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血まみれの中の希望  作者: 狼
2/2

過去

「おい‼︎この盗人め!俺の食料盗りやがって!ぶっ殺してやる!」

俺の祖国、日本が未だ他国との争いが絶えず、兵士の為に地元の村から僅かな蓄えを奪い、各地の町村の食料確保が難しかった時代の話だ。ー....あの頃は幼い子供には、厳しく残酷すぎる時代だった。ーそしてそれは今も変わらない。ーーー「違うだろ!この木は自然の物だ。みんなの食料だ!これは!」ボロボロの衣服を身にまとい、飢えている少年が叫ぶ。ガリガリに痩せた腕には、ほんの僅かな柿の実を抱えている。しかもまだ熟成してない渋柿だ。「うるさい!ここら辺はよく知っているから、ここは俺の庭のようなもんだ!だからこれは俺の柿だ‼︎」同じように飢えた男もたった少しの果実を手放したくないために、幼い子供に筋の通っていない理屈を怒鳴り散らし、強引に食料を奪い取ろうとする。「はぁ⁉︎そんな理屈、犬っころでもおかしいって分かるよ!そんな事小さい子供に諭されないと分かんないのかよ!」自分を詰る口調に、男の顔がカッと赤くなる。男の拳が宙を切り、少年の脳天に落ちる。殺す勢いで落ちた拳は、少年の脳をグラグラと揺り、少年はいくつか星が瞬いたのを見て、何が起きたのかも分からずに、視界が真っ暗になり埃っぽい地面に倒れた。「凪兄!」側の茂みから、前髪を頭の上で縛った、6才ほどの女の子が飛び出してきた。

それがきっかけで、今までどこに隠れていたのか分からないが、小さな子供ーーこの頃では、珍しくもない孤児ーーがたくさん飛び出してくる。「凪兄!どうしたの?」「...大丈夫?ねぇ、起きてよぅ....」「凪兄死んでないよね!」まぁ、よくもこの戦争の真っ只中。

これだけの孤児が生き残っていたものだ。それに、そんなに飢えているというわけでもない。少なくとも健康そうなふっくらした体つきをしている。なぜこんなに健康な子供がたくさんいるのか、男は不思議そうに目を見開いていたが、ふいに足元に倒れている少年を見ると、合点がいったように、大きく息を吐き出した

すると倒れた少年を心配して駆け寄ったあの女の子がキッと男の方を睨む。「酷いよ!おじさん!凪兄、痛かったはずだよ‼︎子供、殴っちゃダメだよ!」すると

また子供たちがこの女の子に釣られ、子供たちの大声の非難。耐えきれなくなった男は「うるせー!」と叫ぶと、食料を持って逃げ出した。「いち姉....お家に帰って早く凪兄。治してあげて」ふと女の子ーー...いちかが足元に目を向けると、健という泣き虫の男の子がいちかの裾をギュッと握って、泣きそうな顔で訴えた「凪兄...昨日も、一昨日もその前も....ずっと怪我してくる...本当に死んじゃいそう....」ついに堪えきれなくて、大きな瞳の隙間から涙がポロポロ溢れ出した。

次第に悲しみが伝染して他の子供たちも、泣き始めてしまった。まだ6歳のいちかも大きな声をあげて泣きだしたかったが、唇を噛み締めて、幼い子供たちを混乱させないように努めながら小さな手でさらに小さな手を引いて、安全な『家』へと向かった。ーー...怪我した少年、凪を何とか背負って。《凪兄がいない時はいちかが頑張ってみんなを纏めないと....!凪兄がいなくても安心させられるように》 *

戦争というものは残酷で、誰に対しても厳しい。戦争に勝つため、兵士の食料などをひもじい子供が居ても

無理やり搾取するのだ。貧しい村から。そんな搾取から逃げるため、孤児の子供達が『家』と呼んで、生活している荒屋がある。元は馬小屋か、家畜を飼っていたらしく、藁がまばらに散乱して、獣臭さはあるが

住居としてはこの時代にしてはありがたい物だった。

この小屋を使用していた人物は、人と交わるのが嫌いだったのか、山の麓近くにそれはあって滅多に人は近寄らなかった。夏は山に入って、涼むことも出来たし

冬になれば、落ち葉をどっさり持ってきて、床に敷いて温度を保っていた。食料は山で兎や、木の実をとってきて食べたり、先ほどのように少し距離の離れた集落に足を運び、食料を盗んでくることもあった。

