乱戦
「うわあああっ!」
「助けてえ!」
「こっちだ、こっちこっち!」
夕暮れの近づいて来た秋の昼下がり。
皇急御珠駅からほどない場所で、人々の悲鳴が飛び交っていた。
ショッピングセンター『クロスガーデン御珠』に往来に、とつぜん怪物の群れが湧いて出たのだ。
いったい、何処から現れたのか。
道をゆく学生や、買い物に訪れた家族連れ……。
彼らがフト気づいた時には、もうそいつらはそこにいた。
「グモオオオ……」
そいつがうなった。
人間の大人の3倍はあるだろう大きな体。
ず太い手足と、頭も首の区別もつかない。
まるで粘土の塊みたいな醜い姿。
手には大きな棍棒や鉄の斧みたいな武器を携えている。
とつぜん現れた何十体もの粘土の巨人たちが、斧や棍棒を振り回して通りの真ん中で暴れ始めたのだ!
逃げ遅れた人たちが、巨人の武器で蹴散らされ、巨人の足で踏みしだかれていく。
そして、人々を襲っているのは巨人たちだけではなかった。
「ガアガアガア……」
しわがれたカラスみたいな鳴声が空から降って来た。
コウモリみたいな灰色の翼をしならせながら、ショッピングセンターの上空を飛びまわる者たちがいた。
石のように硬質で、ほっそりした灰色の体。
カラスと人間の合いの子みたいな顔。
手に持った槍や剣で、地上を逃げまどう人たちをつつきまわし、追い立てている。
まるで動く石造のような空飛ぶ怪物たち!
クロスガーデン御珠は、大パニックに陥っていた。
#
「フフフ。いいよ、なかなかいい働きぶりじゃないか…」
全てを見渡せる商業ビルの屋上の一角で、メイローゼは笑っていた。
地上の混乱を見下ろして、彼女の緑の瞳が満足そうにキラキラ輝いていた。
「おい、王女は本当に来るんだろうなメイローゼ。でないとこんなのタダの……」
虐殺だ。
喉元から出かかった声をどうにか飲み込みながら、チャラ男のグリザルドが肩を震わせていた。
グリザルドが深幻想界から持ってきた召喚石。
その石で呼び出した、傀儡鬼と空中傀儡たちがメイローゼに命令されるがまま。
いま、地上の人々に襲いかかっていた。
「来るさグリザルド、必ずね。王女がこの地にとどまる理由は1つ。自分の手でルーナマリカの剣を取り戻すことだ。あたしたちの仕掛けに乗ってこないワケがない。あの王女は何も知らないんだから……」
メイローゼは確信にみちた声でグリザルドにそう答える。
黒衣の魔女は、チャラ男の方を向いた。
「フッ! そうピリピリするなグリザルド。傀儡鬼たちは王女を釣る撒き餌にすぎない。適当に暴れさせたら、それで終いさ」
「それで終い? フン笑わせんな。じゃあアレは何のマネだ!」
鼻を鳴らしてそう笑いかけるメイローゼに、グリザルドは忌々しげに首を振りながら地上の一画を指さした。
「助けて……助けて……!」
「お願い。家に帰して!」
フードコートの一画に、ガーゴイルたちが集まっていた。
コートに逃げ込んだ怯える人々を取り囲み、監視して出口をふさいでその場に押し込めている。
まるで人質を取るみたいに……!
