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第4噺「マナフィルは・・・正直、評価しがたい」 「?どういう意味ですか」

 世捨て村ーー、そう呼ばれる村がある。


 魔物や人間同士の争いの日々に嫌気がさした魔法使い達が集まり、俗世から離れる為に五、六十年前に作ったとされている。

 最初は十数人しかいない小さな集落だったが、徐々に住み着く者の数が増え、今では当初の七倍もの人々が暮らしている。とはいっても、百を少し越える程度しかいないが。

 周囲は山や森に囲まれおり、最も近い村に行くのですら十日以上かかる。

 その上、近くに沢山の魔物が生息している森まであるので、不便で危険極まりない村だ。


 そんな村でも一応、月に一、二回大人達が集まって話し合う村民会議なるものがある。

 朝食を食べ終えたレイネルとリシュンの二人は、その村民会議に出る為に村長の家に来ていた。さほど大きく無い居間に三十人程の人が集まっている。


「うん?珍しい顔がいるな」


 暇を持て余し周囲をボケッと眺めていたリシュンは、少し驚きながら言う。


「えっ?・・・あぁ、先生ね」


 リシュンの視線の先を見てレイネルも軽く驚く。

 クロウスは滅多に会議には参加して来ない。老いぼれが口を挟む事など何も無いとかいう理由で、普段会議に出ない彼がここにいるのは確かに珍しい。


 そんなレイネル達の視線に気付いたのか、腕を組みうつ向きながら座っていたクロウスが顔を上げこっちを見る。二人揃って軽く会釈すると、おもむろに立ち上がり寄ってきた。


「久しぶりだな、リシュン、レイネル」

「あっ、はい、お久しぶりです先生。・・・とは言っても10日程前にお会いしてますが」

「うん?そうだったか。すまんな、年をとってから物忘れが酷くてな。老いとは怖いものだ」

「あの先生でも怖いものがあるんですね」


 わずかに下を向き少し恥ずかしそうに額に手を当て言うクロウスに、レイネルは思わず苦笑してしまう。


 レイネルはこの村に来る前は独立魔導局の軍、無限光所属のそれなりに地位がある軍人だった。

 その魔導局に入る前の魔法学校アカデミーに通っていた時、指導してくれたのがクロウスだ。


 クロウスは生徒から怪物と恐れられていて、熱心という度合いを超えた拷問に近い程の訓練をさせる事で有名な教官だった。しかも、レイネルにだけは他の生徒より数段難易度の高い課題ばかりさせていた。

 三十mほどの大型魔物を剣型魔具で一刀両断しろとか、魔物の群れの中に空から叩き落とされて二十四時間魔法障壁シールドだけで魔物の攻撃から耐え続けろとか、一㎞以上離れた距離から五十㎝の小型魔物を遠距離砲撃魔法で倒せとか、その他諸々無理難題を押し付けられた。

 今になってレイネルは、当時の自分は本当に良くやったなとしみじみ思う。


 後で知った事だが、クロウスはレイネルの魔法使いとしての才能を高く買っていたようで、魔法学校アカデミーレベルの教育では本来ある力を引き出す事は出来ないと考え、レイネルに特別厳しくしていたらしい。

 そんなクロウスは普段は厳しいくせして、時折優しく頭を撫でて褒めたりするもんだから不思議と嫌いにはならなかった。


 鬼のようであり、父親のようにも慕っているクロウスが年を取る事が怖いとしみじみ言うので、思わず吹き出しそうになる。


「隠居しているのにわざわざ子供達に指導しているのは老化防止の為だと言っても過言じゃない。研究ばかりだと、どうしても部屋に籠りっぱなしになってしまうからな」

「そうなんですか?まぁ、こっちとしてはマナにも少しはまともな教育を受けさせる事が出来ているので、それでも全然嬉しいですよ」


 意外な事実を知って少し驚いたものの、子供達の為に大事な時間を割いてくれているクロウスには、レイネル達だけでなく子を持つ村人は皆本当に感謝している。

 俗世からほぼ隔離しているこの村では一般的な教育など受けさせる事など本来なら出来やしないのだから。


「そう言ってもらえると助かる。指導しているのは座学と剣術が中心で、魔法に関してはあまり教えられていないがな」


 申し訳ないといった顔のクロウスに、リシュンはいやいやと首を左右に揺る。


「それは仕方の無い事でしょう。魔法は教えるのに時間がかかりますし、中途半端に教えたらかえって危険ですから。それに今はまだ、最低限自分の身を守る術さえ知っていれば良いんですよ」

