー)のうがった傷だった。


 そして……。

 

「さて、どうしますか? このまま(・・・・)では王女は人間たちに殺されてしまいますよ?」

 不意に、リュトムスがあたりを見回してそう声をあげた。


 兵士のリーダーに向かってではない。

 地面に転がるルシオンにでもない。

 誰か、この場にいない者に語りかけるように、


  #


「撃ちますか? クロームリーダー」

「……いや、待て!」

 リュトムスとルシオンに交互に銃口を向けながら。

 次々と彼に指示をあおぐ部下たちをおさえながら、リーダーは迷っていた。


 路上に転がった無残な少女の姿。

 報告されている姿と照合してもまず間違いない。

 あの少女が彼の標的(ターゲット)だった。

 

 2日前。

 異世界からの(ゲート)から突然あらわれて、御霊山で彼の組織の兵士たちを全滅させた存在。

 「こちら側」の世界を侵食する、危険極まる異界者(ビジター)


 発見次第、殲滅すること。

 それが彼と、彼の部下たちに与えられた任務(ミッション)だった。


 2日前とは武装が違う。

 いま彼と彼の部下たちが手にした殲魔装備(デモンバスター)ならば、どんな異界者(ビジター)も数秒で滅ぼすことができるだろう。


 だが……。


「助けて……助けて……!」

 目の前で哀れな声を上げる少女に、彼は戸惑う。


 あの女(・・・)……メイローゼの連れて来た男に痛めつけられたのだろうか。

 全身を血まみれにして地面に横たわった少女の姿は、無力そのものだった。


 いや……!

 彼は苦しげに頭を振る。


 この場所、ポイント18に辿り着くまでの間。

 遠目からでもハッキリ見えた。


 空中に舞い上がった少女が、フードコートに向かって無差別に光の矢を撃ち放つその姿が!

 こいつが市民の命を、何人も、何十人も……!


 彼は深く息を吸いこんで、覚悟を決める。


「撃て……!」

 ヘルメットに内蔵された通信機越しに、彼は部下たちにそう命令した。

 そして自分自身の構えた銀色のアサルトライフルの引き金に、力を込めた。


  #


 ギュンッ! ギュンッ! ギュンッ!


 リーダーの合図と同時に。

 兵士たちの構えた銃が、ルシオンに発射された。

 銃口から放たれた銀色の光弾が、一斉にルシオンの体に突き刺さる!


 ……かと思った、その時だった。


「なにっ!」

 リーダーは驚きの声をあげていた。


 兵士たちの攻撃が、ルシオンに届いていなかった。

 ルシオンの体の周辺に発生したユラユラした揺らぎ。

 その揺らぎに触れると、光弾は少女の体をそれてデタラメな方向に飛んで行ってしまう。


「撃て! 撃て!」

 苛立つ兵士たちが、再び一斉攻撃を開始する。

 だが結果は同じだった。

 

 そして……


「立ちなさい、ルシオン様」

 不思議な揺らぎに包まれたルシオンに、そう語りかける者がいた。

 横たわるルシオンの傍に、青白い光が集まってゆく。


 光がやがて小柄な人影を形作ると、次の瞬間。


「コゼット……!」

 目の前に立った人影を見上げて、ルシオンは苦しそうにうめいた。

 立っていたのは、小さなチョウの姿から人の姿に戻ったルシオンの侍女だった。


 コゼット……!

 ルシオンを見下ろすコゼットの姿に、ソーマは言葉を失っていた。


 立っているのは、ソーマと同じ年くらいの輝くような金髪をした少女。

 クリーム色の肌、コバルトブルーの瞳。


 だが今のコゼットが身にまとっているのは、いつものメイド服とは程遠いものだった。

 コゼットの全身を包んでいるのは、銀色に輝いた眩い板金鎧(プレートメイル)だった。


 右手に構えているのは、これまた銀色の厳つい鎚矛(メイス)

 そしてその背中から広がっているのは、青紫色に瞬いた蝶のように優美な翅だった。


「やはり『鱗粉防壁(スケイルシールド)』! さっき私の拳を防いだのは、あなただったんですね?」

 リュトムスが、コゼットを指さしてニヤリと笑った。


「お待ちしておりましたよ、『大騎士』コゼット・パピオ殿! その名も高きゼクトパレスの守護者……『インゼクトリアの盾』のおでましをね……!」

「そう呼ばれていたのは昔のこと。今のわたくしは、ただルシオン様をお守りする侍女でございます……」

 (たか)ぶった様子で大仰にお辞儀をするリュトムスに、コゼットは静かな声でそう答えた。


「さあ、立つのですルシオン様。あなたは、こんな場所で終わる方なのですか? であれば、しょうこともなし……!」

 コゼットは再びルシオンを見下ろして、彼女にそう呼びかけた。


 …………!?

 ソーマは戸惑っていた。

 これまでのコゼットとは、まるで違う。

 冷たくて、(リン)としたコゼットの声!


「あなたが、わたくしの見込んだ通りのお方ならば。わたくしが仕えるにふさわしいお方であるならば。今すぐに、わたくしにお示しくださいませ。魔王の眷属の矜持と力を。インゼクトリア第3王女、ルシオン・ゼクトとしての矜持と力を!」

 重々しくて厳しい、だが力強さと威厳に満ちた声で、コゼットはルシオンにそう呼びかけた。


「う……うぅぉおあぁあああああああ!!!」

 コゼットの声に鼓舞されるように。

 ルシオンの手に力がこもった。


 傷ついた体を両手で支えて。

 ルシオンが、震える足でその場から立ち上がった!


「何をしている、撃て!」

 リーダーの戸惑うような声があたりに響く。

 慌てた様子の兵士たちが、再びルシオンとコゼットに向かって一斉に引き金を引いた。



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