子供たちはその時に凪が見つけて連れてきたものだった。しかし凪はそのことについて歯痒く思っていた一面もあった。凪は子供達の中で最年長で、年は11歳。

その幼さ故、自分よりもっと小さな命を見つけても、どうすることも出来ないのだ。一度、食料を盗んで『家』に帰る途中、その集落で赤ん坊を見つけた。その赤ん坊は薄汚れた布に包まり、弱々しい泣き声をあげていた。瀕死の状態だった。凪はもちろん慌てて『家』に連れて帰ったが、赤ん坊が空腹なのに気づくと困ってしまった。赤ん坊には今すぐ、温かいお乳が必要なのは分かるのに、頼れる大人が周りに居なかったのだ。赤ん坊の命が風前の灯火なのを見た凪は、またあの集落に戻った。この時代どの集落でも孤児は暖かく迎え入れられてもらえず、忌み嫌われていたが、もしかしたらお乳が貰えるかもという淡い希望を抱いていたのだ。しかしどの家でもやつれた顔の男、女、それか年寄りが出てくると、うざったそうに苛立ったように追い返されてしまう。誰も親身になって凪の訴えを聞いてはくれなかった。次第に日がくれ、凪はとぼとぼと『家』にとんぼ返りする。細い腕で小さな身体を抱いて、凪が狼狽していると弱々しかった泣き声が止んだ。てっきり疲れたのか眠ってしまったのかと思っていたが、他の子が「凪兄、泣いてないけどこの子大丈夫なの?赤ちゃんは泣くのが仕事なのに」という他の子の声に慌てて赤ん坊の様子を見ると、微かな呼吸の音、心臓の音さえしなかった。体も冷え切ってしまっているー...凪が初めて『死』というものを間近で見た瞬間だった。赤ん坊の亡骸は悩んだ末、あの集落の近くに埋めてやった。お母さんがそこに居るのかも分からなかったが、自分の生まれた場所にこの子も居たいかも、と思ったからだ。それから食料を盗りにいく時は今ではわざわざ飢えている孤児を探すことはなくなった。『家』で待っているみんなが本当の家族なのだと割り切ったのだ。みんなを助けるだけで自分は手一杯だし、...二度とあんな恐ろしい想いはしたくないから。 *

「凪兄....?」ぼやける景色が最初に見え、瞬きをゆっくりと繰り返して目の上に余分に溜まった水滴を落とす。それと同時にゆらゆらと揺れるぼやけた人影が、いちかだと気づいた。「良かった....気づいたんだね」いちかが疲れたように笑った。『家』の外は暗くなっており、なぜこんなに時間が経っているのだろう?と痛む頭で考え、集落に食料を取りにいき、飢えた男と揉めたことを思い出した。「....あの後...俺は.....」額を抑えながらいちかに問いかけると、いちかはため息をついた。「あのおじさん怒らせて、殴られたんだよ頭を。嫌というほどね」どこか冷めた目で見られ、意味が分からずに首を傾げていると、苛立ったように眉間に皺を寄せるいちか。「....こぶ、出来てるよ」濡らした布を痛みが酷い所に当てられ、「い....ッッ‼︎」と悲鳴を上げそうになるが、手を口で塞がれ我にかえる「みんな...寝ちゃったから」ふと周りを見渡すとみんな布団と呼べるかも分からない汚らしい布にくるまってぎゅうぎゅう詰めになって寝ていた。「そういえば俺はあっちで気を失って、どうやってここまで来たんだ?」と、冷たい布をあまり痛みを感じないようにずらしながら、いちかに問いかけた。「.....いちかたちで凪兄を、ここまで運んできたんだよ。おんぶして」「...大丈夫だったのか?俺を殴った奴に.....襲われなかったか?」「ううん。おじさんはそのまま逃げたよ.....それよりこれ」いちかは凪の前に、何か細い片のようなものを差し出した。「....これ、何?」

いちかがまた苛立ったように、荒々しくため息をつく

「鹿の干し肉!良いから早く食べて」こんなに怒ったいちかをみたのは初めてだった凪は戸惑ってしまった

「...いや、俺今日食料持って帰れなかったから、いちかが食べろ。それに冬になってきてるから、森の木の実なんか熊に食い尽くされてるだろ?その蓄えが必要だからみんなで分け合って.....」「凪兄。いちかたちは少しくらい食べなくても大丈夫。凪兄最近食べてないでしょ。そんなに痩せてるのみたら、誰でも分かるよ」

