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 からあげ事件からおよそ半年後のその日、僕は、このいかにものんびりした田舎の少年といった感じの川田と、二人でランニングをしていたわけだった。土手の上の道は細かな砂利道で、土手の斜面は短い枯れ草で覆われていた。僕たちの進む左手には河原が広がり、水量の少ない鈍い色をした川が静かに流れていた。空は分厚い灰色の雲に覆われて、三月だというのにひどく寒かった。


 走りながら、時おり、川田が僕に何か話しかけてきたが、その度僕は「ああ」とか「うん」と気乗りのしない返事をして応対を済ませていた。この頃僕はボクシングの練習に疲れきっていて、この日も練習に行くのがだるく、元気がなかったのである。このランニングが終われば、またいつもと変わらない、マンネリ化した、辛いジムワークが待っている。それを思うと、僕は全くため息をつきたい思いだった。


 そんなことを思いながら僕はランニングを続け、折り返し地点の大きな橋が見えるところまでやってきた。そこで再び、川田が僕に、


「あの、関口さん」


と何か言いかけた時だった。


 土手の右側の斜面から、白い毛糸球のようなものがコロコロと這いのぼってきて、土手の上の砂利道を横切ろうとしたのである。それはちょうど僕の足に当たりそうになった。僕はとっさに足を横に避けてそれをかわした。


(なんだ、今のは?)


 なんとかそれにぶつかるのを阻止した僕は、すぐに立ち止まって後ろを振り向き、一瞬見えた毛糸球状のものがなんなのか、確かめようとした。川田も毛糸球に気づいたのだろう、僕と一緒のタイミングで立ち止まった。見ると――僕が通り過ぎたすぐそこの砂利道の上に、小さな白い猫がうずくまっていた。


「なんだ、猫か」


 僕は納得し、そうつぶやいて再び走り出した。すると、ここが純朴な田舎の少年の川田君の本領発揮だった。僕は再び数歩走ったが、川田が隣についてこないのである。僕がまた後ろを振り向くと、川田は一緒に走り出すどころか、すでに猫を抱きかかえていたのである。


「おい」


 僕が苛立ちながら声をかけると、川田は、


「関口さん、こいつめちゃめちゃ軽いですよ。このままじゃ死んじゃいますよ」


と言う。僕は川田のそばまで歩いて戻って、よくよく猫を見直した。猫は長袖のジャージを着た川田の腕の中で、ぐったりと目をつむっていた。川田の言うとおり、ひどく痩せこけた猫である。あばらが浮いて見え、そのあばらを小さく波打たせて静かに呼吸している。その毛はところどころ何かの液体でべとべとして、両目は目やにで覆われていた。


「死んじゃいますよって、どうするんだ」


 薄情な性格をしている僕は、練習に遅れるからほうって早く行くぞ、と言いたかったのだが、そう言うと自分の薄情さが後輩に分かってしまうので、がまんした。


「何かエサあげなきゃ、かわいそうに」


川田は赤ちゃんでも抱きかかえるようにして猫を大切にかかえ、その顔を覗き込みながら言った。


 僕は川田に気づかれないくらいの小さなため息をついた。練習に遅れるのは不本意だったし、もしこの汚らしい猫が伝染病でも持っていて、それを移されでもしたら事だと思ったが、薄情な人間と思われるのはもっと嫌だった。仕方がない、面倒を見てやろう、と決心した。


「わかった。でも練習もあるから、急がなきゃなんねえ。俺が走って学校に戻って自転車取ってくる。自転車のカゴに乗せて、とりあえず部室に連れて行こう。川田も学校の方に少しでも近づくように、そいつを抱きながら歩いてこい」


「わかりました。かわいそうになあ」


 川田は私の提案に素直に従いながら、そう言って猫にほおずりした。川田の頬が目やにで覆われた猫の目元にくっつきそうになったので、僕は密かにぞっとした。自分はなるべくこの猫に触らないようにしよう、と思った。


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