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俺と合体した魔王の娘が残念すぎる  作者: めらめら
第4章 魔法決闘〈マジカデュエル〉
23/52

リンネの匂い(☆)

(はー。それにしてもさっきのアイツ、面白かったなー。霧の中のアイツの情けない顔。最高だったなー)

 夕日に照らされた皇急御珠(みたま)線の下り列車の車内。

 ソーマの中のルシオンが、ゴキゲンな声でそう繰り返していた。


 5時限目の魔法実技。

 トライボールの試合にかこつけて、ソーマを潰しにきた黒川キリト。

 ナユタの作った霧に紛れて襲ってきたキリトを、ルシオンが叩きのめした。

 無理やりソーマの体を奪い取って。


「『最高だったなー』じゃねーだろルシオン! お前、キリトのこと殺そうとしただろ?」

 ソーマは苦虫をかみつぶしたような顏で、小さくルシオンに話しかける。

 ソーマがどうにか、ルシオンの体に介入(・・)して彼女の動きを止めていなかったら。

 ルシオンは、自分のホタルでキリトを殺すところだった。


(キリト? ああ、アイツのことか。あたりまえだろう。インゼクトリア第3王女、このルシオン・ゼクトに刃を向けたのだぞ。なぜ生かしておかねばならないのだ?)

「……あのなぁ。アイツが手を出してきたのは()の方だから。俺がどうにかする問題なんだよ!」


(……? ならばなぜ、お前が殺さないのだ? お前を侮辱してきた敵だぞ。名誉に関わる!)

「だ、か、ら! 敵とかそーゆうんじゃないんだよ! あそこは学校なんだ。でもってあいつは同じクラスのクラスメート。もっと難しくて複雑でメンドーな関係なんだよ!」


(……? まったく、人間の理屈はよくわからんな……)

 頭の中で不思議そうな様子のルシオンに、ソーマはため息をついた。

 

 異世界からやってきた魔王の娘に、人間社会のルールを説明するのはかなり難しい。


(……ところでドコに行くんだおまえ? 今日は家には帰らないのか? なんてゆうか……ほら、もうすぐ『夕食』なんじゃないか?)

「今日は用があるんだ。病院に行って姉さんと会う日なんだ。家に帰るのはそのあとだ、ルシオン……」

 ソーマの中でワクテカした様子のルシオンに、彼はアッサリそう答える。


 今日は火曜日。

 聖ヶ丘駅から御珠(みたま)線に乗って5駅。

 御珠病院に入院している姉のリンネに、ソーマが会いに行く日だった。


(ネーサン? なんだそれ?)

「ネーサンというのは、ソーマ様の姉上のことです。ルシオン様」

 不思議そうなルシオンの声に、ソーマの肩にとまった小さな青いチョウがそう答えた。


 ルシオンの侍女コゼット。

 まだこっちの世界に来て1日なのに、ソーマたちの言葉や慣習をあっという間に覚えてしまう。

 ものすごく優秀な侍女みたいだ。


「『姉上』!?」

 ビクンッ!

 ソーマの体がいきなりすくんだ。

 ルシオンの動揺に、ソーマの体まで反応したようだ。


「おいおい、どうしたんだよルシオン……いきなりビクビクしてさ?」

(な……なんでもない。なんでもない!)


「ルシオン様。姉上といいましても、ルシオン様のではありません。ソーマ様の姉上ですよ」

(そ……そんなこと、わかってるコゼット! ちょっと驚いただけだ!)

 コゼットの言葉に、ムキになって取り繕うような必死な感じのルシオン。


 どうやら「姉上」という言葉に、無条件に体が反応してしまったらしい。


「まったく、どんな姉上なんだよ……!」

 ルシオンに聞こえないように、ソーマは小さくそう呟いた。

 彼女は自分の姉に、相当イヤな思い出があるらしかった。


 そうこうしている内に……。


「間もなく御珠(みたま)病院前。御珠(みたま)病院前……」

 電車のアナウンスがそう告げる。

 ソーマは座席から立ち上がって、車窓の景色に目をやった。

 

 高架から見渡す夕日に照らされた御珠の街並みは、まるで流れていく絵画みたいに綺麗だった。

 だがソーマの顔は、なんだか憂鬱だった。


  #


「ソーマ。家の様子はどう? 父さんはちゃんと帰って来ている?」

「いつもと同じだよ姉さん。めったに戻ってこない。生活費は振り込まれてくるけどさ……」

 病院の一室。

 ベッドの横に腰かけながら、ソーマは姉のリンネと話をしていた。

 

「そう。ちゃんとご飯は食べているの? ソーマはわたしが居ないと、すぐにカップ麺だから」

「大丈夫だよ。ちゃんとしてる。最近ユナにも手伝ってもらってるんだ……」

「ユナちゃんに? あまりお隣に迷惑をかけては駄目よ。ユナちゃんだって自分の勉強があるんだから」

「わ、わかってる。ちゃんとするよ……!」

 口をとがらせてそう答えるソーマに、リンネが心配そうに形のいい眉をひそめた。


「姉さんこそ体の調子はどう? 食事はできてる?」

「ええソーマ。ここ何日か、落ち着いているし気分もいい。大丈夫、心配しないで……」

 姉の顔をのぞきこんでリンネを気遣うソーマ。

 リンネはにっこり笑ってソーマに答えるが、その笑顔がなんだか弱々しかった。


 御崎リンネ。

 3つ年上のソーマの姉。

 小さいときに母親を亡くしてから、ずっとソーマのことを気にかけてきた。


 母親というのが、どういうものかソーマは知らない。

 でもそんなことを気にもせずソーマが今までいられたのも、きっとリンネのおかげだろう。

 ソーマにとっては、リンネが母親みたいな存在だった。

 