切実に訴えてくるいちかの抗議に、何も言えなくなる

「いちかたちにばっかり、分けて自分の食べる分がないんでしょ?そんな状態のくせに、最近他の集落に行く機会も増えてるから...見つかって色んな人に叩かれたり、殴られたり、蹴られたり...いちか、凪兄のために何も出来ない自分が嫌なの!全部一人でやろうと思わないで....いちかや健や、みんなを頼ってよ!」今にも泣き出しそうな声で言われ、凪は干し肉を手にし黙々と口に運んだ。しばらくぶりに食べたそれは、格別のご馳走だった。「ごめん。いちか...もう無理はしないように気をつけるよ....」干し肉を食べ終わった凪がそれだけ言うと、いちかは「うん!」と満面の笑顔を見せてそのまま眠る準備を始めた。「おやすみ...」いちかが小さく呟くと、「ああ」と優しく頭を撫でて凪はいちかが眠るまで見守った。凪はいちかが眠りにつくと、『家』の中に冷たい風が入り込まないように気を付けながら、外に出た。外の空気は小さな身には痛いほど、冷たく風も吹いていた。闇に染まった空は雲がない快晴のため、月の子供、綺麗な星たちが姿を見せていた。凪は黒い瞳に決意を込めてこう呟いた。

「みんなは、俺が守る....それが俺の....」ゆっくりと星たちを眺め、決意を語り聞かせるようにこう言った

「使命なんだから」 *

本格的な冬がやって来たが、いちかとのわだかまりがなくなった凪の心は晴れていた。みんなが幸せに過ごせるように、今の生活を守るのが自分の仕事と思っていた凪は目的は今のところ果たされていて、満ち足りていたからだ。

真っ白な雪が全てを飲み込むように降り始めていた。もちろん、凪たちの頭上の空からも雪は舞い降り、森を美しく白く染めていた。『家』のなかではみんなで固まって、寒さを防ぐ様々な工夫を施していた。秋のうちに拾っておいた落ち葉を敷き詰め、集落に行った時に食料と一緒に盗んだ冬の衣服を来て、自分たちから、今も未来さえも奪う残酷な大人たちの手から、自然の脅威からも逃れて、彼らは必死に生き残っていた。けれど命が危なくないと感じたからなのか、油断してしまっていた凪たちに、汚い悪に染められた手は、着実に伸びていた。それは凪が山に白ウサギを探しに行った時のことだ。石で削って先を鋭くした強度の高い木の枝を持った凪は、いつものようにみんなに外に出るな、という注意をした。みんなは可愛らしい笑顔で「はーい!」と答える。

「いいか?外の様子がおかしいな、と思ったらすぐ外に出て逃げるんだぞ。そのためにすぐ出れるように服を来て準備しておくんだ、ここは山の麓だけどここまで来る人がいないとは限らないからな」うん、と頷くみんなを満足そうに眺めて、凪は出かけた。普通は『家』が見える範囲で、森に狩りをしに行ったり木の実を取りに行くのだが、最近なかなか食料が手に入れられない焦りから、今日は『家』が見えない遠くまで白ウサギを探しに行った。....凪も注意を促してはいたがやはり、こんな山に近い所、自分たちに悪意がある人間の手は届かない場所だと思っていたのだ。しかし、そんな思い込みが破滅の道へと、誘うのだ。 *

「やった!」白い毛皮にキラキラした雪が付き、首元からはまだ温かい鮮血が流れ出している、白ウサギを手に入れた。白ウサギは雪景色と紛れて、見分けがつかないが、森に慣れている凪は何とか捕まえることが出来た。丸々と太ったウサギの首筋に噛みつき、ちゅうちゅうと赤い血を吸う。いちかと衝突した日、考えを改めて、凪は最近はちゃんと食べるようにしている「美味しい!よし、今日は『家』で宴の準備をしなきゃ!みんな喜ぶだろうなぁ....」みんなの喜ぶ顔を思い浮かべながら、微笑んでいるとふいに風向きが変わったこちらが風上になり、変な匂いがしてきたのだ

