風に乗り歩む者
「これは……!?」
ユナにつかまったソーマは、自分の指先に「何か」が集まって来るのを感じる。
それは、これまで味わったことのない「力」の感触だった。
(理由はわからないが、お前の体は内側から湧き上がる魔素の塊みたいなモノだ。他の連中みたいに周りのを使わなくても自分のを使えばいい……今だ。解き放て!)
「自分の……?」
ソーマは小さく呟く。
ルシオンの言葉の意味はよくわからない。
でも指先に集まって来る力は、確実に実感できた。
こいつを……
トキハナツ……!
パチンッ!
ソーマは本能的に、自分の左手の指先を弾いていた。
次の瞬間。
ゴオオオオッ!
ソーマとユナの足元を、凄まじい突風が叩きつけた。
「うおあっ!」
「きゃあああ!」
2人の足元で発生した突風……いや、竜巻が2人の体を一瞬で10メートルも上方に巻き上げる!
パニックにおちいったユナが、ソーマの体に抱き着いていた。
(ヘッタクソだなぁ……。もっとリラックスして力に身を任せろ。風を自分の体だと思え)
「そ、そんなこと言ったってルシオン……!」
ユナを抱きしめながら、ソーマは竜巻の流れに身を任すしかない。
突然発生した強烈な風力に、まったく動くことができない。
でも……風?
どうして風なんだ?
頭の中を、小さな疑問がかすめる。
ソーマは確かに指先の力を解放した。
でもそれが、風を起こす力だと思ってはいなかった。
どうして突然、自分でもコントロールできないような竜巻を引き起こしてしまったのだろう……。
その時だった。
(あーもう見てられない。貸せ、わたしがやる!)
「わっ! わっ!」
ルシオンがイライラした様子でソーマに呼びかける。
ソーマは慌てて自分の体に意識を集中するが、もう遅かった。
ソーマの体のコントロールに、ルシオンが割り込んで来た。
「フッ……!」
ユナをしっかり抱きしめながら。
ソーマの姿をしたルシオンは幽かに笑った。
パチン。
パチン。
パチン。
ルシオンが左手の指先を小さく、たて続けに弾いていく。
ゴオオッ!
そのたびに発生する小さな竜巻に身を任せながら。
ルシオンとユナはものすごいスピードで空を駆けてゆく。
(すごい……!)
ルシオンの中で、ソーマは驚きの声をあげた。
ルシオンは竜巻を完全にコントロールしていた。
ユナの風魔法よりも遥かに強力なパワーとスピードを、自由自在に乗りこなしている!
「驚くようなことじゃない。『ユナ』……だっけ? この子の使った『魔法』ってやつに、お前の力を『乗せた』だけだ!」
(力を……乗せた!?)
ルシオンの言葉を、ソーマはただ繰り返すしかない。
さっき発生した猛烈な竜巻は、ユナの魔法をソーマの力でブーストしたモノらしい。
「お前は、他の連中の『魔法』の力を増幅させることも、逆に魔素をぶつけて消滅させることも簡単に出来るのだ。力をコントロールすることを学べ!」
「ソーマくん……いったいどうしたの……!?」
ルシオンの言葉に、腕の中のユナが呆然として目をパチパチさせていた。
「『ユナ』。しっかりつかまってろ。落ちたら痛いぞ?」
「あ……う、うん……!」
ルシオンがユナの顔をのぞき込んで笑いかける。
ユナは顔を赤らめてうなずくと、ソーマの背中に両手を回してギュッと力を込めた。
(ウグッ……!?)
ソーマは頭の中で変な声をあげる。
ユナの体の温かさと、柔らかな胸の感触が、しっかりソーマに伝わってくるのだ。
「さて……と」
そしてルシオンは、前方を走るキリトの飛翔魔機を見つめてニヤリと笑った。
#
「よう。お前!」
「おわっ! 御崎!?」
飛翔魔機の真横からいきなりかかってきた声に、黒川キリトは驚きの声をあげた。
キリトの右側面を飛んでいるのは、ユナを抱きしめた御崎ソーマの姿だった。
「さっきはサンザン煽りまくってくれたな。だがいいぞ。そのタラタラした乗り物で、このわたしと勝負するか?」
「御崎……お前、でも、どうして……!」
ソーマの挑発に、唖然とするキリト。
魔法拒絶者。
嵐堂ユナに頼らなければ、空も飛ぶことも出来ない無能が、どうしていきなり?
