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第1噺「お母さん、シチューは飲み物だよ?」「違うわよ!?」

 暗い暗い森の中を私は必死で走っていた。


 私の住む村からほど近い場所にあるこの森は、人が通れる様に整備された道ですら昼間でも明かりが無ければ薄暗い。


 暗闇の森と村人達から呼ばれるここは、魔力の影響で成長しすぎた木々がところ狭しと密集し、その木々の枝や葉が重なり合う事で外部から一切の光を拒絶する。

 人がほとんど入り込まない為、森は必然的に魔物の巣窟となっていた。


 今年で七歳になる私はお母さんから「あの森は危ないから決して一人で入らないようにね」といつも口煩く言われていた。


 なのに今その森に一人で、それも真夜中に、靴も履かずに裸足で、何度も転びながら、木の枝に引っ掛かり出来た無数の切り傷を負いながら、必死に全力で走っている。


 体感的にはもう何時間も走っているが、実際は一時間も経っていないだろう。息が荒くなり傷が痛む。頭から流れる血が目に入り視界が歪む。それでも走らなければいけない、走る事を止めてはいけない。


 そうわかっていながらも、思わずにはいられなかった。

 どうして-、どうしてこんな事になったんだろう-?


  *****


 うっ、んう~。


 窓から射し込む朝日が、いつものように容赦無く私の顔面に直撃し安眠を妨害する。

 太陽が遥か彼方からもたらすその恩恵は「さあ、みんな私を見て。光輝く私を!この世で最も美しい私を!」とか何とか真顔で言い放つ、どこぞのマキシばりに痛々しくて直視出来ない代物だ。


 大抵の人は毎朝このウザすぎる主張に屈し、今日も一日頑張ろうとか吠ざきながら起き上がるのだろう。


 だが舐めるな太陽。私の睡眠欲は貴様ごときの光で滅せられるほど程度の低いものでは無い!

 遠路はるばる私達人間に光を届けてくれるのはご苦労な事だけど、今の私には邪魔で不要なものだ。親戚のおばさんじゃないんだから、いらんお節介をかかないでほしい。


「マナ起きなさい。もう朝よ」


 太陽からのプレゼントを丁重にお断りし、ベッドの中で二度寝を決め込もうともぞもぞしている私に不意に誰かの声が聞こえる。

 おそらくいつまでたっても寝ている私を起こしに来たお母さん、レイネル・アインローリーだろう。


 昨夜カーテンを閉めたはずなのに光の集中砲火をくらっていたので、ついに太陽は遮蔽物をすり抜ける技術を会得したのかと内心では戦々恐々としていたが、単純にレイネルがカーテンを開けただけのようだ。


「ほらいつまで寝てるの。寝る子は育つってよく言うけど、あなたは明らかに寝すぎよ」


 レイネルは呆れた様子でゆさゆさと私の肩を揺らす。

 あぁ、正直何勝手にカーテン開けてんだ、私が吸血鬼だったら灰になって死んでるぞ?どう責任取るつもりだ。てか、なんで私の部屋にいるんだ。同性でまだ七歳とはいえ異性が気になる年頃の女の子だぞ。

 無断で入るなんて無神経すぎる等の100以上の罵詈雑言が一瞬で頭を過ったが、耳元でレイネルの優しく甘い声が囁かれると全てがどうでもよくなるのは何故だろう。

 さすがは「レイネルさんはこの村一番の美女」と、誰もが口を揃えて絶賛する私の自慢のお母さんだ。


 僅かに目を開きレイネルを見る。窓から射し込む光で鮮やかに輝く腰まで伸びた金髪、屈託の無い笑顔が良く似合う端正な顔、大きくも小さくも無いジャストな胸と尻、美しい曲線を描いたくびれ、トレードマークのピョコンっと飛び出した一本のアホ毛、そんな容姿だけでなく声でも人を魅了するなんて。


 嫉妬通り越してもはや憎悪しかない。


 そんな愛情に似た憎しみの感情を抱きつつ、胸元がばっくりと開いた服を着ているレイネルが腰を折り私の横顔を上から覗いた事によりさらに胸元が広がり、もう少しで先端が見えそうな胸を凝視する。


 マズい、寝起きの状態でこんなもの見れば興奮し過ぎて確実にどうにかなる。赤子のように胸だけでなく、全身をむしゃぶりつき凌辱の限りを尽くしたいという欲望を必死に抑え込み再度二度寝を決め込む。


「もう、いい加減に起きなさい。お隣のリスィちゃんはとっくにクロウスさんの所に行ったわよ?」


 隣は隣、私は私。リスィがどれ程真人間であろうが私には全く関係の無い話だよ。他人の子と自分の子を比較するなんて子供から言わせれば愚かの極みだ。親からすれば子供を奮起させる為に言ってるのかもしれないが、言われた方にとっては屈辱的な一言。


 私要らない子なの?そんなにリスィを高く評価しているのなら、私とリスィを取り替えればいいじゃない。大丈夫、リスィの父親は重度のロリコンだから嬉々として話に乗ってくるから。


 やだやだ、外面がいい人間の大抵は中身がどす黒く腐っていると言うのは本当だったんだね。なんか起きる気なくなったなぁ。まぁ、元々太陽が沈むまで起きる気なんてなかったけど。


「ふん、もういいわよ。そんなに寝ていたいならずっと寝てたらいいわ」


 あはははっ、何故貴様が怒っているのか知らないが怒りたいのはこっちだ。失せろ悪魔め!私は人に起こされるのが何よりも嫌いなんだ!テメェに言われるまでもなくベッドから出る気などさらさら無いわ!


