約束は転生と共に <Epilogue>
逃げるひとりの妖精を鳥の魔物が追いかける。
羽ばたくエルンは風向くままに木立を縫って飛んでいく。
薙いで、くぐって、木陰に隠れて見つかっちゃったらまた逃げる。
時は夕刻・クリスマスイヴ。混じりけなしの逢魔が時に魔物と彼女の鬼ごっこ。
冷たい大気を切り裂いて彼女が目指すその先は、妖精の里ハーベスト。
緑あふれる平和の園へ、逃げるひとりの妖精と、鳥の魔物が飛んでいく。
「イヴエル……」
エルンが小さくそうつぶやくと澄んだ涙がきらきら散って、はためく髪は若葉色、お空に懸る満月の、静かな光に揺られてる。
葉がさざめいて闇が染み出し猛獣はびこる夜の森には、狂気を孕んだ月明かり。
洞窟内でのあの錯乱は夜風に吹かれて消え去った。
だけど小さな問いかけは、無限の恐怖と錯乱と、絶望だけに満ちていた。
彼女が見知らぬ異界から門をくぐって帰ってきた時、彼女は無理やり手を掴まれて彼女の母に囚われた。
彼女は辺りを見回して天使の姿を探すけど、彼女の大事な友達の小さな姿は見当たらない。
"彼女はきっと異界にいるはず"そう考えて母から逃げ出し門を開放しようとするけど、小さい妖精の体では押しても引いても開かない。
得意な精霊魔法すら聖絶内では役立たず。彼女の母は嘲笑って曰く、”ルシフェルさまを信じなさい。すぐに世界は生まれ変わるから”。
既に聞く耳持たないシルフィア。エルンは彼女を拒絶して洞窟外へと飛び去った。
逃げたエルンに怒りを覚えて魔物に追わせてやろうと考え、不死鳥たち呼び出して辺りに放った馬鹿なシルフィア。
妖精の愛した豊かな自然は、みるみるうちに燃えていく。まるでかつての再来のように。
エルンは不死鳥から逃げて、そして決して見逃さないように目を凝らす。
たった一枚の、天使の白い羽でさえも。
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「イヴエル……いま、あなたはきっとどこかで、自由に空をかけてるんだよね」
私の虚ろな声が、森の静謐な空気によく響く。
「ほら、私の翅、触りたかったんでしょ? いくらでも触っていいから――」
頬にひとすじの涙が伝う。
わかってる。私が、私が彼女を殺してしまったんだ。
私が捕まったから、イヴエルはきっと、私の代わりに……
いや、昔、彼女が語ってくれた。
一度死んだとしても、またいつか生まれ変わることができるのだと。
それなら、まだ望みは絶たれていない。
「――お願い、もう一度だけ、私に笑顔を見せて」
私は反転し、向き直る。
真後ろにはイヴエルと約束した時にふたりで植えた、リーン草の花。
いずれにせよ、ここを燃やされるわけにはいかない。
絶対に、他の誰かには指一本触れさせたくない。
それは私とイヴエルがまだ友達である証なのだから。
青く燃える不死鳥が迫ってくる。
すべてを焼きつくす永遠の炎が、すぐそこにある。
なのに、私は全然怖くなかった。
かつては、みんなの死を願ってしまったけど、今は。
「私が死んだ後もきっと、みんなが幸せに過ごせますように」
自然と、そう口にすることができた。
さあ、もうすぐイヴエルと会える。
私は空を見上げてその時を待つ。
夜だけど、雲ひとつ無い晴れ空。
彼女と一緒に飛ぶには最高の天気。
そして一枚の白い、羽……?
あるいは幻想だったのかもしれない。
それでも、私は振り返らずにはいられなかった。
――約束は転生と共に結ばれる
---
――約束する
そこには、ふたつの白い花が、互いを支え合うように生えている。
――もし、あなたが助けを求めるのなら
白い花の上に、白く輝く羽が舞い落ちた。
――私は、必ず助けに行く
大きくて真っ白な翼、輝く光輪。
――うん。約束だよ、イヴエル!
そして、天使は舞い降りた。
「お待たせ、エルン!」
End