「そんなものか?暗闇の森が目と鼻の先にある以上、もしもの事が無いとは言い切れないぞ」

「まぁ、村の大人達の大半が魔法を使えますし、何かあった時は俺達が必死こいて頑張ればいいじゃないですか。そんな時ぐらいでしかもう、魔法は使わないでしょうしね」


 決意と覚悟ーー、ふざけた口調とは裏腹に目に強い意思を宿しているリシュンは真っ直ぐにクロウスを見つめる。


 ここの村人達は、魔法を使い人間同士で争っている事に嫌気が差し、世間との繋がりが希薄なここに移住してきた者がほとんどだ。

 魔法は身体能力が人間より高い魔物と戦う為に生み出された力であって、決して戦争という殺人・・が正当化された場所で振るう為の力ではない。そう思っている者はこの村では多く、リシュンもその一人だ。


 リシュンは子供の頃からある程度の魔法が使えていた。誰に教わった訳でも無く、興味本意で母が持っていた魔導書を読んでみると思いの外面白かったので家にある魔導書を読み漁っていたら、いつの間にか魔法が使えるようになっていたそうだ。


 魔具使いは多数いるものの、魔法使いの数が他国に比べ圧倒的に少ない帝国がそんなリシュンの事を放っておくはずも無く、十二歳の時に帝国が誇る軍隊である騎士団から入隊の話が持ち掛けられた。

 当時のリシュンにとって騎士団は強くて格好いいヒーローのような人達が沢山いる憧れの存在であり、将来は自分も騎士になりたいと思っていたので、その話を聞いた時それはもう飛び跳ねて喜んだ。


 騎士見習いとして騎士団の厳しい訓練を死に物狂いで乗り越え、一人前の騎士として認められたのは入隊から四年後の事。

 その時は喜ぶ間もなく直ぐに戦場へと駆り出される事になる。スコトリア共和国の貴族に金で雇われたならず者、傭兵達が国境付近にある帝国の軍事施設を襲ってきたからだ。


 戦場に着いたリシュンはそこで初めて人を殺した。


 馬鹿みたいに隙だらけだった傭兵の首を何の躊躇いも無く切り飛ばしたのだ。人間を殺す覚悟など出来ていた筈なのに、何故か手が小刻みに震え心が痛んだ。

 だが、二人目三人目と殺していくうちにいつしか震えは止まり、傭兵達を一人残さず殺し終えた時には心の痛みはすっかり消失していた。


 それからリシュンは、数多の戦場を歩き渡り皇帝の命を受け、ただ無心に敵国の兵士を殺し続ける。

 助けてくれと懇願する敵兵の心臓を剣で貫き、逃げ惑い泣き叫ぶ他国の人間を魔法で纏めて肉片に変える。そんな日々を過ごしていたリシュンはある時ふと思った。


 これが自分のしたかった事なのかーー?


 騎士団に憧れていたのは、常勝無敗の騎士達が昔話に出てくる英雄のように見えたから。兵士ですら無い一般人を、魔法をつかえない普通ノーマルの人間を、容赦無く殺していたなんて知らなかった。


