第9噺「おやおや、本当にお優しくなられたのですね」 「・・・うるせぇ」
その場のノリと仕事終わりの可笑しなテンションで書いてるので、物語に矛盾がある時があるかもです…。
その時はそっと教えて下さい!
「んもー、お兄ちゃんの照・れ・屋・さ・ん?」
「・・・殺す」
莫大な殺気を周囲に拡散させて迫る獣を、あくまで楽しそうにからかいながら相手取るグレン。
二つの大剣が織り成す剣劇は、よりいっそう加速していく。
その様子を視界の端で捉えつつ両者の言い合いを聞いていたララリスは、「何て可哀想な」と仲間に対して同情と哀れみの感情を抱きながら全力で疾走していた。
本来であれば、絶妙に手加減をされ良いように弄ばれているヴァンバッハの戦闘に加戦するべきなのだが、現状ではそれは叶わない。そんな事をしている余裕など、今のララリスには皆無である。
「どうした、もうバテたのか?速度が落ちているぞ」
まるで教師が生徒を叱咤するかの様な優しい声と共に、全然優しく無い威力を孕んだ拳大の石粒が群れをなしてララリスへと迫る。
それを背中に発現させた四つの小規模 竜巻を巧みに操作して、鳥の様に縦横無尽に空を飛び回って回避する。
<旋翔風羽>、左右の肩甲骨辺りにそれぞれ大小二つの縦に並んだ術式陣を描き、そこから計四つの小規模竜巻を作り出すララリスが最も得意とする魔法。
下部二つの小さな術式陣からは直径十㎝、長さ一mの筒状に伸びた竜巻が発生しており、これに魔力を送り込んで高速に噴流する空気を発生させる。それを推進力として利用すれば圧倒的な加速を得る事が出来るのだ。
上部二つの大きめな魔法陣からは、直径三十㎝程の竜巻がカーブを描いて肩の上、顔の両サイドにまで到達している。下部の竜巻が加速なら上部の竜巻は減速の役割を果たす物で、速度の調整だけで無く軌道修正などもこれで行う。
<旋翔風羽>は攻撃も兼ね備えた魔法ではあるが、機動力増加を目的として開発された物であり、翼としての機能を重視している。その為、単発魔法と違い常時魔法陣を展開し続けなければならず、発動中は常に少なくない魔力を消費する。
ララリスは無駄な動作を一切しない事で、消費魔力を最小限に抑える事が可能なのだが、それが出来る様になるまでにかなりの努力と時間を要した。血の滲む鍛練の結果、今では全力で動いても半日程度は余裕で持つ。竜巻の精密な操作技術と、高い集中力があるからこそ出来る芸当だ。
扱いが非常に難しい魔法で、一瞬でも気を抜いて高速で動く自身の身体を制御出来なくなれば、地面に叩き付けられたトマトの如く悲惨な結果に繋がるだろう。そんな目も当てられない大惨事にならない所が、ララリスが強者である事を証明しているのだが、
(なんなのこの化け物。もう、ほんとやだ)
何時も通りの無表情の奥で、やや呆れつつ一人心をげんなりとさせていた。
戦いに集中しなければならないと理解していながらも、そう思わずにはいられない。何故なら、
「乱砕岩、爆ぜろ」
術式陣より生まれ出た楕円形の巨大な岩が、突如として小さな石粒へと分解されて馬鹿げた速度で飛来。
「炎槍、貫け」
二m程の炎の槍が、上空から一直線に急下降。
「連水弾、撃ち抜け」
指先から発生する無数の水で出来た球体が、意思を持つ生物の様に逃げるララリスに合わせて、クネクネと軌道を修正しながら追尾。
ただでさえ高い集中力を必要とされる‹旋翔風羽›を使っている状態に、まるで追い討ちをかけるかの如く無数の凶弾が迫り来る。
そんなクロウスが織り成す当たれば致命傷を負う事必須な魔法の嵐を、あらゆる神経を研ぎ澄まさせて避けるララリスは絶賛テンションがダダ下がり中である。
(はぁ、ついてない。もういい歳したおじさんだし、一番楽に戦えると思っていたのに。どうしてこうも強いのかな?)
