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神の原罪 -そらかける幼女天使の物語-  作者: 幻想艇
Story1 妖精のひそむ森
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邪悪な木の実

前回のあらすじ

天使の国を飛び出したイヴエルは、とりあえずエルフの住む大森林を目指すことにした。

 風がびゅうと流れる音を聞きながら、積乱雲の遥か上を南東に飛んでいく。進行方向を見ると、雪に覆われた雄大な天峰がはっきりと見える。天峰に着くまでは、空から見える風景はほとんどが海だ。


 それにしてもすごく平らだなあ。もう少し丸く見えてもいいのに。あ、胸の話ではなく海の話です。


 正面から吹き付ける風を感じる。

 雲の位置から考えると、多分高度一万メートル以上、速度マッハ三以上で飛んでる。俺が人間なら瞬間フリーズドライされていただろう。気持ちよく飛べるから別に良いけど、天使の体って不思議だ。


 あ、そうだ。ユーラス大陸。ふと思い出して空を見下ろす。エルフを助けに行く途中でちょっと見たいと思ってたんだ。


 ユーラス大陸は、空を見下ろしてすぐに見つかった。


 空に悠然と浮かぶ巨大な大陸、中心には森に覆われた大きな泉。泉から湧き出た水がいくつかの川を作っている。川は途中で滝となり、また川となり、最後に大陸の端からこぼれ落ちていく。大陸の外縁部には草原と花畑が広がっている。

 地球では見られない幻想的な光景だ。


 あと、森の中にいくつかの民家が見える。

 ……民家?


 こんなアクセスの悪そうな場所に誰が住んでるんだろう? すごく気になったが、無駄に時間を取るわけにはいかないし、もしかしたら神さまとか天使が住んでいて、アポイント無しで訪ねると激怒してしまうかもしれない。あとでガブリエルに聞いてみよう。話が長かった割に、ユーラス大陸に誰かが住んでるなんて教えてくれなかったから。


 ユーラス大陸の観光は後日することにして、俺は天峰へと向かう。頭の中にインプットされた地図を読み取ると、ユーラス大陸と天峰のあいだにはそれなりに距離があることがわかった。天使の国から出発して、ユーラス大陸に到達するまでの時間から考えると、推定で到着まで数時間ほどかかるだろう。距離にして大体一万キロメートルくらい。これは東京からロンドンまでの距離と大体同じだ。そう考えるとすごく遠い気がする。




---




 ――夕方。空が郷愁のオレンジ色に満ちる。

 目の前には、夕日に照らされた雲と大洋。壮大でノスタルジックな風景を見て、ちょっとだけ地球のわが家に帰りたくなった。もし今から地球に帰ったりしたらどうなるだろう? ……うん、きっと俺が元男子高校生だとは誰も信じてくれないだろう。ヘタをすると科学実験のモルモットにされるかもしれない。もうひとつの天国の門を見つけるまでは、取らぬ狸の皮算用ってやつだけど。


 空と海と山しか見えない退屈に耐えながら飛んでいくと、ようやく天峰に着いた。遠くからではわからなかったが、天峰のこっち側には崖がせり出している。しかし、人影どころか森すら見当たらない。天峰は植物の種子すらも通さないのか。それとも栄養がないだけかな? まあ今はどうでもいいや。それは今度天峰に沿って飛んでみて調べるとして。


 俺は雪に閉ざされた白と灰色の天峰へとそのまま突っ込んでいく。向かい風とは別に、前後左右から変則的なそよ風を感じる。

 天峰は確かに高いが、天使ならば余裕で越えられる高さだ。

 でもガブリエルいわく、人やエルフでは決して越えられない高さなんだとか。上位のドラゴンならギリギリ越えられるらしいけど。


 確かに眼下の天峰は高いだけではなく異様に広く、エベレスト級以上の山をさっきからたくさん通り過ぎている。しかもヒマラヤ山脈よりもずっと寒そうだ。登山家でもこの天峰を越えようとは思わないだろう。「なぜ山に登るのか? そこに山があるからだ」とか言わせない貫禄がある。天使と上位竜にだけ許された大自然の風景、夕日に照らされた天峰はとてつもない絶景だ。




---




 ――月の出る夜。あと十日ほどで満月だろうか。


 天峰の長いフライトを終えると森であった。夜の底が緑に染まった。高木に天使が止まった。そう、俺だ。夜に光り輝く俺がマッハ三で空を飛んでいったらエルフがパニックになりそうなので、夜はエルフ探しを中止することにしたのだ。


 エルフは昼行性だ。

 ただでさえびくびくしながら暮らしているのに、夜中に未確認飛行物体天使が突っ込んできたりなんかしたら大混乱におちいることは想像に難くない。


 さて、天使の高い視力を活かして森を見渡しても、視界には森しかない。この世界の人間はいったいどうやってエルフを見つけて捕まえてるんだろう。GPS魔法とかあるんだろうか。というかよく考えたら俺は魔法を使えるのだろうか。試しにやってみよう。


「じーぴーえす」


 獣の声さえしない静謐な森に、場違いな俺の声が響く。何も起こらない。やっぱりRPGのようにはいかないか。


 魔法名を唱えるだけではだめだ。きっと魔法にはイメージが必要なのだろう。


 地面に降り立ち、森の少し開けたところに移動する。


 そして地面に向かって飛ぶ火の玉をイメージしながら唱えてみる。


「ふぁいあーぼーる」


 何も起こらない。


「ふぁいあーあろー、うぉーたーうぉーる、すてーたすおーぷん、れーざーびーむ……」


 やっぱり何も起こらない。イメージしながらいろいろ試してみても、魔法は一度も発動しなかった。


 舌足らずな発音が悪いのか?