 魔法を覚えたのは通常では考えられない、まさに奇蹟とも言えるこの素晴らしい力を誰かの為に使いたいと思ったから。

 だから、騎士団に入った。そうする事が祖国の為に、ひいては誰かの為になると信じていた。

 けど現実は違った。帝国で生まれ育ったリシュンは国外で起こった事など何一つ知らない井の中の蛙だった。


 甘ったれた幻想を抱いてきた少年は、帝国内の平穏な日々が多くの人間の死の上で成り立っているものだと大人になってやっと気付いた。

 無理もない、帝国は騎士団の詳しい活動内容を国民には一切知らせていない。無抵抗な人間を無慈悲に殺しているなどと知られれば、国内で反王族勢力ができる可能性がある。

 ゆえに帝国は自国にとって不利益になりうる情報は一切流さない、それが帝国のやり方だ。


 リシュンは苦悩した。このまま進んでもいいのか。子供の頃に思い描いた夢はこんなにも血と死臭でまみれたものだったのか、と。


 それでもリシュンは戦場に赴き人を殺し続けた。自分がしている行為は明らかに間違った事であると理解していながら。

 気が付くのがあまりにも遅すぎたのだ。彼はもう後戻りなど出来ないほどに他者の命を奪ってしまっていたから。


 人を殺す度に心に生じる痛みを、必死で押さえ込みながらリシュンは皇帝から下される命令を聞き続けた。


 そんな憐れな操り人形に成り下がったリシュンの前にある日、叶う筈の無い夢を抱いた一人の夢見がちな魔法使いが現れた。


 それが、当時ウェール王国にある独立魔導局の無限光(A・S・A)に所属していたレイネルだ。

 初めてリシュンと会った時の事を、レイネルは今でも忘れられない。


 完全に感情を殺した能面のような無表情で、血に染まった剣と馬鹿げたほどに強力な魔法を使い、戦場に死を振り撒いていた彼を。

 残酷に冷淡に目の前の敵を確実に処理していく彼を。

 人を殺す時にほんの僅かに顔を歪ませ苦しむ彼を。


 今はマナを含めた三人で仲良く暮らしているが、結婚し一緒になるまでの約二年半の間レイネルとリシュンは何度も刃を交えた。時にはお互いに生死をさ迷う状態になるまで戦う事もあった。

 リシュン曰く、「レイが羨ましかった。何物にも縛られる事無く、己が信念を強引に貫き通す姿が眩しかった。だから、無性に殺したくなった」との事。


 その後語り尽くせぬほど色々な事があった中で、リシュンは帝国を裏切る事を決意しレイネルと二人揃ってこの世捨て村に来た。

 そんな過去を持っているのは何もリシュンだけでは無い。村人のほぼ全ての魔具・魔法使い達には人に話せない暗く辛い過去がある。


 ゆえに、子供達にはあまり魔法に関わって欲しくないと思っている者が多い。魔法は人の手で不可能を可能にする事が出来る奇蹟の力である反面、時に人生を大きく狂わせ深い悲しみを生む力でもある事を身をもって知っているから。

 魔法に対して特に嫌悪感等抱いていないレイネルや、のんびりとした余生を過ごしたいクロウスなどはこの村では珍しい方だ。


「そうか、お前がそう言うのであれば私が言う事は何も無い」


 クロウスはリシュンの過去を知らない。村人達が背負っている物も知らない。

 だが、人生のほぼ全てを魔物の生態研究や魔法使いの教育に費やして来たクロウスはこの村に来て直ぐに気付いた。

 住民が、村そのものが異常である事に。その上でクロウスは何も言わない。


 教官時代のクロウスなら犯した罪を償おうとせず、ただ現実から目を背け逃げ続けているリシュン達を見れば一発ぶん殴っていただろうに。


「ところで先生、子供達はどうですか?魔法学校アカデミーの生徒に比べたら劣るでしょうが、なかなかやる子もいるでしょう?」


 少し重くなった空気を振り払う為に少々強引に話を変える。クロウスはその事を察してレイネルの話に乗っかる。


「ふむ、オドソリとミリファの二人は剣術の方はからっきしだが魔法はそこそこ使えるな。磨けば光るものがある。逆にソルニックス兄弟は魔法は駄目だが剣術の腕は凄まじい。特にリスィは王都の武術大会で、十分優勝が狙えるほど才能がある。 セリトは授業に遅れたりサボったりする為に、今の所リスィに遅れをとっているが、もう少し本人がやる気を出せば直ぐに才能を開花させるだろう」


 教え子を評価するクロウスはどこか嬉しそうに話す。

 クロウスが絶賛するリスィの実力はレイネルも知っている。自宅の裏で自主練しているのをたまに見かけるが、それはもう素晴らしいほどの剣捌きだった。それに付き合うセリトもなかなかの腕だ。

 あの若さであれだけ出来るのであれば、クロウスでなくとも将来が楽しみになる。


 それにひきかけ、


「マナフィルは・・・正直、評価しがたい」

「ん?どういう意味ですか?」

「座学においては間違いなく五人の中でトップ、いや、今は知識という面で私より劣るが数年も経てば私処か大陸全土を見渡しても、あの子より優れた頭脳を持つ者はいなくなるだろう」

