世界で最も綺麗な爺剣士
目の前に、突如現れた少女。
年齢は10歳位だろうか。肩口まで伸びた金色の髪、左目に大きな傷痕があり、白いぶかぶかのマントを羽織、首には十字のネックレス、背中には身の丈の二倍はある漆黒の大剣を帯びている。
「じ、爺さん?」
俺は恐る恐る話しかけてみた。
だが、目の前の少女は、鏡に向かって、「やったー!」とか「成功じゃー!」とかいってはしゃいでいる。
あら可愛い。
見た目は普通の少女、いや美少女だな。
目の刀傷が目立つのがかわいそうだが、天使のような顔立ちをしている。
爺さんもイケメンだったからな。
そう思うと爺さんの若いころの姿も見てみたかったな。
きっとハリウッドスターみたいなやつだったに違いない。
いきなり両方食っちまったから、気付けばこの姿だ。
『見た目は美少女、頭脳はジジイ』か。
目の前で起こったことだが、何とも信じがたい
にしても、若返ったのはいいとして、女になったのは良かったのだろうか。
というか場合によっては、獣人とかになる可能性もあったはずだが、この爺さんには全く迷いがなかったな…。
そんなにジジイが嫌だったのかな。
イケてるジジイだったんだけどな。(勿論俺にそんな趣味はないが…)
いきなり蛇男とかになったらどうするつもりだったのやら。
それに、家族に一切の相談も無しだぜ。
子供が見たら泣くぞ?大丈夫か?
そんなことを思っていると、一頻りはしゃぎ終わった爺さんは我に返ったようで、オホンッと咳払いをした。
そして、何かを決意した目で俺を見てこう言った。
「よし!取りあえず行くか!」
「ここに居たら、色々と説明とかに時間がかかりそうだし、何より面倒くさい。若いのが帰ってくる前にこっそりここを出て、宿を取ろう。」
そう言って、少女は、ささっと手紙のようなものを書き机に置いた。
『持病の【旅に出たい病】が再発したので、旅に出る。恐らくもう戻らん。 俺の権利は、俺の象徴である黒剣を託した少女に譲り渡す。名は「ルナ=ウインド」という。彼女は俺の盟友剣神「ザン=フィールド」の弟子である。明日辺り、使いの男と商館に来るはずだ。俺の私室を自由に使わせてやってくれ。フレイ=レックナールより。』
『追伸:冷暗室に保存してあるプリンを食わせてやってくれ。きっと喜ぶだろう。』
「こんなもんか。」
「ああ、そうだ。俺の名は今日からルナ=ウインドだ。ルナって呼んでくれ。ええと…。」
「ハヤマ=ミズキです。ミズキと呼んでください。ルナさん。」
「ルナでいい。よろしくな。ミズキ。」
そういって差し伸べられた小さな手と握手した。
宿は三番街にあるらしく、歩きながらルナと話した。
『ルナ』という名前は、若かりし頃、自分に娘が生まれたら付けようとしていた名前だそうだ。
3年前に妻を亡くし、独り身。子供はいない。
「まさか自分に付けることになるとはな。」と自嘲気味に笑っている。
置き手紙に書かれていた、『フレイ=レックナール』というのは元々の名前で、商館では1、2番目に偉い人らしい。
ただもう一線は退いており、名誉会長といった立場のようだ。
「だからいなくなっても大丈夫!」と笑顔で言っているが、この爺さん本当に大丈夫なのだろうか。不安である。
それと、『ザン=フィールド』っていうのは、世界的な大剣豪の名前らしい。
魔王クラリスとの戦いの後、忽然と姿を消し、現在消息不明。
そんな人の名前を勝手に使って大丈夫なんだろうか。と心配していたら。
少女は、「気にするな。三つとも俺の名だ」とよくわからないことを言っていた。
まぁ、いいか…。
取りあえず目立たないようにしないとな。
背中に穴の開いたボロボロな俺の服と、ブカブカな少女の服。こいつはかなり人の目を引く。
俺たちは、途中で適当に服を見繕い、一応の身支度をした。
「剣重くないか?」と尋ねたら、「ガキの頃から背負ってたからな。問題ない」とのことだった。
確かに、普通なら不釣り合いだろう、身の丈の二倍程度はある剣は、やけに少女に馴染んでいた。
そして、俺たちは、三番街の宿に着いた。