それぞれの魔法
「よろしくな。御崎ソーマぁ……!!」
「ああ、よろしくキリト……」
トライボールのコートの中央。
キリトが凄い形相でソーマを見下ろしていた。
朝の事で、キリトはソーマを許さないだろう。
絶対に、何か仕掛けてくる。
「あーあ。なんでこんな事に……」
ソーマは相手と自分のチームを見回しながら、ため息をついた。
ソーマと同じチームなのは、嵐堂ユナと氷室マサムネ。
朝方のトラブルに巻き込んでしまった幼馴染。
そして勉強も魔法も運動も、なんでも完璧のクールなイケメガネだった。
キリトのチームのメンバーは、戒城コウと式白ナユタ。
心配そうな顔でこっちを見ているソーマの親友。
そして目鼻立ちのハッキリした、負けん気の強い女子だった。
ナユタは確か……キリトと付き合っているんだっけ。
なんて言うか、ものすごく面倒くさいやつらとカチ合ってしまった。
「ソーマくん。無理しないでね。リラックスリラックス……」
「ああ。わかってるユナ」
自分の陣営の奥まで歩きながら。
ソーマのわきから、ユナが小さい声でそう呼びかけて来る。
「急に魔法が使えるようになったんだって、御崎くん? 凄いよ、今までの頑張りが形になったんだね……」
「ん……ああ。ありがとうマサムネ……!」
心の底から感心した様子で、メガネのマサムネがソーマを眺めている。
ソーマは頭をかきながら、ぎこちない返事。
別にソーマが頑張ったから、こうなったわけではないし。
「でも、まだマテリアも持ってないのに、アースボールやスカイボールに手を出すのは危険だ。御崎くんはいつも通りミドルボールを……サポートは僕がする!」
「ああ。頼むマサムネ!」
「2人とも、始まる……!」
マサムネの頼もしい言葉に、ソーマも力強くうなずいた。
ユナがコートの中央に設置された3つのボールを眺めて、そう声をあげた。
「はじめ!」
体育教師の羽柴が、試合開始のホイッスルを吹いた。
「いくぞっ!」
昨日と同じように。
ソーマはミドルボールめがけて直進する。
ルシオンとの合体によって得た力は、まだソーマには使いこなせない。
いつも通り、自分の脚力と根性だけが頼りだ。
誰よりも早くコートの中央に辿りついたソーマが、ミドルボールを拾いあげた。
だがその時だった。
「ヘ……!」
「…………!?」
一瞬キリトの顏に浮かんだ表情に、ソーマは強烈な違和感を覚えた。
ソーマには確かに見えた。
キリトはソーマを見て笑っていた。
そして次の瞬間。
バチンッ!
「うおあ!」
ソーマは悲鳴を上げた。
ソーマの抱えたミドルボールから放たれた「何か」が、ソーマの腕を叩いて、全身を痺れさせたのだ。
帯魔!
ソーマは自分を打った力の正体に気づいた。
ミドルボールに、あらかじめ雷撃の魔法を仕込んだ者がいたのだ。
術者の意思で好きな時間に発動させる、帯魔の魔法と併用して!
雷撃、火炎、吹雪……。
生徒の肉体を傷つけるような危険な攻撃魔法の使用は、校則でも法律でも禁じられている。
ボールへの魔法の仕込みだって、当然ルール違反だ。
黒川キリト。
汚いマネを……!
ソーマは悔しくて、目の前が真っ暗になりそうだった。
ソーマの手を離れたボールが、地面に向かって落ちていくのが、やけにクッキリ見えた。
試合開始して間もないのに。
ソーマが油断していたばっかりに。
また、負けてしまったのか……!
……いや、待て。
何かがおかしい。
「……これは!?」
ソーマはボールと自分に起きている異変に気づいて呆然とする。
ボールが、ソーマの手を離れたまま宙に浮いていた。
そしてソーマの体から、体重が消えていた。
ソーマの体もまた、校庭からわずかに浮かび上がっている。
無重力!
ソーマは異変の正体に気づいた。
「御崎くん。早く……ボールを!」
ソーマのすぐ背後から、マサムネの声。
マサムネは黒革の手甲に覆われた右手をソーマの方にかざしながら、苦しげな表情だった。
ソーマの手を雷撃が打った、その瞬間。
マサムネがソーマとボールにむかって発動させた重力制御魔法。
とっさの判断で放ったマサムネの魔法が、チームを敗北から救ったのだ!