「・・・え?」

「武術・魔法に関してはまだ7歳と幼い事もあり、基礎的な事しか教えていない。まぁ、教えていると言うよりも、見せているだけ、だな」

「見せているだけ、ですか?」

「ああ。あの子は兎に角練習・修練というものを嫌う。やれと言っても弁が立つ故、口先だけで見事に逃げるし、もとよりこういう事は無理にやらせても意味が無い事だからな。だが、やるやらないに関わらず、見て覚えるだけでも損は無い。だから、参加はせずとも見学だけはしておけと言っている」


 つらつらと語られる我が子の評価(ダメっぷり)をレイネルとリシュンは黙って聞く。座学においては5人中トップであるが、それ以外は論外。

 昔から頭脳明晰である事は何と無く察していたが、クロウスが絶賛する程のものとは思っていなかった為に少々驚くが、以降の評価は流石、駄目人間予備軍であるマナだ、と揃って納得する。


「兎に角あの子はやる気が無いな。座学はそこそこ真面目に受けるが気付いたら話をまともに聞かず上の空だし、武術や魔法の修練時も心底興味無さげな顔だ。目を開けたまま爆睡しているのがバレて、リスィに説教されるのもほぼ日課だな」

「あぁ~、あの子は昔から興味の無い物事には真剣に取り組まない節がありますからね。飽きっぽいというか何というか」


 困った表情で言うクロウスにリシュンは苦笑いを浮かべる。

 たまに親子三人でかけっこなどをして遊ぶ事があるが、その時もマナは僅か数m走っただけで「節々の関節が痛い」と直ぐに歩きだす。おっさんか。


 苦々しい顔をしてあの子はよく分からないとクロウスは嘆息する。

 多くの生徒を見てきたクロウスだが、その全てはやる気にみち溢れた者達だけだ。魔法学校アカデミーにわざわざ通っている子達なのだから当然だろう。


 だからこそマナの実力を計れない。人生をあれだけ適当にされど真剣に送っている者など見た事がないから。

 驚くほどの駄目っぷりを炸裂させたかと思えば、不足の事態の時には誰よりも先に動き完璧にかつ迅速に問題を処理する。親のレイネルですら、マナの事を理解しきれていない。


「まぁ、マナフィルは優し過ぎるからな。リシュンや他の大人達の思いを汲み取って、敢えて魔法や剣術を適当にしているのかもしれない」

「マナが優し過ぎる・・・ですか?」


 クロウスの意外な言葉に目を見開き、レイネルは思わず聞き返してしまう。人を小馬鹿にし嘲笑う事を、胸を張って趣味だと言い放つ畜生にも劣る性格をしたあの我が子が優しい筈がない。

 そんなレイネルとリシュンの思いを見透かした上でクロウスは続ける。


「セリトも大概だがマナフィルはそれ以上だ。セリトの場合は親しい人、主にリスィ等の身内が対象で何でも自分一人で背負い込むタイプだから少し危なっかしいが、マナフィルは全ての人に対して優しく、今自分に出来る事と出来ない事をしっかり判断し一人でするか周りを頼るか状況に応じて行動している。それに、セリトは優しいというより甘いと言った方がいいだろうな」

「マナを褒めてくれるのは素直に嬉しいんですが、流石に褒め過ぎじゃないですか?俺が言うのも何ですが、あれはかなりの駄目人間ですよ」

「よく言うだろう。目に見えているものだけが真実ではない、とな。今言ったのはあくまで私の推測だ。マナフィルはお前達の言う通りの駄目人間なのかもしれんし、私の評価通りの人間かもしれん。それを見極めていくのは親であるお前達の仕事だろう」

「いや、でもーー」

「皆、静かにしてくれ!そろそろ会議を始めるぞ!」


 マナに対するクロウスの賛美に反論しようとしたところで、野太い声が割って入る。

 それを聞き「いずれわかるだろう」と言い残し、クロウスは元いた場所に戻って行く。


 クロウスには今度会ったとき、親だからこそ知っているマナの駄目っぷりを教えてあげよう。レイネルは静かに心の中でそう決意した。

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