「何だ....この焦げ臭い匂い.....まるで、落ち葉が燃えたような.....」凪の顔がサーッと青ざめる。気づいた時には体が勝手に動き出し、走り出していた。

獲物のウサギなんか、放り出して。「はぁ...はぁ....はぁっ」息切れが激しくなり、心臓は体の中を飛び跳ねすぎて、口から飛び出してしまいそうだった。無情に行く手を塞ぐ細い枝が、顔や腕を叩き、血が流れる。

履いている靴は、走るのには向かないもので、もどかしくて裸足になり、走った。冷たい雪の上を裸足で歩くとすぐに冷たくなった。あまりの冷たさに真っ赤になってくる。「はぁ.....はぁ...はぁ....はぁっ...嘘だって....言ってくれよっ!」しかし、頭の中に浮かんだ最悪の出来事を裏付けるように、焦げ臭い匂いはどんどん濃くなっていく。ーー...凪が今向かっている『家』の方角から匂うのだ。橙色の光が、目に映った。まるで、炎のような明かり。焦げ臭い匂いは黒い煙に変わり、目を痛くさせ、喉に入り込み、苦しくさせる。煙のせいで涙を流しながら走り続けていると、木と雪だけだった景色が急に視界が開け、足元の雪が急に崩れた。「うわっ‼︎」凪は体を投げ出され、冷たい雪を全身に被った。「ううっ.....」痛みに呻きながら、体を起こすと、やはり頭の中に浮かんだ最悪の事態が目の前に現れた。ーー...『家』が炎に包まれていたのだ。「ああぁぁ.....そんなぁ.....!」凪は自分の見ている光景が信じられなかった。もしかしたら狩りに出かけたのさえ夢で、今頃あの『家』の中で、幸せそうに眠っているのかもしれない。でも炎が発する熱気はじりじりと自身の頬を熱くしているし、全身雪の上に激しく転んだため、鈍く痛む。その痛みや熱さがこれは現実なのだ、と教える。凪の思考は停止しパニックになり、何をすれば良いのかわからなかった。

ただしかしこの恐ろしい事実だけは、目の前に転がっている。この山の麓にある荒屋に悪意を持った奴が火をつけて燃やしたことだ。小さな子供たちには危ないと、凪は自分で習得した自然を使った火の起こし方を教えてはいなかった。だからいちかたちが火を付けたかったら、誰かから火種を貰うか、自分たちで火種をつくるしかない。しかしこの荒屋は人からは、遠く離れているし、火をつける技術がない、いちかたちには火種もつくれない。だからこの荒屋が炎に包まれているのは、汚い大人の仕業なのだ。あぁ....熱気と悲しみのせいで、じわりと涙が滲む。でもこんな所で泣いてちゃだめだ。火を付けた奴がそこら辺に隠れていて、自分の事を嘲笑っているか、殺そうとして隙を伺っているかもしれないが、自分には自分で出来ることがちゃんとあるんだから。そう、胸の内で呟くと、凪は分厚い上着を脱いで、最低限の衣服だけ身につけた。

《みんなを助けに行かないと‼︎》そうして、暴れる炎の渦の中に飛び込んだ。『家』は酷いものだった。

炎がさっそく凪を焼き殺してしまおうと襲いかかり、体に爛れた火傷の跡や、黒い焦げを付けた。今まで経験したことのないような痛みが走り、目ん玉もあまりの熱さに溶けそうになる。あまりの痛さに悲鳴をあげようとすると、さっそく熱気が忍び込み、喉を焼いた

凪は涙を流しながら頭を振りながら、痛みに何とか耐えようとする。しかし、もくもくと立ち上る有害な煙は凪の呼吸すら妨げ、体の自由を奪おうと蝕んでいくそれに炎に侵食された木の柱がメキメキッと嫌な音を立て、倒れてきた。凪の目の前に倒れた柱は、凪の真上に落ちていたら、その小さな体など楽に押し潰しただろう。しかし、みんなの所に進めなくなってしまった。死にそうな程の激痛の中、何とか身体を引きずってきた凪は、もうダメか....と死を覚悟したが、それでも蚕が紡ぐ糸より細い希望に何とか縋りつき、大きな柱を乗り越える。柱を乗り越えると、メラメラと炎に包まれた布団が現れた。 凪は最後の力を振り絞り、

