竜になりたい
俺は、突如聞こえてきた声を冷静に分析してみることにした。
【竜人化】、【焼き尽くす息】、【ほろ酔い】
確かそういったはずだ。声だけじゃなく。頭の中に文字も浮かんできたのだから間違いない。
「スキル」か……。
特殊な能力を取得したということだろう。
果たしてどんなことができるのだろうか、年甲斐もなくドキドキしてきた。
どうしてこうなったのか、よくわからない。
わからないが、今食った物が関係しているのは明らかだろう。
もしかしたら、俺の代わりにコンビニで買ったものが、特殊能力を授かったのだろうか、異世界への扉をくぐる際にレアアイテムに転生…、いや昇華したのか?
そうだ。きっとそうに違いない。
彼ら(弁当達)も、突如異世界に来たのだ。それくらいの恩恵はあってもいいだろう。
普段なら今頃、燃えるゴミと資源ごみに分別されて、運ばれていくのだ。
それをこんな、いきなり砂漠の真ん中に……。
うぅ…、かわいそうに……。
いや、大して変わらんか。所詮は俺に食われて終わりだ。
ふぅ…。 まあ、なんにしろだ。
この砂漠のど真ん中という、絶望しかなかった状況から、もしかしたら抜け出せるかもしれない。
待てよ…。そういえば、他に、他に何か持っているものはなかっただろうか。
コンビニ袋の中には、まだ、ミックスゼリーと一口グミ、さらには栄養ドリンクが3本ある。
最近疲れがたまっていたせいもあり、1日1本までの栄養ドリンクを、3本飲み干すつもりで買ったのだ。
いやぁ、あの時の俺…。ナイスである。
早速飲もうと思ったが、待て待て。待つんだ俺。
これは高く売れるかもしれない。
さらには、今お腹は減っていない。
なので、これは後のお楽しみに取っておこう。
さぁ、他には無いか。
俺は自分のスーツのポケットやらを弄り、何かないかと必死になった。
ん…?この感触……。これは、ガムだ……。みんな大好きブルーベリーガム。
むぅ、この感じ一枚っきゃねーな。
おっ、そうだ財布もあったか!くっ、中身は空だ。給料日前だったからな。仕方ない。
おお、これは名刺入れだな。最近友人にもらったものだ。
中には、俺の名刺が10枚ほど入っていた。
あれ?
名刺を見てみると何かおかしい。
【氏名】 : 葉山 水希
【年齢】 : 31歳
【種族】 : 人間?
【職業】 : 無職
【出身地】 : カロール砂漠
【スキル】 : 竜人化
焼き尽くす息
ほろ酔い(☆)
《元々》
【氏名】 : 葉山 水希
【職業】 : 公務員
【住所】 : 札幌市△△区○○××~~
【電話番号】: ×××-●●●-○○○○
おおお、変わってるでおい!
ペラペラの紙切れだった名刺は、ステータスカードに変化していた。
HPとかMPとかは書いてないのかな?
てか無職かよぉ。まぁ、すぐ戻れる感じじゃないし、クビだよなぁ……。まぁいいけど。
人間?ってなんだよ!人間だよ!え?だよね??
そうやってカードをいじっていると。指がスキル欄に触れたとき、説明書きが出てきた。
わーお、便利~!
『竜人化』
特殊スキル。竜の持つ能力を「竜になりたい」と思うことで、身体に定着させることができる。 (「なんて抽象的な表現なんだ。って、え?竜になれんの?」)
『焼き尽くす息』
火の息の最上位。何もかも焼き尽くす。跡形も残らない。(「すごっ、つうかあぶなっ!」)
『ほろ酔い』
特殊スキル。いつでもちょっと酔った感じの雰囲気になり、人見知りしなくなる。人と友達になりやすくなる。コミュ障なあなたにぴったり。
(「ん?なんか最後ディスってね?まぁ、いいか。事実だし。」)
よし!せっかくスキルを身に付けたのだ。使ってみない手はないよな。
最初は何から行こうか。
ってそれはやっぱり竜だろ!竜人化!
(「竜になりたい……。」)
俺は心の中でつぶやいた。
……。
……。
何も起きなかった。
真剣さが足りないのだろうか。
竜…。そもそも見たことがないな。
この世界に存在する竜は、あの竜のことだろうか?
トカゲ姿で、火を噴いて、皮膚は鋼よりも硬い鱗でおおわれており、口には鋭い牙を持ち。
そして、最後には勇者とかに退治されちゃう奴…。
痛いのは嫌だな。
トカゲか…。俺はイケメンではない。酷い顔というわけでもないと思うが、生まれ変わったら違う顔に生まれたいと思っていた。
でもトカゲはどうだ?なりたいか?なりたいと思えるか?
まてまてまて、なりたいと思うんだ。真剣な心、真摯な心とでも言おうか。
クリ●ンでは筋斗雲に乗れないのだ。
ん?そういえば竜といえば空が飛べるんじゃないか?
いや、きっと飛べる!大空を!自由に!!
徐々にテンションが上がってきた。
俺は空を飛ぶことが子供の頃からずっと夢だった。
8歳の時、歌うことの苦手な俺は、音楽の授業をよくサボっていたが、『翼をください』を練習する時だけは授業を休まなかった。
10歳の時、「好きな偉人は?」と聞かれたときも、最初に浮かんだのは『ライト兄弟』だった。
あの頃の、純粋な気持ちが、今俺の中で暴れだす……。
(「うぉぉぉ!!」、「竜になりてーーーーー!!!」)
俺は心の中で叫んだ。
すると、肩甲骨あたりがムズムズし始めた。
痒いような、くすぐったいような、ちょっと引っ張られるような。
そして段々引っ張られる力が強くなってきたと思ったとき、背中の皮膚を突き破って翼が生えてきた。
背広も突き破っていた。
やった…。
成功だ…。
「竜になりてーーー!!」と強く思うことで、今私は竜人とやらになったのだ……。
俺は、自分の顔をペタペタ触ってみた。
良かった、どうやら顔は人のままだ。
身体に鱗も付いていないし、爪とか牙もない。
大きな変化は、漆黒の翼が背広から飛び出しただけだった。
あぁ、服を脱いでからにすれば良かった……。
そんなことを思い、俺は空高く舞い上がった。
俺の新しい翼で……。