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第5噺「俺が定期的に幼女と触れ合わねぇと精神が衰弱していくの知ってんだろ!?」 「知るか馬鹿」

 何時もであれば一時間もせずに終わる村民会議が今日は二時間以上も続き、解散の合図が出た頃にはもう昼過ぎになっていた。


「今日はえらく長かったな」

「ええ、そりゃあ帝国が戦争の準備を始めたなんて聞いたら、流石にこの村でもそれなりの対策を練らないといけないからね」


 最初は何の問題も無く進んでいた会議だったが、リシュンの「帝国が動き始めた」発言で騒然となりここまで長引いてしまった。


 今思えばクロウスも独自の情報網を使い、帝国の動向を把握していたからこそ今回の会議に出たのかもしれない。

 ただクロウスは会議中、何も発言する事無く腕を組みひたすら黙って話を聞き、会議が終わると同時にさっさと帰っていった。

 何がしたかったんだろう?


 そんな疑問を抱きつつ会議が終わっているにも関わらず、多くの村人が残っている居間を出て玄関へ向かう。


「でも結局たいした案は出なかったな」


 廊下を歩きながら人が近くにいないのを確認したリシュンは、深い溜め息と共に落胆したように洩らす。

 確かに長い時間かけたものの最終的に、帝国が攻めて来た時は魔具及び魔法使いが普通ノーマルの村人達が逃げ切るまでの盾となり、帝国軍を食い止めるという事しか決まっていない。

 ただそれも、


「わざわざ会議で決めるような事じゃ無いだろ、そんな事。力持つ者が持たざる者を守るのは当然だ」


 苛立ちを隠せずリシュンはつい吐き捨てるように言ってしまう。会議中も帝国の話になり、なかなか進まない様子を見ながら不機嫌オーラを漂わせ始めた時には、ブチ切れるんじゃないかとハラハラした。


 やり方は間違っていたとはいえ、リシュンは力を持たない者の為に戦っていたのだ。

 そんな彼からすれば、いくら魔法に対して恐怖心を抱いているとは言え、なるべくその力を使わない方向で話を進めていく村人達に腹が立つのは仕方ない事かもしれない。

 かくいう私だって、ひよってんなこいつ等と思いながら話を聞いていた。


「帝国相手に魔法を使わずに何とかしようってのがそもそも間違ってる。話し合い等通用する奴らじゃないんだぞ」

「連中もんな事は理解してんだろ。ただ、お前さんみたいな勇気が無いだけさぁ」


 突然話に割り込んでそう言った声の主は、背後から忍び寄りリシュンと馴れ馴れしく肩を組む。


「・・・相変わらず気配を消すのが上手いな、グレン」


 呆れ文句を言いながらリシュンは肩を組んできた男、グレン・ソルニックスを見る。


 二m近くある巨漢、無駄無く膨れ上がった筋肉、ボサボサの黒髪に無精髭、浅黒く焼けた肌、女は年齢が二桁になると急に老けると豪語し十歳未満の幼女が大好きな変態で、一見遊び人に見えるこの男は一応セリトとリスィの父親である。


「まぁそう怒りなすんなってリシュン。今はまだ戦う勇気がねぇだけで、いざって時には連中も覚悟を決めるだろうさ」

「・・・だと良いけどな」

「あんまり奴さん達を舐めねぇほうがいいぞ?目の前で誰かが殺されそうになってたら、思考より先に身体が勝手に動くさ。連中も戦争を経験してんだしな」


 かなり適当な事をぬかすグレンと話しているうちに、リシュンの苛立ちも幾ばくか収まる。

 こういう時だけは、グレンのチャラい性格に感謝出来る。


「帝国が攻めて来てもなるようになるさ。・・・んな事より、俺の天使たるマナちゃんはどこにいるよ?」


 と、先ほどまでの府抜けた顔とはうって変わり、真剣な表情でグレンは周りを見渡す。若干目が血走り、鼻息も荒くなっている。

 こいつのこういう所さえ直れば、かなり信用出来る人間なんだけどねぇ。


「マナは来てないわ」

「なんだと!?何故っ!?」

「当たり前だろうが、会議に子供を連れてくる親がどこにいる」

「ばっ、お前っ、馬鹿か!!マナちゃんが会議にくりゃ、おれのテンションが上がるじゃねぇか!!」

「何であんたのテンションを上げる為に、わざわざ可愛い我が子を連れてこなきゃいけないのよ」

「俺が定期的に幼女と触れ合わねぇと精神が衰弱していくの知ってんだろ!?」

「知るか馬鹿」


 会わせろだ何だと喚き散らすグレンを私とリシュンは冷やかな目で見る。


 グレンはスコトリア共和国出身の元傭兵で、魔法に関わる者達から『死神』と呼ばれ畏怖されていた。

 目立つ見た目とは裏腹にグレンの戦い方は、気配を殺し相手に接近しある程度まで近づいたら一気に距離を詰め一撃で首を跳ねるというものだ。

 しかも、一連の行動を魔法による補助なしで己の身体能力のみでやってのけるのだから驚きである。

 魔法を使っていない為に魔力感知は出来ないし、気付いた時にはもう目の前にいるので魔法を使う事も出来ない。

 まさに、魔法を使う者にとっては天敵のような存在だ。


 そんなグレンの偉業や噂は数多くあり、その中でも「彼は無類の子供好きである」という噂を聞いた時は流石に嘘だろうと思った。

 だが初めて会った時にリスィ(当時九歳)を溺愛していたのを見て「あの噂は本当だったんだ」とその時はただ単純にそう思った。


 異変に気付いたのはその数ヶ月後の事である。リスィが十歳になったとたんに、今までの溺愛ぶりは一体何だったんだと疑問に思う程に扱いが雑になった。

 極めつけは生まれたばかりだったマナが女の子だと知った時のグレンの様子。会う度に「マナちゃんは何処にいる」とか「マナちゃんに会わせろ」などという戯言を頻繁に言うようになるし、その時の顔が明らかに犯罪者のそれだった。