布団を掴むと、外に引っ張っていった。熱気にさんざん弄ばれ、死の間際まで追い込まれた凪には冷静な判断力が失われていた。そもそも大人でも、炎に包まれた家に飛び込み、火だるまになりながらも意識はある、ということはあり得ない。凪の人間離れした力は、第三者の目から見ると異様にその力は映った。なんとか布団を外に引きずり出した凪は雪の上に倒れ、焼けただれ、桃色の肉が見えている皮膚に必死に雪を擦り付けた。尋常ではない痛みだろうが、凪には痛覚が鈍くなってしまっていた。「熱い....熱い...熱いぃ....死ぬぅ......殺さ....ない....で...」半分溶けた目を見開きながら、天に真っ黒に焦げて、指がなくなった左手を突き出した少年は痛みに苦しみながら、気を失うことも死ぬことも出来ず、普通の人が想像も出来ない苦しみを長い間味わった。「ああああああああああああ.....」

地獄の底から湧くようなおぞましい声を発しながら

凪は雪の上をのたうちまわった。迫り来る炎の幻覚が見え、恐ろしさのあまり目の中に指を突っ込んで、引っ掻き回す。凪は激しく痙攣した後、意識が途絶えた

* .........全身が鈍い痛みに包まれている。息を吸い込むだけで、喉が熱湯をかぶったような痛みに襲われる目を見開き、喉を抑えながら喘ぐ。あまりの痛みに気がふれてしまいそうだ。しかし呼吸を持続させないと死んでしまう。痛みと向き合いながら少しずつ冷たい冷気を吸い込み、吐き出し....何とか痛みに慣れた後。

上半身を起こすと、激しく咳き込む。痛い。とてつもない痛みが体を侵食してしまったようだ。左腕が変な方向に曲がり、右脚がじんじんと熱を持っている。

「くそっ.....折れてるのか...!」痛みに歯をガチガチ言わせながら、折れている右脚を庇いながら何とか立ち上がる。目の前の『家』は原型すら留めておらず真っ黒い塊がそびえているだけだった。「あぁぁぁ....健....いちか......みんな...」やんちゃな子供達の笑顔が脳裏に浮かんでは、消えていく。周りを見渡すと、自分が身を投げ出してまで引きずってきた『家』と同じ真っ黒な布団の塊を見つけた。「うぅぅぅ....みんなぁ....」虚ろな目で自分の「家族」の名を呼びながら塊に手を伸ばし、剥いで中身を確認する。中身をみた凪は息を詰まらせた。黒焦げになった3人の子供のような塊が無造作に転がっている。「そ....そんな....」サアッと顔が青ざめる凪。その時、コロンと丸い何かが凪の目の前に転がってきた。それを震える手で爪むと、