考えている余裕はなかった。
「ほーれ、ほーれほーれ……!」
ギュウウウウン………
ユナを抱きしめたまま。
ソーマのスピードがどんどん上がっていく。
キリトの乗った飛翔魔機を、ジリジリと追い抜いて行く……!
そんな馬鹿な!
キリトは冷や汗を浮かべながら、右手の指輪に意識を集中する。
飛翔魔機を制御する風魔法を研ぎ澄ます。
飛翔魔機はキリトの魔法をブーストして、かつ制御を簡単にする特注品だった。
70万円もする高価なモノだが、キリトの家は裕福だった。
キリトの「ステータス」を示すこのマシンが……。
スピードで生身の術者に負けるなんて、ありえないことだった。
それも、相手が、よりによって『御崎ソーマ』!
「クソッ!」
キリトは怒りの声をあげる。
飛翔魔機の出力が最大値まで上昇していく。
キリトの体が、だんだんソーマの体に並ぶ。
このまま一気に追い抜いてしまえば……。
だが、その時だった。
ビュンッ!
風を切る音がした。
キリトの体を凄まじい風圧が叩いた。
キリトの視界から、ソーマとユナの姿が消えた。
「な……!?」
どうにか体勢を立て直しながら、混乱するキリト。
ソーマの体が急加速していた。
飛翔魔機なんか問題にならないような速度でキリトをブッチギッて、そしてその行方は……!
「いない、いない……バアアッ!」
「おわああああああああああ!!?」
ソーマの顏が、キリトの目と鼻の先にあった。
キリトの操る飛翔魔機の先端にチョコンと飛び乗って。
ペロリと舌を出している。
のけぞるキリト。
飛翔魔機は完全にバランスを失っていた。
学校は、もう目前だった。
#
「よし到着。ここでいいんだろ? 『ユナ』?」
「あ……そうだけどでも……!?」
ソーマとユナは、学校の校庭に降り立っていた。
「クソオオオ!」
上空からはキリトの悲鳴が降って来る。
制御不能になってジグザグに空を跳ね回っている飛翔魔機から、キリトの体は投げ出されていたのだ。
地上に落下してゆくキリト。
このままキリトの体が、校庭に叩きつけられる……と思ったその時。
「『叩きつけろ』!」
右手の指輪を校庭に向けてキリトは叫んだ。
ゴオオッ!
校庭から巻き上がった風が、キリトの体をクッションのように反発させる。
どうにか無傷で、キリトは校庭に着地していた。
飛翔魔機の方も校庭のずっと向こうに墜落していた。
こっちはバラバラになって、手の施しようがないだろう。
「御崎ソーマぁあああああああ!」
キリトが、顔を真っ赤にしながらソーマの方をにらんだ。
かたく拳を握りしめて、ソーマとユナの方に駆け寄っていくキリト。
だがその時だった。
「黒川キリト! 空中での暴走行為……いったい何を考えている!」
教師の厳しい声が、校庭に響いた。
指導主任の羽柴が、キリトとバラバラになった飛翔魔機をにらみつけていた。
「待ってくださいセンセイ! 俺は何も……全部コイツが……!」
「わたし、見ていました」
慌てたキリトがソーマを指さして、羽柴に言い訳しようとする。
だがユナの冷たい一声が、キリトの言葉を止めた。
「黒川くんが、わたしと御崎くんの前方を邪魔して……びっくりして、わたしのコントロールが狂ってしまったんです。それを御崎くんが……フォローしてくれたんです!」
「嵐堂ユナか……。黒川、いますぐ指導室に来い。話はソコで訊く!」
羽柴は穏やかな顏でユナに目をやると、再びキリトに厳しい声をあびせた。
クラス委員長のユナは真面目で成績優秀。
教師たちから、絶対の信頼を勝ち取っていた。
「クソッ! 御崎……あとでだ……!」
キリトが凄い目でソーマをにらみながら、羽柴に連れていかれてゆく。
「ソーマくん。すごかった。なんてゆうか……やったね!」
「なに。あんなのチョチョイノチョイだ!」
ユナが、珍しく興奮した顔でソーマを見る。
ソーマの姿をしたルシオンは、手をパタパタさせながら涼しい顔だった。
「ソーマ!」
「ソーマくん!」
戒城コウと姫川ナナオが、校門の方からソーマに駆け寄ってきた。