「ああ、あいつらは『保険』さ」
「保険……!?」
事もなげにそう答えるメイローゼ。
グリザルドは首をかしげる。
「そう、保険。連中があたしたちに手を出してきたときの為のね。連中は機会さえあれば、王女と一緒にあたしたちのことも消したがっているからね。だからさ……」
メイローゼが、空を仰いでニヤリと笑う。
「ほらグリザルド。来たよ、連中さ……」
メイローゼの緑の瞳の見つめる向こう。
パラパラパラパラ……
回転翼の音と共に、空から何かが近づいて来る。
#
「コウ……ユナ……。悪い、ちょっと用事思い出した!」
「あ、ソーマ?」
「ソーマくん!」
コウとユナにそう声をかけると、ソーマは家とは真逆の方角に駆け出した。
ルシオンの体が感じた強烈な違和感。
強い魔素の反応を感じた方角に。
「ソーマくん、待って、どこいくの!?」
背中から聞こえるユナの声が遠ざかっていく。
ソーマはそのまま路地裏に飛び込む。
表通りから、ユナたちの視線から身を隠す。
そして。
「ルシオン、いいぞ!」
ソーマがルシオンにそう言った次の瞬間。
ザザアアッ!
翅しなる音とともに、ソーマの体が空中に舞い上がっていた。
いや、その姿はもう御崎ソーマのものではなかった。
黒鳥のように優美な衣。
風になびいた銀色の髪。
緑色に輝いた透明な翅をしなわせて空を飛ぶ、美しい少女の姿。
ルシオン・ゼクトの姿だった。
#
「ルシオン様、見えました。あそこです!」
「傀儡鬼と空中傀儡……! いったい何故!?」
耳もとでコゼットの声がする。
空を飛ぶルシオンの目が、地上の異変をとらえていた。
あれは……!
ルシオンの視覚を通じて、ソーマもまた息を飲んだ。
御珠駅すぐのショッピングセンターが、大変なことになっていた。
路上で暴れている粘土の塊のような巨人たち。
空から人を追いかけまわす、コウモリの石像みたいな怪物たち。
「誰かが召喚石を使って、あいつらをこの世界に呼び出したのです!」
戸惑うようなコゼットの声。
あいつら……街の人たちを襲っている!
ルシオン、止めさせろ!
ルシオンの中のソーマが、耐え切れずにそう叫んだ。
「クッ! わかっている!」
ルシオンがソーマに答えて、背中の翅をしならせた。
空を飛ぶ少女の体が加速する。
地上の混乱に辿りつくまで、あとひと息。
その時だった。
「なんだ、アレは!?」
ショッピングセンターの上空に静止したいくつもの機影に気づいて、ルシオンは驚きの声を上げた。
#
「くそお! 燃え尽きろ! 切り裂け! 切り裂け!」
「止まれ、止まれ、絡み蔦!」
クロスガーデン御珠の路上で。
黒川キリトは口元をヒクつかせながら、迫ってくる怪物たちに自分の魔法を放っていた。
キリトと背中あわせになって同じく怪物と戦っているのは、彼女の式白ナユタ。
学校の帰り。
今日一日うかない気持ちだったキリトは、ナユタに誘われるままショッピングセンターの買い物に付き合わされていた。
そして気がつけば、とんでもない混乱に巻き込まれていたのだ。
まわりにいるのは、買い物に来た家族連れや、親とはぐれた子供たち。
キリトとナユタは必死になって魔法を放つ。
粘土の巨人を足止めして、他のヤツらを先に逃がさないと!
だが戦いは絶望的だった。
キリトの放った炎熱魔法は、怪物の粘土の体に吸い込まれてしまう。
鎌鼬は怪物の体を一瞬切り裂くが、その傷はすぐに塞がってしまう。
ナユタの攻撃も同じだった。
彼女が放った絡み蔦は怪物の体に絡みついて一瞬その動きを押しとどめる。
だがすぐに怪物の巨体に引きちぎられてしまう。
絡み蔦の力では、足止めすらできない。
キリトの魔法も、ナユタの魔法も、まったく怪物に効かない!
「グッ!」
キリトは忌々しげにうめいた。
集中力も体力も、とっくに尽きていた。
足がフラつく。
もうこの場から逃げ出すこともできなそうだ。
これが……『怪物災害』というヤツか。
キリトの頭に、ネットニュースの画像やテレビの報道の1場面がチラついた。
『怪物災害』。
毎年、世界中で何回かは発生する突発災害。
日常の街中に、突然会現れる正体の分からない怪物たちが引き起こす災害とパニックの呼称だった。
地震と同じ。
いつ、何処で起きても不思議ではない。
頭ではわかっているつもりだった。
でも心の中では、アメリカの竜巻みたいに自分とは遠く離れた出来事だと思っていた。
それが、今!