黒いすすで汚れた目玉だということに気がついた。

「うわあああああああああああ‼︎」叫び声が自分のものだとは、あまりにショックを受けていて凪は気がつかなかった。 * 満足気に帰っていく、男たちの耳に、幼い子供の悲痛な叫び声が聞こえてきた。皆声を出さずに、ギョロ目を動かし、あの叫び声は何だとお互いに聞く。声の正体を誰も知らないのに気づくと、くるりと振り返って、先ほど放火した荒屋に戻っていった。足音に気をつけながら静かに新雪の上を移動する。だんだん荒屋に近づいていくと、またあの叫び声が聞こえた。群れを殺された肉食動物のように空気を震わす、悲しみ、憎しみ、怒りに染められた叫び声は男たちの身体中の血を凍てつかせた。あんな叫び声は聞いたことがない。さらに警戒して進んでいくと、黒いザラザラした樹皮の木がなくなり、視界が開ける。真っ黒に焦げた家の残骸の傍に、真っ黒い人のような塊を腕に抱いて、少年が泣き叫んでいた。男たちはその異様な雰囲気に呑まれ、思わず歩みを止める。ー....男たちはこの荒屋の近くにある集落に、食料を搾取しにきた国の役人だった。しかし度々薄汚い格好をしたガキがその集落の貯めていた食料や衣服を奪っていくため、激怒していた。しかもそのガキは正体も分からず、小賢しい小細工を仕掛けられうんざりしていた。そこでもしかしたらガキが食料を持ち帰る場所にたんまりと食料があると思いその子供を殺そうと考えた。凪たちにとって不運だったのは、凪が遠くまで狩りをしに行ったこと、自分たちの幸せがいかに脆いかを自覚していなかったことだ。国の役員の男たちは、中に子供の気配があるのは気づいたが食料はないと気づき何の躊躇もなく火を放った。悪意が篭った小さな火種を......男たちが戻ってきたのは子供達の残党を殺すため。だからさっさとその刃を、子供に突き刺せばいいだけのことだったのだが、男たちは動けなかった。辺りに焦げ臭い匂いと、緊迫した空気が迫ってくる。ふいに凪が立ち上がった。男たちは武器を構える。凪は男たちには気づいておらず、ひび割れた唇が何か言葉を紡いでいる。男たちが用心しながら言葉に耳を傾けていると、恐怖が男たちを飲み込んだ。凪はこう言っていた。「みんなは注意してたはずなんだここら辺には悪意がある大人たちも来るってちゃんと分かってたはずなんだでも俺が1番事の重要性を分かっていなかった心のどこかで大丈夫って思っててみんなしっかりしてるからってでもみんなまだとても小さな子達だったんだそれが生きたまま火に囲まれた家の中に放り出されてどれだけ熱かったと思う?どれだけ長い間痛みや苦しみを感じていたんだと思う?どれだけ俺の助けを待っていたんだと思う?この子たちはもともと親に捨てられた子供たちなのに火に包まれて真っ黒焦げになりながら今度は俺に捨てられたと俺のことを酷く恨んで死んでいったよね?俺はみんなを守ると誓ったはずなのに守れなかったみんなを最悪な形で死なせた俺があの火の中で焼かれて死んでしまえば良かったんだでも俺は生きているなんで現実は残酷なんだ俺はただみんなが幸せになれる暮らしだけを望んだのに誰にも邪魔されない場所で静かに暮らしていたはずなのになぜ俺から幸せを奪うんだ?俺が一体何をしたって言うんだ....」「それはお前が人の食料を盗んだからだ」男たちが木の陰から音もなく現れた。「人から大事な食料を盗みやがって...!お前らに幸せなんかあるはずないだろう、お前らは小汚い身なり同様小汚く死ぬ運命だ」凪が振り返った。顔色が死人のように白くなり、拳がブルブルと震えている。「お前らは小汚く死んでいくだと?どういう意味だ」凪が声を出した。その声は燃え盛るマグマように熱い怒りを何とか押し留め、そこから絞り出したような声だった。「今言った通りだ。俺たちから食料を奪ったお前らは罰せられる存在で、火に包まれた家の中で焼け死んでいくのは当然の報いだと言っているんだ」凪は俯いた。だらりと手が横に下がっている。「あんたらが奪われた食料はとても少ない量のものだったはずだ。なのになぜ家まで焼いたんだ」「こっちもいい加減腹が減ってるんだ。腹を満たすためなら孤児の一匹死んでも構わないだろう!」別の男が苛立ったように怒鳴った「ドブネズミのくせに!人様の食料、奪おうとするからこんなことになるんだ!ネズミはこそこそ卑しく、これでも食っとけ‼︎」男が足元の雪を掻き出して凪の顔にぶつけた。俯く顔にかかる黒髪に白い雪が付いて真っ白く染まる

凪が顔を上げた。その目は充血し、この怒りのぶちまける場所を探しギョロギョロ動いていた。「俺らは自分たちだけで生きていた!誰にも迷惑かけずに‼︎集落から食料を奪うのだって、とっても飢えている時だけだし、量も少ない!なのにこんな小さい子たちからなぜ平気で命を奪う‼︎お前ら、人じゃない‼︎」「うるさ!青臭い坊主のくせに何言ってるんだ!お前はどっち道死ぬんだ!こんな時代で幸せに生きられるはずないだろ⁉︎」そういうと男たちは武器を手にこちらに走ってきた。「お前ら....皆殺しにしてやる‼︎」そう叫ぶと凪は吠えて耐え難い憎しみと怒りをぶつけるため、前に飛び出した。跳躍して男の顔に怒りを込めて、拳を叩きつける。「がああ...!」叩かれた男は喚きながら武器を落とし、目を抑えている。抑えている掌の隙間から赤い血が溢れ出している。凪は男が落とした武器を

ーー短剣のような物を男の掌の上から何度も何度も突き刺した。「あぎゃあああ‼︎」男が激痛に耐えかね叫び、腕を振り回して身を守ろうとする。凪はその腕を掴むと短剣を手の甲に深々と沈めた。簡単に抜けないくらいに。「あああああああ‼︎」悶絶する男のこめかみを蹴り、叫ぶ男の後頭部を容赦なく、踏みつけ雪の中に顔面を埋める。真っ白な雪が赤く染まるのを見届けると、他の仲間の方に振り返った。なぜか仲間の男たちは尻餅を付き、顔は青ざめガタガタ震えていた。

「.....なぜ、襲ってこない」努めて冷静な声で言うとあることに気がついた。「まさか、戦いを知らないのか?」男たちの方に歩いて行くと一人がたまらず失禁し、その暖かそうな衣服を汚く汚した。「こんな....こんな間近で人が傷つくのも....血も見たことないくせに.....!あんな小さな子達は躊躇なく殺せたのか⁉︎こんな腰抜けのくせに.....!」凪の顔は憤怒で歪んでいた

凪は雪に埋もれて動かない男からもう一本短剣を奪うと失禁して動けない男の脳天に突き刺した。「アガやあああ‼︎」脳天を貫かれた男はさらに失禁しながら激しく痙攣した。ばたりとその男が倒れると、後の者たちは逃げ出したり、泣き出したり、ショックを受けて動けなくなったりと散々なものだった。凪は冷酷に残った者を苦しみを長く感じるような方法で殺した。

標的が居なくなると、凪はまだ何かを壊したい衝動を秘めた眼で周りを見渡した。「全員....死んだ...ッ!」

堪えきれずに凪は走り出した。頭が壊れた人のように大声で叫びながら。叫びながら、雪を蹴散らしながら凪は森の深い所に戻り、氷が張った湖の上に半ば、無意識で身を乗り出した。ハッと息を飲む音が辺りに響く。顔は怒りのあまり歪んだまま元に戻らず、返り血を浴びて殺人鬼のような顔になっている。爪に黒くなった血がこびり付いている。耳や鼻など出っ張った部分は火がついた家の中に飛び込んだせいでまだ、桃色に焼け爛れている。俺は荒くなった呼吸を整えながら左腕がよく見えるように衣服を捲り上げた。左腕は焼け死んだ子供たちのように真っ黒く焦げていた。ふいに折れていたはずの左腕と右脚がいつの間にか元に戻っていることに気づいた。もう右脚を庇わずに走れるし、左腕も変な方向に曲がっていない。「俺は.....化け物なのか.......?」湖に冷たく映る殺人鬼の顔を指でつつッとなぞる。「火だるまになっても死なない。俺た腕も脚もすぐに治る....一体、俺は何だ?人間じゃない、この顔も....身体も.......」凪はまた泣いた。 怯えて抵抗出来ない男たちを殺したことにより、自分も自分もあの男たちと同じだと気がついたのだ。あの男たちのギョロ目と自分のギラギラした目が重なる。凪の泣き声はすすり泣きに変わって、ずいぶん長い間辺りに響いていた。泣き疲れた凪は、守れなかった子供たちにずっと呟いていた。「俺もあいつらと同じになった.....汚い人殺しだ。けど気を失うほど大きかった怒りを一体どうすれば良かったんだ...?手を汚したってみんなは帰ってこないのに....ごめんな、守れなくてごめんな。ダメなお兄ちゃんで.....ごめんな....?」凪の身体を洪水のように大きな悲しみが揺さぶった。胸は短剣で抉られたように激しく痛んだ。凪は手の中にあの男たちの短剣が握られているのに気がついた。凪は胸の激しく鋭い痛みから気をそらす為に、この短剣の持ち主の血を雪で拭い落とし、煤で汚れた胸に、丸を描いた。痛みに歯を食いしばりながらも、丸を描き、丸の上にバツを描いた。誓いを破った者、人殺し、愚か者...自分なりに自分を戒めて、辱めるためにこの印を描いたのだ。この最悪な出来事は一生背負い続けなくては行けないからだ。ぽたぽたと雪の上に真っ赤な血が滴り落ちる。「俺は.....凪だ‼︎」凪は大きな声で叫んだ。「人殺しの凪だああああああああ‼︎」少年の叫び声は澄んだ冷たい空気の中に吸い込まれた。こうして幼い凪は死に、冷酷で心に深い傷を負った獣が誕生した。悲しみと怒りと苦しみに染まった『凪』が。





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