混乱
視界に映ったのは、多量の鮮血が飛び散る様子だった
その赤い体液が自身の者と認識するのに、長い時間が掛かる。服にじんわりと生暖かい血が広がって行く「は...?」口から漏れ出たのは痛みや驚きの悲鳴ではなく、ただただ困惑する声だけだった。痛みなどは感じなく嵐の前兆のように、心の中は無で満たされていた。「構ーーーーッ‼︎」地面を揺るがすような大声が聞こえ、拳銃を持った兵士たちが、俺を中心に取り囲むように並び手に持った銃を、銃口を俺に向けている。先ほど大声を上げた者が黙って右手を天に向ける。「ガチャガチャガチャ...」一斉に蹄鉄を上げる音が死を招く渦のように、周りで巻き起こる。
あと引き金を引くだけで銃口の先にいる者を、蜂の巣に出来るだろう。兵士たちに合図をしたがっしりとした体格の男はゆっくりとした足取りで俺の近くまで来た。男が足を止めたのは、俺から2メートルしか離れていないところ。腰に巻かれている皮のベルトに挟まっているナイフを取って、男の喉元にナイフを近づけ人質として兵士の気を引けば、逃げるまでの時間が稼げるかもしれない。しかし俺は動かなかった。これまで行ってきた数々の行いを悔いているわけではない
懺悔して、罪の意識を軽くしようとも思わない。脳裏にノイズが掛かったような途切れ途切れの記憶が蘇る
茶色のふわふわした髪がそよ風に揺れる。少女の後ろ姿がだんだんと鮮明に浮かび上がってくる。振り向いた少女はーー...血まみれで悲しそうな顔をしていた。妙に大人びて見える。「......ぎ....さ......ん...」少女は口を開いて声を出すが、掠れてか細い声は耳にははっきりと届かない。「....あ.....の....そ....く....すけ...あげ......ゴホッ」ふいに、少女は小さな体を折り曲げて苦しそうに咳き込み始めた。「ごほっ...ごほ...ごほっ」
次第に呼吸も苦しげなほど少女は咳き込む。「ごほっ...ごほっ.,,,あな....のな....ま....た...けて....っごほっごほっ....わた...もや....に....た....たいの....ごほっごほ」
少女の白いほっそりとした手に血がべったりと付く
少女は苦しいはずなのに、血を吐きながらも俺に何かを伝えようとする。〈やめろ!もう喋るな!〉俺は、手を伸ばして少女の口を塞ごうとしたが、発した言葉は水の中にいるかのように、ゴボゴボと水の泡に掻き消され、伸ばした手は少女に届かなかった。少女の足元には真っ赤な血溜まりが出来ている。少女は口元を覆っていた手を退かすと、唇の端にうっすらと微笑みを浮かべた。嘲るようなバカにするような笑みではない。全てを受け止めるうような暖かい笑みだ。
心臓を鷲掴みにされたかのような、激しい衝撃が身体中を駆け巡る。...こんなに幸せそうな微笑みは一体?少女の目元から一滴の涙が溢れ、頬を伝う。透明な涙は血のように真っ赤に染まり、足元の血溜まりにポトンと落ちて、どれが少女の涙か分からなくなってしまった。少女はもう悔いは無いというように、無邪気な笑みを浮かべた。次の瞬間、真っ赤な少女は姿を消し周りの景色が闇より深い黒に塗りつぶされた。俺は真っ暗な闇の中で堕ちるーー...。俺は深い闇を堕ちながら、ふと少女の名前を思い出した。口を開いて言葉を出そうとするが、やはりゴボゴボとした音しか自分の口からは漏れてこない。こんなところで、お別れなのか?少女の涙の意味を思い出す。少女もやはり別れの時が来たと確信していたのだ。だけど...俺は別れなんて迎えない。瀕死の状態でも生に無様にしがみつき、お前と過ごしたいんだ!だから勝手に行くな。...た........りた....せりた................。
「雫!」叫ぶと同時に銃弾が俺に向かって、まるで豪雨のように放たれた。