「あ、ありがとうマサムネ!」
ソーマがマサムネに答えて再びボールを手にした瞬間。
ボールとソーマの体に、重さが戻ってきた。
重力制御魔法は、術者に凄まじい精神集中と体力消耗を要求する。
マサムネの力でも、数秒もたせるのが精いっぱいなのだろう。
ソーマは再び、敵陣の奥に向かって走りだした。
#
「飛翔!」
ソーマの背中を追いながら、ユナはそう唱えて銀色の音叉を振った。
ビュウウウウウ……
ユナの周りで、風が巻く。
風魔法の標的はスカイボール。
まだ相手チームは魔法を発動させた様子はない。
このまま一気に、ユナの風で敵陣にゴールさせてしまえば……!
「え?」
だがその時だ。
ユナは驚きの声を上げていた。
ユナの放った風は、確実にスカイボールを捉えていた。
それなのに……ボールは空を舞っていない。
まるでノリで貼りついたみたいに、校庭にくっついたまま。
その場から全く動かない!
「あ……!?」
そしてユナは気づいた。
ボールを先に捉えたのは、ユナの風ではなかったのだ。
「絡み蔓!」
校庭からボールに絡みついているモノがあった。
ボンヤリ緑に光ったモノの正体に、ユナは息を飲む。
それは式白ナユタの手首からのびた、緑色に輝く薔薇の蔓だった。
召喚魔法。
大気を漂う、魔法の元になる何かの力(ルシオンの言葉を借りればそれは魔素なのだが)。
ナユタがその力を寄り合わせて作った薔薇の蔓が、スカイボールに絡みついていたのだ。
「やられた!」
ユナは小さく呻く。
いったん絡み蔓に絡めとられてしまったら、ユナの風魔法でボールを取り戻すのはもう不可能だ。
でも……。
ユナは考えを巡らせる。
絡み蔓の動きは、風魔法よりずっと遅い。
スカイボールを自陣のゴールまで運ぶには、けっこう時間がかかるはずだ。
その前に、ユナかマサムネの魔法で蔓を切断してしまえば……。
だがその時だった。
「あれは……!」
敵陣のナユタに起こった異変にユナは気づいた。
彼女はユナを見て、不敵に笑っていた。
ナユタの両手から、何かが溢れ出していた。
#
「何を考えてるか、わかってるよ委員長。たしかにわたしの絡み蔓は遅い。でも1度こうしてしまえば……」
戸惑うユナの顔を見て、ナユタはフッと笑った。
「幻影!」
キリトとお揃いの右手の指輪に意識を集中して、ナユタはそう唱えた。
そして次の瞬間。
ザワザワザワ……
ナユタが発動させた絡み蔓を覆うように。
ナユタの両手からあふれ出した凄い量の薔薇の蔓が、校庭を覆っていった。
「さあキリト。こっちは任せて、好きなだけヤッちゃいなよ……!」
ナユタは自陣の奥に立ったキリトに目をやると、そう言って口の端をつり上げた。
#
「目くらまし! やられた!」
ナユタの考えに気づいたユナが、悔しげに小さくそう叫んだ。
ナユタが発動させたのは彼女が最も得意とする魔法。
それは幻影魔法だった。
校庭を覆った薔薇の蔓の幻が、本物の蔓と絡み取られたボールの位置を隠してしまった。
標的に意識を集中できなければ、魔法の使いようもなかった。
「どうする。どうする。スカイボールは捨てるか……?」
ユナは再び頭を振って、考えを巡らせはじめる。
#
「スカイボールは取られたか。だったら僕は……」
マサムネは、校庭を覆う蔓と呆然とするユナを振り返って小さく舌打ちする。
目の前に迫っってくる残った1つ。
マサムネがアースボールをにらんで意識を集中しようとした、その時だった。
ス……
「…………!?」
マサムネは息を飲んだ。
彼の視界からいきなり、アースボールが消えていた。
「座標変更だね、戒城くん……!」
目の前で起きた異変。
そして自分の背後にいきなり現れた、ある気配に気づいて。
マサムネは魔法の正体を一瞬で理解していた。
「ハア……ハア……。くーキッツイわこれ……!」
マサムネの数メートル背後で息を切らせているのは、消えたはずのアースボールに右手を添えたコウの姿だった。
#
「御崎……。さっきの電撃でも潰れなかったか。……ったくイラつくヤローだぜ」
自陣のゴール手前で腕組みをしながら。
黒川キリトは、こっちに向かって駆けてくるソーマを見ながらイライラした声でそう呟いた。
「だがいいぜ、来いよ御崎。朝のケリはココで着けてやる。てめーの大好きな委員長の見てる前で、今度こそ完璧にブッ潰してやる……!」
キリトは残忍な表情で、ニヤリと笑って自分の右手を上げた。
「ナユ。やれ!」
キリトはナユタの背中に向かって、そう叫んだ。