多少自分でも「私って強いんじゃない?」と思っているララリスだが、絶えず反撃する隙を与えない様に多種多様な魔法で猛攻を繰り出すクロウスの手際の良さに思わず舌を巻く。
何せ二人の戦闘は終始クロウスが優位に立っており、ララリスは反撃するどころか止まる事すら許されず、ただひたすらに全速力で空を駆け回る事を強制され続けているのだ。繊細な翼の操作に加え、無情にも撒き散らされる死の恐怖を掻い潜るという作業は、如何に強者であるララリスであろうと必要以上に精神が摩耗されていく。故に、
(リーダやフォルが羨ましい。何せ絶対に死ぬ事は無いんだから。ヴァンも良いなぁ。遊ばれてはいるけどあの様子じゃあ、殺される事は無さそうだし)
自分と比較すれば圧倒的に楽な戦闘を繰り広げているであろう仲間を思い、彼女がこんな風に若干現実逃避気味になってしまうのは仕方の無い事だろう。
思い通りの戦闘が出来ない苛立ち、今まで感じた事が無い程の強烈な殺気を受けて勝手に生成される大量の冷や汗、視界の端に写る楽しそうなヴァンバッハ(少なくともララリスにはそう見える)にまた苛立ち、自身の不遇を嘆く。
あまりにも予想外の事態が起こり過ぎて、ありとあらゆる感情が混ざり合い情緒が異常に不安定になるのもまた、仕様が無い話だ。まぁ、あり大抵に言えば単にテンパっているだけなのだが。
そもそもララリスは事前の会議で、
「多分、相対した者は容赦無く殺しに掛かるだろうけど、今のクロウス・ベルバドムは隠居しているただの老害だから、ララリスなら問題無く相手取れると思うよ」
最高の微笑みを浮かべた我等が小さき副団長様から、そんなお言葉を頂戴していたのだ。それを真に受けた訳では無いが、足止めだけなら確かにそこまで苦労する事は無いだろうと考えていた。
一つでも判断を誤れば、即時に死が「こんにちわ」して来るこんな状況に陥るなど思ってもいなかった。
(何が問題無く、よ。大ありじゃない)
愚痴を吐き、ただの逃走具に成り下がった自慢の翼を器用に操作して、純度百%の殺意しか含まれていない魔法のパレードをすり抜けながら、遠くの安全な場所で戦場を観察しているだろうティオルフに怒りの矛先を向ける。
帰ったら絶対に一発ぶん殴ってやる、という決意を胸に秘めながら。
急激に膨れ上がったララリスから滲み出る殺気が、この場にいない者に対するものだとは知らずに、僅かに身体を身震いさせたのは当然クロウスだ。
(何だ?急に何かのスイッチが入ったみたいだな)
突然の変化に戸惑いつつそう思った矢先、
「切り刻め」
その言葉と共にララリスの肩上にある竜巻が一瞬で巨大化したかと思うと、倒壊した家屋の廃材を巻き上げては細切れにしながら、仁王立ちで<魔法障壁>を展開させているクロウスに迫る。
まるで大口を開けた大蛇の様にうねりながら己を呑み込まんとするそれが、直撃すれば間違い無く肉片へと加工されるだろうと判断したクロウスは即座に真横に跳躍して緊急回避を図る。ギリギリのタイミングで避けたものの、身体の側面を通過して行った竜巻が地面を豪快に抉り取る様子を目にしたクロウスは思わず冷や汗をかいて顔面を引き吊らせる。
(何て威力だ。普通はこうならんぞ)
<旋翔風羽>は翼としての機能を重視した魔法であり、攻撃に対してはあまり重きを置いていない。事実、本来の<旋翔風羽>による攻撃は、相手を吹き飛ばす程度の威力しか無い。
間違ってもララリスが今しがた見せた様な、人間をいとも簡単に挽き肉へと変貌させるなど出来ない筈なのだ。
(どうしよう。死ぬかもしれん)
無表情で凶悪極まりない魔法を放つララリスに、表面上では「この程度何て事無い、もっと全力でかかってこいや」感を全面に出しているクロウスだが、内心ではワニを目の前にしたアルパカの如く戦々恐々としまくっている。