 ソーマはしげしげと姉の横顔を見つめる。


 夜の闇を流したような長い黒髪。

 黒目がちな切れ長の目。

 磨き上げた氷みたいに真っ白で滑らかな肌。

 艶やかな赤い唇。

 まるで人形みたいに整った顏。


 今年17歳になるリンネは、弟のソーマが見てもちょっとゾクッとするような凄い美貌の持ち主だった。

 街中を歩いていれば、声をかけて来る男はきっと数えきれないだろう。


 でも今のリンネに、それは無理な話だった。


 魔法過敏症(マジカセンシビティ)

 医者はリンネの症状をそう診断したが、こんなに重い症例は世界でも類を見ないらしい。


 魔法の発動を間近に感じると、酷く体調を崩したり、心のバランスを失ってしまう。

 小さい頃からリンネを苦しめてきたその症状が、最近は特に重かった。

 魔法の使用が禁止された特殊病室から、出ることもできないのだ。


 時々ソーマは恐ろしくなる。


 ソーマが目を(つむ)って次にその目をあけた時、リンネの姿はどこかに消えてしまっているのではないか。

 リンネの姿が窓からさしこむ夕日に透けて、そのままいなくなってしまうのではないか。

 姉の横顔を見ていると、ソーマはそんな錯覚と強烈な不安に襲われる。


 それくらい、今のリンネは儚く見えた。

 繊細なガラス細工みたいに。

 ソーマが触ったらそのまま砕けてしまいそうに。


挿絵(By みてみん)


「どうしたの? ソーマ……?」

「え? い、いや。なんでもないよ姉さん!」

 自分の横顔を見ているソーマに、リンネが首をかしげる。

 ソーマは顔を赤らめてリンネにそう答えた。


「フフ……おかしなソーマ」

 リンネはソーマを見つめて、クスリと笑った。

 そして……。


「さあ……来てソーマ」

 リンネが黒珠のような瞳をキラキラさせながら、ソーマの方に手をさしのべた。


「ウン……」

 ソーマは姉に言われるまま。


 オズオズとリンネのベッドの横に腰かける。

 リンネのすぐそばに腰かける。


 そして、スルリ……。

 白いヘビみたいにやわらかくて冷ややかなリンネの腕が、ソーマの首に絡みついた。


「あぁ……ソーマ……」

 ソーマの体を抱き寄せて、リンネは弟の顔を自分の胸にうずめた。


 リンネがかすれた声をあげた。

 リンネの黒珠のような目がうるんでいた。

 リンネの白磁みたいな頬が、今は()っすら薔薇色に染まっていた。

 花びらみたいな赤い唇が妖しく濡れていた。


  #


 まだ小さい頃、リンネにソレを求めていたのはソーマだったはずだ。

 子供の時のソーマは、怖がり屋だった。

 夜、暗い場所でちょっとでも何かの気配がすると、もう怖くて眠れなかった。


「大丈夫よソーマ。お姉ちゃんが、ソーマが寝るまで起きててあげる」

 そんな時、リンネは笑顔でソーマに話しかけると。

 小さな体でソーマをギュッと抱きしめた。

 ソーマが安心して眠るまで、ずっとそのままでいてくれた。


 でも今、ソレをソーマに求めているのはリンネだった。


「気のせいかな……ソーマとこうしていると落ち着く(・・・・)の。気持ちも体もスッと軽くなって……昔に戻ったみたいに感じる(・・・)……!」

 2人きりの病室。

 初めて病室でソレをした時。

 リンネはソーマにそう言った。


 ソーマの近くにいると。

 ソーマの体を抱きしめていると。

 いっとき魔法過敏症(マジカセンシビティ)の症状が消えるという。

 気分が良くなるという。


 だったらどうして、ソーマにソレを拒むことができるだろう。

 

 それから3ヶ月の間。

 週に1度の面会の日。

 ソレはソーマとリンネの間で必ず交わされる「儀式」みたいなものになっていた。


 ユナもリンネを心配していた。

 しきりに会いたがってもいた。


 でも、今はだめだ。

 ソーマとリンネのこんな姿を、ユナに……幼馴染に見せるわけにはいかなかった。


  #


「姉さん……」

 リンネの腕の中で、ソーマはか細くうめいた。

 リンネの柔らかな胸が、ソーマの顏に押し当てられていた。

 リンネの鼓動が、リンネの温もりが、リンネの胸ごしにソーマにも伝わって来る。


 甘くて涼しげな水仙みたいな香がソーマの鼻孔を通りぬける。

 それはリンネの匂い。

 リンネがソーマとソレをする時にだけ放つ匂い。

 ソーマとリンネしか知らない2人だけの秘密(・・)だった。


「ん……ソーマ。ソーマ。大事なソーマ。わたしだけのソーマ……!」

 リンネは甘い吐息を漏らした。

 細くて真っ白なリンネの指先が、ソーマの髪をウズウズとまさぐっていく。

 リンネの冷たくすべらかな掌が、ソーマの頬を優しく撫でまわす。


 リンネの匂いが、病室全体を甘い花の香で満たす。

 そしてソーマの内側を満たす。


 もどかしいような、むずかゆいようなこの感覚。

 頭の奥が甘く痺れて焼き切れてしまいそうな、いつもの感覚!


「姉さん……姉さん……!」

 姉がソーマを離すまでしばらくの間、ソーマはリンネのされるがままだった。


 病室の窓のむこう。

 山並に消えかかった赤黒い夕日。

 病室の一角を照らした日の名残りが、2匹の蛇みたいに絡み合ったソーマとリンネの姿を血の色に濡らしている。






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