「今日の朝御飯、シチューなんだけどなぁ。少ししか作ってないしお父さんと二人で全部食べようかしら。マナは朝御飯抜きでもいいわよね」


 おはようございます、マイマミー。


 素早く上体を起こした私にレイネルは苦笑する。


「冗談よ。急がなくていいから着替えてから来なさい」


 そう言い残し部屋から出ていくレイネルの背中をぼーっと眺める。起きたばかりでまだ頭が上手く回らない。

 先に言っておくが、私の中では睡眠欲より食欲の方が大切なのだ。何よりシチューと唐揚げは大好物。朝御飯でシチューが出るから起きる事にしたんだ。


 そう、決してお母さんの口車に乗せられた訳ではない。あんなに間近で豊かな生乳を拝んだ為に、興奮して二度寝出来なくなっただけだ。


 ・・・ほっ、ほんとだよ?


 いまだ迫り来る睡魔を振り払う為、両手を上げ体を伸ばすと背骨がいい感じにポキポキと音を奏でる。


 うっ・・・、う~ん。さてと、今日も一日頑張ろうかな。


 私、マナフィル・アインローリーの一日はいつもこんな感じで始まります。


  *****


 手早く着替えを済ませリビングに行くと、エプロンを着けたレイネルはすでに料理が並んだテーブルの前に座ってる。


 んぁ?父上様はどちらにいらっしゃるのかしら?


「いつも通りよ。まだ寝てるわ」


 ふいー、こんな時間まで寝てるなんてマイダディには困ったものだ。


「あなたがそれを言う?」


 何気無い会話をしながら椅子に座り手を合わせる。


「それじゃ、いただきます」


 ほいほい、いたんきまーす。


 ・・・・・・。


 ごちっ!!


「はやっ!?」


 ものの数十秒で完食した私にレイネルは驚愕の声を上げる。


 やれやれ、まったく何やってるんだい。お母さん、シチューは飲み物だよ?


「違うわよ!?」


 そうおっしゃらずに。ほれ、グビッといきなよ。


「いやいや、無理だから!結構な大きさの具がプカプカ漂ってるから!」


 おいおい、蛇が卵を丸呑み出来るのは知ってるだろ?


「だから!?いまその話関係ないよね!?」


 全く、蛇ごときに出来る事が私達人間に出来ないわけ無いだろうがっ!!


「わけあるわよ!蛇と人間では体の構造が大部違うでしょ!?てか、何でそんなに切れてるの!?」


 えっ、でも一昨日の夜にお父さんの下半身に住んでるリトルダディを丸呑みにしたみたいに…。


「ぶっっっ!!」


 うわっ、きったねぇ!ちょっと口の中の物を吐き出さないでよ。汚いよ?バッチいよ?まだお口がユルユルなの?


 レイネルがシチューだった物をテーブル上に鮮やかに撒き散らす。

 最悪だ、少し顔にかかっちゃったじゃないか。


「な、な、な、○×△#▲□*●#×▽!?」


 顔を真っ赤にして、キョドりだすレイネル。その拍子に胸がたゆんたゆんと揺れる。

 良い乳してんなぁ~、てか急にどうした。何とか神拳を顔面にくらって顔が膨らみ、死ぬまで秒読みの雑魚キャラの断末魔みたいだよ?


 んもー、何?どうしたのさぁ。


「な、何言ってるのかなー?一昨日の夜は私もお父さんも十時にはベッドでスヤスヤ寝てたわよ」


 落ち着きを取り戻し冷静なフリをしているが、目は泳ぎまくっている。

 何をそんなに慌てんのさ、見苦しい。そんなん見せられたら追い詰めたくなるだろ?


 夜中零時ぐらいにおトイレに行った時、お母さん達の部屋の明かりは点いてたよ?薄暗~く、ほんのりピカピカの光を放ってたよ?


「気のせいじゃないかな。ほら、マナは寝起き悪いし寝惚けて夢でも見てたんじゃない?」


 よっぽど暑いのだろうか。両手を高速で上下させ、顔に風を送っている。

 今日はどちらかと言えば涼しいと思うんだけど。


 でもそう・・・かな?。少し開いてたドアから中をチラッと見ただけだし、そう言われると夢じゃないって断言出来ないかなぁ?


「そう!絶対そうよ!マナは夢を見ていただけよ!」


 レイネルは目を見開きながらそう捲し立てる。

 どんだけ必死なんだよ。鬼のような形相だ。とても村一番の美女には見えない。


「そ、そんな事よりほら、シチューのおかわりいらないの?まだまだあるわよ!」


 マジかっ!?是非とも頂こう!


 新たにシチューが入れられたお皿を嬉々として受け取る。

 うん、確かにどうでもいい話だ。睡眠より食欲、疑問より食欲ってね。


「どんどん食べなさい!マナは育ち盛りなんだから!いっそお父さんの分まで食べちゃいなさい!」


 再び数十秒で空になったお皿に、レイネルはドバトバとシチューを流し込む。

 キャッホウ!よく分からないけど今日のお母さんは太っ腹だな。いつもはこんなにおかわり出来ないのに。


 何故お母さんがこんなにも慌てまくっているのか理解出来ないフリをしながら、心の中で思う。 今日は良い一日になりそうだ・・・と。

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