当初クロウスはこの場に残る気など全く無く、用意された馬車に乗って普通の人達と一緒に避難するつもりだった。考えてみれば当たり前だろう。如何に化け物と畏怖されている彼と言えども、今は齢六十を過ぎたひ弱な老い耄れに過ぎない存在なのだから。
そもそも四十数年前にクロウスが戦線から離脱したのは、戦いの最中に足を負傷してから十全に動く事が出来なくなったからだし、数年前に魔法学校を退職したのも表向きは「魔物の生態研究に本腰を入れる為」となっているが、実際は肉体的限界を感じていたからだ。
それ故、現在では万全の状態でありながらも満身創痍という、長年に渡る心身の過剰な酷使が原因で生まれた矛盾を抱えた身体になっている。その事はクロウス自身が一番分かっているからこそ、帝国の襲撃があったら足手まといにならぬ様、早々に逃げようと画策していた。
其れなのにクロウスは全ての馬車が村から去って行った今でもここに、戦場に立って敵とドンパチ事を構えている。
(Why?何故だ、何故こうなった?)
高速で動き回るララリスに魔法を乱発しながらクロウスはそう自問する。
ミリファを助けて送り届けたあの時の沈痛な雰囲気の中で、「では、後は頼んだぞ」等とふてぶてしい言葉をレイネル達に吐ける筈も無い。故に何となくその場に残ってしまい、その後流されるままに戦場へと駆り出され、騎士団の部隊長様と合間見る事になったのを心底嘆く。
(教師として教え子達に、敵前逃亡という情けない姿を見せる訳にはいかない)
そう思いさえしなければ、「正直逃げたい」と言える勇気があればこうはならなかったというのに、と。
(はぁ、早く終わらんかな。これ以上動いたら、三日後に来る筋肉痛が相当にヤバいものになってしまう。既に関節の節々が痛み始めているし)
心中ではそう弱音を吐きながらも、クロウスはあくまで毅然とした立ち振舞いを見せ付けつつ、殺意迸る鋭い眼光を敵に向ける。
生まれたての小鹿の如く爆笑する膝を必死に隠している事を悟られぬ様に。
*****
「大波浪」
「爆炎蒼」
陸上に突如として発現された全てを呑み込まんと進撃する巨大な水のカーテンに、十分に酸素を供給して完全燃焼された蒼き炎が容易く風穴を開け貫通する。
直線上に伸びる蒼炎が周囲の温度を急上昇させた事で飛び散る水を一瞬で気化、あるいは熱水へと変貌させる。
降り注ぐそれらを一身に浴びながら、改めて敵対者の実力を痛感したフォルゲンは苦い顔を浮かべる。
「久し振りに会ったというのに、随分とつれない態度ですねリシュン」
「うん?何言ってんだ。親友であるお前を思っているからこそ、わざと外してやってるんじゃないか」
とぼけた調子でそう言いながらリシュンは笑う。
確かにリシュンが放った魔法はフォルゲンの身体を掠めるどころか、まるで見当違いな場所を貫いていった。先の一撃だけでなく、戦闘が始まってからフォルゲンに向けられる全ての攻撃が、だ。
「僕を思って、ねぇ。本当はただ、人を殺せなくなっているだけでしょう?」
「まぁな。昔はあれだけ簡単だったってのに」
「おや?案外あっさり認めるんですね」
恥ずかしそうに目線を僅かに下に向けて頭を掻くリシュン。開き直ったとも見える元同期のその反応に、つい驚いてしまいフォルゲンは目を見開く。
「どうせ俺が腑抜けになったっていう情報は帝国にも届いているんだろう?」
「ええ、勿論です。あなた程の力を持った裏切り者を、帝国が野放しにする筈が無いでしょう」
「知られてるのなら、隠す必要は無いからな」
「正直、初めて聞いた時は驚きましたよ。あの殺戮人形が?冗談でしょう、と」
「当時の俺を知っている奴は大体そんな反応になる。無理もないさ。帝国にいた頃の俺は、忠実に任務を遂行するだけの意思無き人形だったからな」