 今度は流暢な英語(自称)で発音してみる。


「ずぃーぷぃーえしゅっ」


「……というのは、理ろん物理学が生活にこうけんした有名な例で、あるべると・あいんしゅたいんがせんきゅーひゃくじゅうごねんに発表したいっぱん相対性理ろんにもとづき……」


 相変わらず何も起こらないし、だんだん恥ずかしくなってきたので、難しそうなことを言ってごまかした。今の俺を見ているエルフがいれば、きっと賢い天使だと思ってくれるに違いない。


 とりあえず、今のところふぁんたじーな魔法が使えないことはわかった。

 じゃあ次の実験だ。なにか食べてみよう。俺は好奇心のおもむくままに、その辺の名前も知らない木から謎の木の実を適当にもぎとる。


 さて、この木の実はじつに毒々しい色と形をしている。地獄の炎のように禍々しい赤色、粘土を適当にこねくりまわしたような名状しがたき造形。


 俺が人間だったときならば、餓死寸前でも絶対に手を出したりはしないが、天使である今ならば大丈夫だろう。多分、きっと、恐らく。


 木の実を鼻に近づけると、絆創膏みたいな臭いがする。俺は思い切って木の実を口に運び、かじりついた。しゃくっ。リンゴみたいな食感だ。


 ……うゎ、まずぃ。


 パセリサラダにコーラと牛乳とミートソースを混ぜたドレッシングをかけたような味がする。百点満点で言えば……ゼロ……いや、この木の実は存在しなかったことにしよう。


 俺はそのクソフルーツを地面に叩きつけて全力で踏み潰した後、一時間ほどダンゴムシのように丸まって悶絶した。




---




 あの邪悪な木の実のことは忘れて森をうろついていると、やたらと高い木を見つけた。

 明らかに森林限界越えてるのに、高さ十メートル以上もある。すごい、ファンタジーだ。


 木には少し雪が積もっている。

 俺はその木の一番上に飛び乗る。

 雪混じりの木のてっぺんに止まった天使。

 この絵面はクリスマスツリーだ。

 しかも天使は光っている。

 イルミネーション機能付きだ。

 素敵。

 もちろん索敵さくてきも欠かせない。

 いつどこから敵が襲ってくるかは誰にもわからないのだ。













 ――森に到着してから三日後の夜明け。夜の闇が徐々に晴れてゆく。


 この森の探索を開始してから三日と少しが経った。俺はいまだエルフを発見することができていない。魔法使えないし、夜の間は探索できないし、この森やたら広いから仕方がないのかもしれないけれど。


 標高が低くなるにつれ、周囲には樹高百メートル以上の木とかもちらほら見えてきて、いい感じにエルフが出てきそうな雰囲気が漂っていると思う。ちょっとくらい姿を表してくれてもいいと思うんだけどな、エルフさん。


 ああ、夜が明けない間はすごく暇だ。

 しりとりでもしよう。

 しりとり、りんご、ごりら、らくだ、だんご、ごり……


 (中略)


 ……枝、抱きまくら、ラブソング、グリコーゲン、ンゴロンゴロ保全地域。しりとり飽きた。


 インターネットのないひとりぼっちの夜がこんなにも長いとは。地球で過ごした最後のクリスマス以来だ。そう、あれは連続童貞歴十六年の記録を死守した時のこと……ん?


 向こうに火が見える。

 ここから近い森が燃えているのか。山火事?


 いや、ここからではよく見えない。

 もしかしたらエルフが人に襲われているのかもしれない。急ごう。


 朝と夜の狭間、薄明のベールを引き裂いてひと筋の光が走っているように見えるだろう。


 俺は最高速度で空を駆ける。同時にできる限りの索敵を展開。普段は人と同じ程度に制限している天使の五感がフル活用され、頭に大量の情報が流れ込む。本当に自分が世界の一部になったような感覚が、俺を恍惚とさせる。


 燃えている地域に近づくにつれて、状況が見えてきた。


 ドラゴンだ。

 赤いドラゴンが森を焼いている。

 そしてその背には人が乗っているようだ。

 焼畑? ただの森林破壊?


 違う。空にはうろたえて飛び回るエルフたち。

 恐らく妖精王国アルヴヘイムの里のひとつがここにあるのだろう。


 エルフは次々と森から飛び出してくる。それをドラゴンたちが襲い、飲み込んでいく。

 人がエルフを捕まえるとき、ドラゴンに一度飲み込ませてから吐き出させるという。だから多分死んではいないと思うけど――


 そうして考えている間にも、ドラゴンとの距離が十キロメートルまで近づく。


 ……さて、どうしようか。

 どうやって戦えばいいのかわからない。


 魔法は使えないし、身体能力を活かしてドロップキックでもしてやろうか? いや、ドラゴンの中にいるエルフごと消し飛びかねない。それに、弱きものを護る使命を持つ天使がドラゴンを虐殺したりしていいのだろうか。それじゃ弱い者いじめになるんじゃないか?


 できれば殺さずに捕まえたい。その後どうするかは人の話を聞いて決める。自分でもきれい事だとは思うけど、天使がきれい事を言わなくなったらそれはもう天使ではないだろう。


 とりあえず状況を整理すると、俺には攻撃手段も捕獲手段もない。ただ空を飛べるのと、体が敏感なだけ。天使といったら弓とか使って戦うイメージだが、武器なんて持ってない。弓矢は暇な夜の間に作ってみたけど、三メートルしか飛ばなかったから諦めた。


 天使の力の根源、魔法の使い方もよくわからない。ガブリエルは話の中で、"天使は世界の一部であり、ある程度世界を自由に改変する力を持ちます。これが魔法です"とか長話の中で言っていたが、肝心の使い方はまだ教えてくれていなかった。ああ、俺はばかだ。慌ててヘヴンを飛び出したりしなければよかった。そうすればガブリエルに戦い方を教えてもらってたのに。


「グギャァアアアア!!!」


 一匹のドラゴンが俺を見つけて咆哮する。どうやら、うだうだ考えているうちに見つかってしまったようだ。


「白い翼、輝く光輪……天使だ!」


 俺に一番近いドラゴンに乗っている、赤い全身鎧らしきものを着た人も俺に気付いて叫ぶ。


「っ……! 全軍撤退しろ!」


 赤鎧の人の叫び声を聞いて、一番大きいドラゴンに乗っている、胸に黒い翼のペンダントをかけた隊長らしき人が命令を下す。


 まずい。ドラゴンが逃げてしまう。逃げられたらエルフを取り返せない。どうしよう、交渉してみるか? 俺は飛んできた勢いのまま、隊長らしき人の目の前まで移動し、急停止した。そして天使らしくにっこりと微笑んで、人の言葉で言った。


「エルフを解放してください。何の理由があってこんなことをしたのですか?」


「……!? ああああああ!」


 隊長(?)は俺の顔を見るやいなや大声で叫び、ドラゴンを思い切り方向転換して逃げ出してしまった。

 逃げないでよ。


「誰か、誰か助けてくれ!!!」


 隊長が助けを求めても、皆必死なのか誰も助けにこない。あのドラゴンなんか、この期に及んでまだエルフを捕まえようとしてるし。

 ちょっとだけ同情したくなったが、エルフを襲ったことは許さない。俺は逃げた隊長を追いかけて、背中からやさしく抱きつき、耳元で囁く。


「大丈夫です、殺したりはしませんよ」


「……」


 これでもう逃げられない。"わかった、エルフを開放しよう"と答えてくれるまで絶対離さない……あれ? 気絶してる。おかしいな。


 周りを見ると、ドラゴンは散り散りに逃げようとしている。

 ええっ、どうしよう。

 頭を悩ませていると、ふと頭の中でだれかが語りかけてきた。


 お馬鹿な天使ですね。

 

 うるさい。というかお前は誰だ。俺は二重人格にでもなったのか? 


 ……わたしの名前は、"神の原罪"。


 わあ、すごくかっこいい名前だね。


 うるさいっ、戦う力が欲しいんじゃないの? わたしが導いてあげる。

 

 欲しいけど、どうすればいいの?


 簡単だよ、わたしに体を貸して。

 

 そしたら俺の意識が消滅したりするんじゃ?


 ――ちょっとはわたしを信じてよ。わたしは貴方なんだから。


 思考が急激に侵されていく。まだ頭の中の声が何者なのかも分からないのだから、簡単に受け入れるわけにはいかない!




     ○




 慣れ親しんだ貧相で小柄な体。ちょっとだけ懐かしい感じ。わたしは抱き締めていたヒトを適当に投げ捨てる。


 さて、ヒトを無力化しよう。わたしは約束を守る天使だから。


天使(エンジェル)(セント)イヴエルが命じます。すべてを捧げなさい』


「っ…!」


 そのドラゴン、ヒトらをわたしのものにする。天使は世界の一部であり、世界をわがままに改変する力を持っている。わたしのものにした世界の一部をどう扱おうと、わたしの勝手。


『停止しなさい』


 いきなり体が動かなくなり、口を開くことさえできなくなるヒトとドラゴン。もちろん彼らは落下し始めるけど、問題はない。


『風は彼らを受け止め、火は鎮まりなさい』


 意思ある風が吹いて、ヒトとドラゴンを受け止める。

 燃え盛っていた火が、嘘のように消えさった。

 

 これでもう大丈夫。

 次はエルフ。

 周囲を見回すと、あるエルフと視線が合う。

 っ……記憶を少しだけ読ませてもらおう。


『お願い、少しだけ記憶を――』

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