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神の原罪 -そらかける幼女天使の物語-  作者: 幻想艇
Story3 天使の白い羽
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天上の大陸

 わあっ、空がきれい。とっても青いし、透明。雲も白くてふわふわ。

 面白い形の雲がたくさん浮いてる。わたあめ、羽、飛行機、魚、かき氷。空にはなんだってあるよね。

 ふと、雲の向こうから、風がひゅーっと落っこちてくる。


「ひぁっ」


 とっても気持ちいい、風。春一番みたいな暖かくて強い風。

 なんだか、今日も良い一日になりそう♪

 すーっ、はーっ。深呼吸すると、少しだけ眠くなってくる。

 お日様がぽかぽか。空が青いから、わたしは仕合わせ。羽があれば、もっと仕合わせ。


 ……ここはユーラス大陸。天空に浮かぶ常春の大陸。天球で最も美しい場所。

 なんでわたしがここに居るのか、知りたい?

 それはね、"地に落ちたもうひとつのヘヴンズゲートを探して下さい"ってガブリエルに頼まれてたけど、つい寄り道しちゃったんだ。えへへ。

 やっぱり誰かに羽を振って媚びるのはわたしの性分じゃないし、仕方ないよね。英気を養うためって言えば、きっとガブリエルも許してくれるはず。


 わたしはユーラス大陸を見渡す。

 緑の丘が、陽の光を受けて黄金色にきらめいていた。草むらが波打って、豊かな大地の音色を奏でている。

 だけど、野をかけまわる動物たちや、喜びをついばむ小鳥たちの姿はどこにも見えなかった。

 これって、わたしが初めての探検者になるのかな?

 この牧歌的な理想郷、誰も訪れないなんてもったいない。わたしが探検してあげる!


 そうと決まれば、まずは服を着替えなきゃ。

 今着ている白いワンピース? はもうボロボロだからね。えろ同人で敵に攻撃されたヒロインみたいに。さすがに……誰かに見られたら少し恥ずかしいよ。

 わたしは天使の力で服を創造する。天使っぽい服がいいなあ。ギリシア風の亜麻でできたキトンでいいかな。

 一枚布を合わせて作ったもので、背中の翼も出せるから。うん、これにしよう。


 裸同然のワンピースが消えて、天使っぽい服が現れた。ゆったりしていて着心地は悪くないと思う。

 どうせだし、いつも女神さまが乗せてそうな月桂冠も欲しいな。


 見渡すと、月桂樹のような木がのんびりと生えていた。黄色い花を咲かせている。わたしはそこから一枚葉っぱをちぎる。つるつるした感触。

 鼻に当てて匂いを嗅ぐと、月桂樹の葉(ローリエ)みたいな甘い香りがした。わたしは自分の長い金髪を一本だけ引き抜く。いたい。

 抜いた髪で葉っぱの根本をぐるぐるまきにして、次の葉っぱもぐるぐるまきにする。そうすると……月桂冠もどき、できた!

 わたしはちょっと不器用さを感じるその冠を、自分の頭に乗せる。


 さあ、ユーラス大陸探検に出発!

 わたしは翼を大きく羽撃はばたかせて、黄金の丘の上を飛んでいく。春風を通り抜ける。花々の甘い香り。

 宝石のようにきらめく川を越えて、草原の朝露が照り返す明るい光の束を抜けて、やがて静かでやさしげな森林が見えてきた。相変わらず、動物の気配もないし、魔物の気配すらない。

 その森林に差し掛かる前、わたしはひとつの小屋を見つけた。


「……小屋?」


 それはどちらかというと、小屋というより、東屋あずまやに近いかもしれない。

 木製のその建物は、壁がほとんどなくなっていた。ただ、四隅の柱だけが寂しげに立っていた。さすがに屋根はあるけど。

 うーん、いつ作られた建物なのかな。多分、すごく昔に作られたんだと思うな。

 でも柱は腐ってないし、不思議。


「おじゃましまーす……」


 地上に降りて、足にくすぐったい草の感触。そろりそろりと歩いて行って、木張りの床に一歩踏み入れる。ぎしり、と床が軋む。

 ヒノキに近い香りがする。強くて清々しい、素敵な匂い。

 東屋の中には椅子はないけど、テーブルがひとつ。その上には紐で縛られた一冊の本があった。


 勝手に読んで良いのかな。頭の中で天使と悪魔の戦いが始まる。悪魔が三叉の槍で天使を突き、天使がそれを飛んでかわす。天使は黄金に輝く弓を引いて、矢を放った。矢は光の尾を引いて飛び、悪魔の右腕に突き刺さる。がんばれ、悪魔!