 それから事あるごとにマナの全身を舐め回すように視姦してくるグレンに、本格的に危険を感じた私はリスィとセリトにも協力してもらい極力マナと会わせないようにした。


 結果小さな村なので絶対に鉢合わないようにするのは無理だったが、月一ぐらいでしか遭遇しないようする事が出来た。

 それもこれもこの変態の血を引いているとはとても思えない程良い子に育ったセリト達のおかげである。


「お前、人の子供にうつつを抜かす前に自分の子供の心配をしろよ。セリトやリスィが可哀想だろうが」


 マナに会えないのが余程ショックなのか、膝から崩れ落ち本意気で号泣する変態グレンにリシュンが冷めた目をしたまま呆れ顔で言う。

 それを聞いたグレンは異常なまでの殺気を孕んだ瞳で私達を睨み付ける。


「うるせぇ、あいつらはもう十五越えてんだから成人してんだよ。何時までも子供扱いする方が可哀想だろうが」

「そりゃそうだが、扱いがあまりにも雑過ぎるだろ」

「ぶっちゃけ、自分の子供でも大人になっちまった奴の面倒など見たくねぇ」

「あんた、すこぶる程にクズね」

「安心しろ、なんかあった時はマナちゃんだけは全力で守る」

「お前にマナを預ける方が安心できねぇよ」

「だからお前らはセリトとリスィを守れ」

「あんた、自分が何言ってるのかわかってる?」


 満開の笑顔でグレンは親指を立て、ポーズを決める。こいつ、本当に最低だ。

 ゴミを見るような目を向けるがグレンは気にする様子を見せず、「それに」と続ける。


「お前さんらは俺とマナちゃんが会わないように画策してるようだが、マナちゃん自身は俺の事嫌いじゃないだろ?むしろ好かれてるぐらいだ」

「うっ、それは・・・」


 最も言われたく無い事を言われ、思わず言葉が詰まる。

 そう、私達が必死で会わないように仕向けているのに、マナはグレンの事をいたく気に入っている。グレンを見かけると笑顔で手を振って駆け足で寄っていくぐらいだ。幾度となく「あれは変態だから」と忠告しても、マナのグレンへの態度は変わらなかった。


 何故?あんな変態丸出しのクズ野郎が子供に好かれるなどありえない。常々そう思っていたが最近になってようやくわかった。


 ベクトルは違うがマナも十二分に変態だったからだ。


 悲しいかな、薄々は気付いていたものの自分の娘が変態だなんて認めたく無くて、わからないフリをしていたのだ。


 そんなマナとグレンは種類は違うが同じ変態同士で気が合うのかもしれない。

 気付いていたとはいえ、改めてしかも目の前のクズ野郎からそれを言われるとかなりショックだ。

 はぁ、いつから育て方を間違えたのかしら。


「幼女こそ正義という事だ」


 リシュンの背中を叩きながら意味のわからない言葉を残し、グレンはこちらを振り返る事無く右手を上げ去っていく。そんな気持ちに悪い背中を見ながら思う。

 マナも将来ああなるのか・・・と。


  *****


 昼からは通常通り授業があるので、帰るのが億劫になった私達は各々で適当に時間を潰す事にした。

 ミリファとオドソリは魔法の訓練を、リスィとセリトは剣術の訓練を、私は読書と惰眠をこなしクロウスの帰宅を待つ。


 途中、先生が帰ってくるまで昼食は待とうと駄々をこねるリスィと、睡眠に大量の体力を消費し空腹になった私とが不毛な争いを起こしたが、他の三人が私を支持(何故か苦笑いを浮かべ頭を優しく撫でながら)したので火種は急速に鎮火された。


 昼食を食べ終えお昼寝タイムに突入しようとした頃にクロウスが帰宅した為、惰眠にふけるのを断念しミリファと共にお昼がまだだと言うクロウスのご飯を作り、二度目の昼食をクロウスと二人で取る。

 その際クロウスに、


「最近、食費の半分以上はマナフィルにかかっている気がする」


 と嫌みを言われたが、私はそんな戯れ言を無視し黙々とご飯を頬張る。

 テーブル上に並んだ料理を全て処理し、再度お昼寝タイムに移行しようと思ったがリスィにどきつい程の殺気を孕んだ瞳で睨まれたので泣く泣く止めた。

 おいおいリスィさんよ、私が男だったらそんな目で見られた日にゃ確実に愚息が縮み上がってるところですぜ?


 等と、下らない事を心の中で言いつつ退屈な爺の授業を消化していく。

 いつの間にか開眼したまま眠り込むという究極の惰眠方法を編み出す事に成功した私は、老害の下らぬ知識の自慢話をあっさりスルーしていると、気付けば本日の授業は終わりを告げていた。


 私が眠りこけていたのを見事に看破したリスィによるありがたい小言の集中砲火を浴びながら、セリトと三人で帰路に付く。

 お節介リスィが顔を出し始め、少し不穏な雰囲気になりつつある状況を見かねたセリトが「まぁまぁ」と焦って口を挟み場を治める。


 そんな何気無いやり取りが何時までも、これからもずっと続くと思っていた。

 いや、思っていたかっただけなのかも知れない。

 私は気付いていた。

 村の大人達が何処か何時もと感じが違うという事に。

 少しずつ、ねっとりと絡み付く気持ちの悪い不穏な空気が村全体に充満しつつあるという事に。


 その四日後、招かれざる来訪者の出現により平穏という日常は、突如として非日常に変貌する。

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