「その人形が今や、感情というものを覚え戦闘中にも関わらず敵とこんな風に談笑している。一寸先は闇とは言いますが、流石にこれは予想外過ぎますよ」
「確かにな。ほんっと、人生何があるか分かんねぇな」
二人は苦笑を浮かべながら、緊張感など欠片も無い会話をする。しかしお互いに一切の隙を見せず、目敏く攻撃の糸口を探す。
(やはりやり難いですね。味方であった時は頼もしい限りでしたが、敵になるとこうも面倒な相手になりますか)
幾ら欠陥を抱えているとは言え、リシュンが油断出来ない脅威である事には変わりない。
並みの魔法使いであれば既に数回は殺せているくらいの魔法を繰り出しているのだが、リシュンはかなりの余裕をもってそれらに対応している。時折、他の者達の戦いを‹五理十方透眼›で確認している所から、どう考えてもフォルゲンが片手間にあしらわれているのは誰が見ても分かる。
(・・・完全に手加減されてますね)
リシュンとフォルゲンの間には絶対に超える事の出来ない壁が存在する。それはここ八年、のんびりと過ごしていたリシュンに、過酷な鍛錬をし続けてきたフォルゲンがどれ程必死になっても勝利出来ないという残酷な事実だ。
昔よく鍛錬の為にとリシュンに模擬戦の相手をしてもっていたが、その時もこんな風に完全に手加減をしている状態のリシュンに手も足も出なかった。
天と地程の実力差とは正にこの事、幾ら努力しても凡人では非凡である者には勝てない。その事を痛いくらいに思い知らされる。
だからフォルゲンは理解している。例え、昔に比べれば弱くなっていたとしても、自分では今の彼ですら倒す事など不可能である、と。
(でも今はそんな事、関係無いですけどね)
そう、今この場においては二人の優劣などどうでもいい。これは戦争なのだ。個人での勝利など意味は無く、組織としての勝利が必要とされるもの。
ならばフォルゲンが今、やらなければならない事は一つ。ただ与えられた任務を忠実に遂行する事のみ。
「水穿」
高速に回転する水の槍が猛烈な速度でリシュンへと放たれる。それを迎撃する為にリシュンは魔法を構築し始めるが、水の槍の後ろにピッタリと張り付いて走っているフォルゲンに気が付き、瞬時に魔法を中断させて身体を横に動かして回避する。
槍が通過していったのと同時に斜め上方から迫り来る剣撃を、右手に発動させた円盤型の‹魔法障壁›で難無く防ぐ。
「何故今、爆炎蒼を中断させたのですか?」
「・・・分かってるくせに聞くな馬鹿」
「おやおや、本当にお優しくなられたのですね」
「・・・うるせぇ」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら問い掛けてくるフォルゲンに、やや投げやりにリシュンは言葉を返す。
先程魔法を中断したのは、‹爆炎蒼›の射線上にフォルゲンがいたからだ。このままでは当たる、そう思うと無意識のうちに回避する事を選んでいた。
思わずそんな行動をした自分に呆れ苛立ちを積もらせつつ、リシュンはこれからどうしたものかも思案する。
フォルゲンは気付いている。反撃されても、それは決して当たらないという事に。だから彼は、防御や回避を一切せずに特攻して来ているのだ。
(まぁ、普通はそうするか。俺だって昔、レイと戦った時はそうしてたしな)
レイネル・アインローリーは絶対に人を殺さない。
まだ彼女と敵対していた頃、その話を聞いたリシュンは今のフォルゲンと同様に一切の防御や回避行動を捨てて戦いに挑んでいた。当然だろう、なにせ初めからそう戦っても死なないと知っているのだから。
(けどレイは強かったな。結局一度として勝つ事は出来なかったし)
そう、レイネルはそんな大きなハンデを背負っていながらも誰にも負けなかった。
命を狩り取らずに、相手を無力化する魔法。
幼き頃から心に決めていた馬鹿げた夢を実現させる為に、レイネルはそのような独自の魔法を編み出し磨き上げていた。だから強かった。誰よりも才があるのに誰よりも努力して、何があっても不変であった信念をその胸に秘めていたから。
「そんな彼女に俺は憧れた」
休む事無く繰り出される連撃を、最小限の動きで回避しながらリシュンはそう呟く。
それを聞き、フォルゲンは僅かに目を細めるが攻撃の手は緩めない。真っ二つに両断しようと胴体に放たれた水平斬りを、リシュンは大きく上体を後方に反らして躱し、その勢いのままに数回バク転をして距離をとる。
あまりにあっさりと全ての攻撃を防がれた上に、やすやすと得意の接近戦から逃げられたフォルゲンは舌打ちをしそうになるが、下を向いて急に黙り込んだリシュンに今度こそ訝しむ視線を送る。
「俺はレイみたいになりたかった」
ボソッと呟かれる小さな声。周りの騒音や、この二人の距離では決して聞こえる筈が無いのに、何故かハッキリとフォルゲンの耳にその言葉が届く。
「例え殺害する事を前提とした魔法しか使えないとしても、例え取り返しなどつかない程の命を奪っている状態であったとしても、俺はレイみたいになりたかった」
後ろを振り返る事無くひたすらに前を見据えて、我武者羅に夢へ向かって走り続ける彼女に。
誰であろうとその救いの手を差し伸べるからこそ、誰からも愛される彼女に。
辛く苦しい茨の道だと知っていても誰かの為ならと、迷う事無く苦難に立ち向かう彼女に。
ただ単純に憧れた。
何故そこまで出来るのだろうと、どんな景色を見ているのだろうと、彼女の見る夢の果ては一体どの様な物なのだろうと、沢山の疑問を抱いて。
だから彼女の真似をした。思考を、生き方を、在り方を。そうしていれば何時か、遠く離れたレイネルの背中に追いついて、同じ目線で彼女と共に素晴らしい景色を見れるのではないかと思ったから。
「でも、それは不可能だ」
力無くそう言葉を吐き出すリシュンの表情は、垂れ下がった前髪が邪魔をしていて良く見えない。
完全に隙だらけで、今ならばどんな攻撃でも確実に通るだろう。その事を理解していながらも、フォルゲンは全く身体を動かす事が出来ずにただその場で立ち竦む。
「当然だな、俺とレイとでは何もかもが違う。それに生き方なんてものは、そう簡単に変えれるものじゃ無い。俺みたいな屑なら尚更・・・な。だから、俺が彼女の様に生きる事など出来やしないんだ。」
それはリシュンを中心に、少しずつ少しずつ膨らんでいく。それが自身のいる場所にまで到達するには、まだ幾ばくかの時間的猶予があるにも関わらず、フォルゲンの全身からは大量の汗が生成される。
「フォル、お前と戦ってようやくそれを認める事が出来たよ。この八年間、対人戦なんか一度足りともしていなかったし、魔物を相手にしていた時はこんな事なかったから気付かなかったんだ」
次の瞬間、それは勢い良く周囲へと拡散される。
「俺の心が、こんなにも強く、眼前の人間を殺せって叫んでるなんてな」
「っっっ!?」
爆発的に広がった膨大なそれは、僅かに、でも確かに戦場にいる全ての者達の動きを完全に止めた。数秒ではあったが戦争の最中に、一切の音が消えるという異様過ぎる時間が流れる。
恐怖という目に見えぬ物体が投下された爆心地に最も近い場所にいたフォルゲンは、上手く呼吸が出来ずに全身を大きく震わせ膝から崩れ落ちていた。脳内ではけたたましい警告音が絶え間なく鳴り響く。
(僕は何を勘違いしていたのでしょうか?リシュンはあの殺戮人形ですよ?多少人並みの感情を手に入れたとは言え、徹底的に人の壊し方を叩き込まれた狂人が敵を気遣うなどという、甘い人間に成れる訳無いでしょう!)
思えばリシュンは帝国が出した追手や刺客とは一切戦っていない。見つかったら即座に逃げるだけで、彼が今し方言った様にまともに殺り合う事は一度として無かった。なのに自分は、リシュンが人を殺せなくなったと勝手に決め付けていた。
(完全に認識を誤りましたね。少し考えれば分かった事だというのに)
目の前の化け物が本気になった以上、フォルゲンに活路などある筈も無く、心の中で自らの愚かさを後悔しながら静かに生を諦める。が、
「おっと、すまんな。久々だったから手加減出来なかった」
「えっ?」
そんな軽い口調と共に、降り注いでいたプレッシャーが一気に緩む。死を覚悟した矢先に起こった予想外の事態に、思考が全く追て行けずにポロッと素っ頓狂な声が漏れてしまう。
「ん?そんなに驚く事か?何度も言ってるだろう。俺はレイみたいになりたいって」
「・・・はい?」
「確かに現状では俺はレイの様にはなれない。何せ今まではあいつの真似をしていただけだからな」
飄々と何処か開き直った感じでリシュンは言う。
「レイと同じやり方では、絶対になれやしない。それは理解したし、認めるさ。なら、他の方法を探せば良いだけだろう?俺は俺のやり方でレイの様な人間になれば良いだけだ」
「・・・本気で言ってるんですか?」
「当たり前だ。夢をそんな簡単に諦めてどうする?一度や二度の挫折で諦めたらレイに怒られるわ。私が惚れた男がそんなに弱くてどうするのってな」
直前まで死の恐怖を振り撒いていた者とは思えない程の、屈託の無い笑顔でそう言い放つ。
「夢でも見ているのではないか?」、そう思いフォルゲンが思わず笑ってしまったのは仕方の無い事だろう。
「むっ、何が可笑しい」
「はっはっ、いえ。本当に変わったなと思いまして」
「そりゃ、変わるだろう。あのレイネル・アインローリーと八年間も一緒にいるんだぞ」
「あー、確かにそうですっ!?」
返答を遮る形で強烈な殺気を含んだ‹爆炎蒼›が、唐突に放たれる。それを横に飛んで躱し、緩んでいた気持ちを一瞬で引き締めリシュンを睨み付けてから「しまった!」と後悔する。
何故ならリシュンが人の悪い笑みを浮かべていたから。
「おやおや、どうしてわざわざ動いたのかな?今のは動かなくとも、当たらない様にしていたんだけどなぁ?」
「・・・卑怯ですよ。あんなに殺気を込められたら、嫌でも反応してしまうでしょうが」
リシュンの言う通り、今の攻撃は避ける必要など無かった。なのに身体が無意識のうちに反応していた。それは異常なくらいに殺気が込められていたからだ。
当たらないと分かっていても、「もしかしたら・・・」という恐怖が少しでも混じってしまえば、どうしても反応せざるえない。リシュンはそれを利用しているのだ。
「ふっふっふっ、随分と調子に乗ってくれてたからな。ここからは俺の独壇場だぞ?」
「・・・嫌な性格になりましたね」
「馬鹿言え、図に乗ったガキにお灸を据えるのは大人として当然の対応だろうが」
荒れ狂う殺意の波動がその場を支配していく。一時も気の抜けない戦いが始まると理解しているものの、これから自分は敵を楽しませるだけの道化にならなければならないと思うと、フォルゲンの口からは深い深い溜息が溢れてしまう。
(はぁ。すみません、団長、副団長。どうやら僕は起こしてはいけない化け物を目覚めさせてしまったようです)
そして、たった一人の観客を愉快な気分にさせる為の舞台が、役者の意思に関係なく開演される。
禊とマナの雑談的後語
禊 「はい、という訳で雑談のコーナーです」
マナ「ごめん。何が『という訳で』なのか全然分からないんだけど?」
禊 「んもー、それでも主人公?ここでは本編の解説や書けなかった説明などの補足をしていく場所ですよ」
マナ「えっ?何その、聞いてなかったの?的な言い方。いきなり呼び出されて何の説明も受けてないのに、私が悪いみたいな感じにするの止めてくれないかな?」
禊 「それはその場のノリや雰囲気で察しないと駄目ですよ?一応主人公なんですから」
マナ「・・・なら、とりあえず一発ぶん殴っても良いかな?」
禊 「調子に乗ってすみませんでした!」
マナ「ふむ、分かれば良し」
禊 「ふー、まったくこれだから短気な若者は・・・」
マナ「チェスッ!」
禊 「ぶげらっ!?」
マナ「殴られたく無かったら、ダンガン謝れ」
禊 「もう殴ってますよね!?謝罪も既にしましたよね!?」
マナ「はぁ?今のは私に対する暴言への罰だよ」
禊 「それで十分ではありませんか!?それ以外に私が何か悪い事でも
マナ「最近はそーでもないけど、再開するまでに1年以上経っているんだけど?」
禊 「・・・それは、その」
マナ「ちょっとかかり過ぎだよね?何してたのさ」
禊 「いやー、今期のドラマが面白過ぎて録り溜めしてたの処理してたら、ねえ?」
マナ「ほほぉ、で?」
禊 「うんっと、後は買い溜めしてたラノベの処理が
マナ「せいっ!」
禊 「ぐべらっ!?」
マナ「御託は聞きたくない。さっさと謝れよ」
禊 「そっちが聞いてきたんじゃ・・・」
マナ「もう一発いっとくか?」
禊 「どうもすみませんでした!!」
マナ「ふむ、許してやろうぞ」
禊 「・・・何か腑に落ちない、この扱い」
マナ「ん?何か言ったかな?」
禊 「いえ!マナ様は何時見てもお綺麗だと思っただけであります!」
マナ「そう?まぁ、当然の事だけどね♪」
禊 「(チョロいな、このガキ)」
マナ「んで?ここで私は何をすれば良いの?」
禊 「さっきも言った様に、本編の補足説明とか解説といった簡単なお仕事です。まぁ、適当にくっちゃべるだけで構いません」
マナ「ふーん、じゃあまずは前半のララリスとクロウスの戦闘から触れようかな。後、聞こえてたからね?次ふざけた事抜かしたら、その首へし折るから」
禊 「!?」
マナ「前半の二人って見た感じ、あんまりやる気無さそうだね」
禊 「え、ええ、そうですね。心理描写が不足していますが、書きたかったのは表面上ではやる気満々。でも、裏ではテンションダダ下がりっていう展開です」
マナ「クロウスは何となく分かるけど、何でララリスはこんなにもやる気無いの?」
禊 「それはあれです。化け物四人の中で、最も弱いのはクロウスだという事は皆知っていた訳です。ですので本人も言っている様に、至極簡単に戦えると思っていたのですよ」
マナ「まぁ、所詮足止めするのがメインだからね。倒すよりかは遥かに楽だもんね」
禊 「はい。でも、そうは問屋が下ろさない」
マナ「意外にクロウスが本意気だった、と」
禊 「彼にもプライドがありますから。時間かせぎが目的とは言え、レイネルという教え子がいる場で不甲斐無い戦いをする訳にはいかなかったのです」
マナ「なるほど。全力で殺しにいくと、自身もかなりの怪我を負う事になるからそれは出来ないけど、せめて主導権は握っていたという所かな?」
禊 「まぁ、そうですね。自分もまだまだいけるぞー、というのを見せつけたかったのですよ」
マナ「難儀な性格だね。本心では一刻も早く逃げたいって思ってたくせに」
禊 「それに付き合わされたララリスが可哀そうです」
マナ「まったくだね。爺の自己満足に巻き込まれたんだもん。そりゃテンション下がるよ」
禊 「それに隣でヴァンとグレンがじゃれ合っているのが目に入りますしね」
マナ「もう、ある意味踏んだり蹴ったりだね」
禊 「ですね」
マナ「ようは、普段からあまり感情を表に出さずに多くを語らない二人が、それ故に起こった己の不遇さを嘆くっていう話かな?」
禊 「YES!思考と行動が全く一致しないという、まぁギャップ萌というやつです」