 悪魔は残った左腕で槍を構え、投擲する。えっ、武器投げちゃうの!? 素手だと不利だよ。武器は最後まで温存したほうがいいのに……。

 案の定、天使は槍をきれいに躱して矢を放つ。矢は虹のような軌道を描いて悪魔の心臓に突き刺さった。悪魔が呻き、闇の粒子になって消え去っていく。

 天使が喜びの声を上げる。わーい。


 ……あ、天使が勝っちゃった。

 うんうん、つまりわたしの勝ちってことだよね。ちゃんとわかってるよ。

 わたしは好奇心のままにその茶表紙の本を紐解いて、最初のページを開く。


『天使の物語』


 これはタイトルかな? どんなお話なんだろう。わくわく。

 目を下に滑らせる。


『著者:神』


 へえー、神さまが書いた本なんだ。なんか面白そう。

 わたしはページを一枚めくる。


『まえがき。あなたがこの本を読んでいる時、わたしはこの本を書き終えているでしょう』


 だからなに? この本の著者ばかなの?

 と思ったけど、天使が神さまを馬鹿にしたらだめだよね。

 きっと深い意味があるに違いない。次の行を見る。


『わたしの崇高な考えを理解できない鄙俗ひぞくな天使はわたしの部下には要りません。ですが、新しい天使を創るわけにもいきませんので、足りない頭でよく考えてください。第一文目の意味を理解できたら次の文に進んでいいですよ』


 ……頭、足りなくないもん。

 今からそれを証明するよ。1.わたしは本を読んでいる。2.つまりその本は存在する。3.したがってその本は誰かによって書き終えられている。Q.E.D.

 どう?

 わたしはしたり顔で、次の文を見る。


『ちなみに第一文目には特に意味はありません』


 すぐに本を閉じる。神は死んだ。そういうことにしよう。わたしは東屋から出て行こうとする。


「きゃう」


 何かにぶつかる。いたい。

 まるで四方をガラス窓に遮られているかのように、東屋から出て行くことはできなかった。

 叩いても、絶対なんでも切れる剣を創って切ろうとしても、フライング土下座(本物)をしても見えないガラスはなくならなかった。

 いわば、わたしはショーケースの天使ってわけ。オーケー、情報を整理しよう。わたしは出られない。つまり神さまが悪い。


「おーまいがー」


 神さまに呼びかけてみても何も変わらない。

 ……仕方ない、もう神さまの手のひらの上で踊るしかない。

 わたしは渋々テーブルのところに戻って、本を再び開く。ページを数枚めくって、まえがきの次のページから読む。

 四体の天使の絵が載っていた。四体の天使が世界を想像する絵。そのうちの一体はわたしにそっくりだった。


「えーっと、第一章……第二創世記?」


 第一章、第二創世記。天使の絵の上のほうにそう書いてある。手書きで。


『第一章:はじめに天があった。天の淵は水に満たされ……』


 ねえ神さま。これ、まえがき要らなかったよね?




---




「ふう……」


 第一章読了。とてもおもしろかったです。

 わたしは小さく息を吐いて、本をぱたんと閉じる。

 ガブリエルの昔の話とかあって、ちょっと驚いた。

 まさかガブリエルが世界創造に関わってるなんて。

 もっと尊敬してあげたほうがいいかなあ。


 "彼らの戦いが始まろうとしていた"とかいう文章で終わってたから、多分この後は戦争の話が始まるんだろうけど、正直あんまり血なまