ソーマのマテリア
「ソーマくん! 昨日はどうしちゃったんだよ? あれから……すごく心配してたんだから!」
「そうだぞソーマ。気がついたらどこにもいないし。連絡もとれないしさ……」
休み時間。
ソーマの机のまわりにダベって、ナナオとコウがソーマを問い詰めていた。
「アハハ……悪い。2人とも急に倒れたからビックリしてさ、スマホも落としちまったみたいで、助けを呼びに林の外までさ……」
ソーマが頭をかきながら、コウとナナオに苦しい言いわけ。
あれから2人も、無事に家に辿りついたらしい。
「しかし妙だよなあ……モンスターが空から下りてきたと思ったら、急に記憶がなくなってさ。起きたらあの変な女が抱きついてくるし……」
「うん。あれは夢だったのかな? でもなんだか不思議で……とても綺麗な子だったね」
コウとナナオが、2人して腕組みしながら首をひねっている。
ワケがわからないのは当然だろう。
ルシオンと合体して、コゼットの説明を聞いたソーマ自身でさえ。
いまだに今の状況が信じられない。
口で説明しても絶対に納得してもらえなそうだ。
自分の身体のことはコウとナナオにもしばらく話さないでおこう。
ソーマは決めた。
スマホの無いソーマは、コウに頼んで昨日の事件のことを色々調べてもらった。
だがヒットするのは山火事のニュースだけ。
竜の死体の話も、人間の死体の話もまったく出てこない。
あとから誰かが、現場の証拠をもみ消したのだろうか。
それとも……?
ソーマたちの知識では、それ以上知りたくても、もう手詰まりだった。
「そんなことよりソーマ。なんで隠してたんだよ。いつからだよ?」
「え。いつから……」
ソーマの肩をポンポン叩いて、コウが目を輝かしていた。
戸惑いながらそう訊き返すソーマ。
気がつくと、話題が変わっていた。
「とぼけるなよ! 魔法だよ魔法! 委員長さまと2人でさ。クーこのー!」
「そうだよ、すごいじゃんソーマくん。ついにやったね!」
ニヤニヤしながらソーマを肘でこづきまわすコウ。
ナナオもソーマの手を取って、明るい声。
「お、おう。ありがとう2人とも。なんか急に、使えるようになったみたいで……」
笑顔の2人を見回しながら、ソーマはシドロモドロだった。
ソーマの力は、まだ自分で使いこなせているなんてレベルではない。
ルシオンの「介入」がなければ、まったくコントロールできなかった。
その効果も、コウやナナオが思っている「魔法」とは全然違うものだ。
それでも……。
ありがとう、2人とも。
ソーマは心の中で何度もそう繰り返していた。
ソーマに起きた変化のことを、これだけ喜んでくれるコウとナナオ。
2人の親友が無事でいてくれて、本当によかった。
昨日の出来事を思い出しながら、ソーマはとても誇らしい気持ちだった。
だがその時だった。
(あー狭くて窮屈で、人間がいっぱいいて……。「学校」というのはツマンナイ場所だなあ)
ソーマの気持ちに水をさすような、気の抜けきった声が聞こえた。
ソーマの頭の中で、ルシオンが大アクビをしている。
(おい。こんなトコ早く出よう。もう飽きたツマンナイ!)
……何が「飽きた」だ。
1限の国語も。
2限の社会も。
3限の理科も。
ずっとグーグー寝ていたクセに。
頭の中に響くルシオンの妙な寝言で、ソーマはまったく授業に集中できなかった。
「まだだルシオン。今日は火曜日だから6限まである。それまで待ってろ」
(エー。まだそんなにあるのか!? もうやだツマンナイ出よう出よう出よう出よう!)
ソーマは小声で、ルシオンにそう囁く。
しびれを切らしたルシオンのグダグダした声。
……幼稚園児か!
ソーマがキレそうになった、その時だった。
「まあまあルシオン様。落ち着いてください」
ソーマの中のルシオンに、そう話しかける者がいた。
気がつけばソーマの肩にチョコンと止まっている小さな青いチョウ。
ルシオンの侍女コゼットだ。
「さっきこの学校をアチコチ見て回って、『時間割』というモノを調べてみましたが、あと1限終わりますと『給食』の時間です。後学のため、それまで待たれてみては?」
(給食? なんだそれは……)
「この学校で振る舞われる、お昼のお食事のことです」
(食事……メシがでてくるのか!?)
コゼットの言葉に、ルシオンの声がパッと明るくなった。
(わかったコゼット。お前がそこまで言うなら、しばらく待とう……)
「はい。賢明なお考えです。ルシオン様!」
……こいつ、メシにつられやがった!
公園のハトみたいに分かり易すぎるルシオンの反応に、ソーマは呆れてため息をついた。
その時だった。
「ところでさソーマくん。ソーマくんはどんなヤツにしたの……?」
「どんなヤツ?」
気がつくと。
ナナオの女の子みたいな顔が、興味シンシンといった感じでソーマをのぞきこんでいた。
「マテリアだよマテリア。魔法が使えるようになったんだから、もう触媒も決めたんでしょ?」
「そーだよ。ちょっと見せてみろよソーマ!」
ナナオの声に相槌を打ちながら、コウのソーマの方に身を乗りだしてきた。
触媒……!
ソーマは声を詰まらせた。
「いや、その、まだちょっと……決めてない……」
「マテリアを持たないで飛行魔法を使ったのか!」
「なに考えてるんだよ! 危ないじゃんソーマくん! もし魔法が暴発したりしたら……!?」
小さな声で答えるソーマ。
コウとナナオは驚きの声をあげた。
「いや、アレはモノのはずみってゆうか、仕方なくってゆうか……」
ソーマの声がどんどん小さくなっていく。
コウとナナオが驚くのも無理はない。
触媒なしで発動させる魔法は、とても不安定で暴走しやすい。
ブレーキのない自動車を運転するようなものだ。
飛行魔法ともなれば、死に直結する事故だって起こしかねないのだ。
魔法の術者にとって、それくらい重要な存在だった。
触媒。
魔法の術者が選んだ器物に魔刻器と呼ばれる機械で簡単な呪文をインプットしたアイテム。
材質には純銀を用いるのが最もよいとされているが、別に木でも紙でもかまわない。
触媒の形は、術者が魔法に感じる「イメージ」をコントロールしやすいものが最適とされている。
これまでのソーマには全く分からなかったが、魔法の術者は、魔法の力をある「感触」としてイメージするらしい。
たとえば幼馴染の嵐堂ユナは、魔法を「音色」として感じている。
だから「音叉」の触媒で、自分の中にブレない音色を作るのだと。
ユナはソーマにそう教えてくれた。
姫川ナナオは、魔法のことを寄せては返す「和音のさざ波」だと感じるらしい。
そのさざ波をコントロールするには、「指揮棒」の触媒が最も使いやすいらしい。
絵を描くのが好きな戒城コウは、魔法を瞬く「光の粒」として感じると言っていた。
だから彼の触媒は、光を明確にとらえて分ける小さな「三角プリズム」だった。
それぞれの人間が、それぞれ自分のイメージに合うマテリアを探して使っていた。
学年にも何人かいる敬虔な宗教者は、自分の宗派の聖典を選ぶ者がほとんどだった。
海外では、日本刀や実銃みたいな日本では絶対ムリ的なアイテムを選ぶ者も多いという。
「触媒……俺のマテリアか……」
コウとナナオの顔を交互に見回しながら、ソーマは繰り返す。
自分にはどんなマテリアが合っているのだろう。
ソーマが魔法に感じるイメージ……。
ユナと2人で空にいた時。
ルシオンの声に従って指先に感じたあの力。
それがソーマにとってどんなイメージだったのか。
ソーマにはまだボンヤリしたままで、よくわからなかった。