マナ「それ、使い方間違ってない?」
禊 「えっ、そうなんですか?」
マナ「・・・ギャップ萌を何だと思ってんだ、こいつ。まぁ、別に良いけど」
禊 「?」
マナ「で、後半のフォルゲンとお父さんの戦いのテーマは何?やっぱりお父さんの覚醒かな?」
禊 「そうですね。昔のリシュンについてはEP1-4にて語ってますので、今のは彼がどうなったのかを書きたかった訳ですよ」
マナ「その結果、また戦闘描写が少なくなったけどね」
禊 「その点は本当にすみません。心理描写を書き過ぎましたね」
マナ「でもまぁ、驚いたよ。昔っからお父さんはお母さんの猿真似ばかりしてたからね。だからこんな風に自らの意思で、一歩前に進むなんて夢にも思ってなかったよ」
禊 「あはっはっ、戦って初めて気付いたのですよ。レイネルの様に、出来る限り相手を傷付けずに戦うのは無理だって事に。誰からも愛される様になるには、あまりにも自分の心はドス黒く染まり過ぎているという事に」
マナ「仕方無いよ。大陸内で最も人を殺している殺人鬼が、正反対の特性を持つお母さんになれる訳ないよ。てか、そんな虫の良い話がある筈無いっての」
禊 「辛辣ですね〜。一応父親ですよ?」
マナ「お父さんは好きだよ?でも、今までしてきた事から目を背けるだけじゃなく、それを忘れようと必死で別人になろうとしていたお父さんは嫌いだったかな」
禊 「彼は感情が無かったからこそ、多くの屍を作る事が出来た。けど、レイネルと出会って少しずつ感情が芽生えてきて、ようやく自分のしてきた事の重さを知った訳ですよ。だから、受け入れられなかったのです」
マナ「心の中では間違っていると気付いていながら、自分のしている事は正しいんだと思い続けて、でも結局間違いだったと言われた」
禊 「そう言われた時には既に、普通なら取り返しなどつかない程の惨状だった」
マナ「でもお母さんが側にいたから、まともな生活を過ごす権利を得る事が出来た。故に、お母さんに憧れたんだね」
禊 「はい。リシュンは自分が一番、闇に呑み込まれている存在だというのを理解していましたから。そんな自分を救ってくれたレイネルが眩しくって仕方が無かったのでしょう」
マナ「まさにお母さんはお父さんにとって、ヒーローだったんだね」
禊 「うーん、ヒーローどころか神様〜ぐらいには思っていたんじゃないですか?」
マナ「ありえるね、あのヘタレなら。いい歳してヒーローに憧れを抱くだなんて、とことん幼稚だなお父さんは」
禊 「とても実父に対する言葉とは思えません」
マナ「正直、あれがお父さんだっていうのはちょっと恥ずかしいよ」
禊 「泣くよ?リシュンが聞いたら間違いなく号泣するよ?」
マナ「これぐらいで泣くなよ、鬱陶しい。っていうのが私の本音かな」
禊 「この場にリシュンがいなくて良かったです。いたら自殺ものですよ、その言葉は」
マナ「まぁ、そんなゴミ愚図野郎は置いといて・・・」
禊 「どう育ったらそんな流暢に暴言をつらつら吐ける様になるのですか?」
マナ「私は何時、本編に出れるのかな?かれこれスポットライトを浴びぬまま既に四話が経ち、もうEP2が終わりそうなんだけど?」
禊 「あっ、次話で出ます。レイネルVSリーダリアの一戦+逃げるマナ達、を書く予定です」
マナ「そっか、なら良いや。あんまりに主人公の扱いが雑だから、そろそろブチ切れようかと思ってたんだけど、どうやら必要無いみたいだね」
禊 「えっ?知らぬ間に命が脅かされていたのですか私?」
マナ「で、次話は何時出る予定なの?」
禊 「え〜とぉ、分かりません♪(*ノω・*)テヘ」
マナ「・・・とりあえず、こいつしばきたい」
禊 「!?」
マナ「まぁ、こんな感じですが最後までお付き合いして頂けると嬉しいです」
禊・マナ「「今後とも、宜しくお願い致します」」