キリトは目の前の怪物を見上げて、絶望に顔を歪める。
「キリト。来るよ!」
キリトの背中では、ナユタもまた悲痛な声を上げていた。
怪物が、キリトに向かって大きな斧を振り上げた。
わりーナユタ。
お前1人すら、守れないなんて……!
キリトが心の中でそう呟いて、ナユタの手をしっかり握った。
その時だった。
パララララララ……
上空から何かが迫って来た。
キリトとナユタの上に、影がさした。
2人の体を、風が叩いた。
近づいて来たモノ。
それはショッピングセンターに飛来した、銀色のヘリコプターだった。
タッ タッ タッ……
そして空中に静止したヘリのハッチが開くと、空中に次々何かが飛び出してきた。
「こいつら……!?」
自分たちの周囲に降り立った者たちの姿を見回して、キリトは驚きの声を上げた。
立っているのは、銀色に輝く銃剣を怪物向けている何人もの……兵士だった。
その全身は黒鋼色のボディアーマーに覆われている。
その顏はフルフェイスのヘルメットみたいな装備に覆われていて、素顔は全く見えない。
そして……。
ギュンッ! ギュンッ! ギュンッ!
兵士たちの構えた銃が、一斉に怪物たちを攻撃した。
銃口から発射された銀色の光弾が、怪物の巨体を貫いていく。
「グモオオオッ!」
そして異変がおきた。
怪物がくぐもった叫びをあげる。
光の弾丸に貫かれた体が、まるで土くれみたいにボロボロ崩れて砕けていく!
「……やったのか!?」
キリトは目を見開いて兵士たちを見つめる。
兵士たちの攻撃が、次々に周囲の怪物たちを貫き崩壊させていくのだ。
キリトたちの魔法が全く効かなかった相手を、兵士たちが事もなげに撃ち倒していく!
「こいつらは、全て僕たちが殲滅する。黒川くん、君は式白さんと一緒に、みんなを安全な場所まで!」
「お……おうっ!」
攻撃を指示していた兵士たちのリーダーらしき男が、キリトを向いてそう指示をする。
キリトはとっさにうなずいて、ナユタの手を引いてその場を駆けだす。
「みんな、こっちっす。早く……!」
迷子の子供や家族連れを先導しながら。
歩き始めたキリトは、今になって首をかしげる。
アイツ。俺とナユタの名前、知っていた……!?
その時、キリトは気づく。
「ガアガアガアッ……!」
空からカラスみたいな鳴声が迫って来る。
くそっ!
キリトの顏が歪む。
今度は空から。
コウモリみたいな翼を羽ばたかせて、石像のような怪物どもがキリトたちに迫って来る。
キリトは指輪に意識を集中する。
こいつらにキリトの魔法は効くだろうか。
効かなかったら、それでみんな終わりだ。
キリトは悲壮な顔で、空の怪物たちに指輪を構えた。
その時だった。
ビュウゥウウウウン……
突然、キリトの視界に緑色の閃光が爆ぜた。
「ガアアアアアアアッ……!」
怪物たちの悲鳴。
空を走った緑の光が、怪物たちの翼を、体を次々引き裂いていった。
「な……なにがっ!?」
あたりに墜落していく怪物の残骸を見回して、呆然とするキリトに……!
「よう、お前。また会ったな!」
「のわあああああああっ! てめーは!?」
空からいきなりキリトの目のお前に降り立って、軽ーい調子で彼にそう声をかけてくる者がいた。
キリトは悲鳴を上げた。
目の前に立っている、黒鳥のような衣をまとい銀色の髪をなびかせた影。
それはキリトを向いてニカッと笑った、1人の美しい少女の姿だった。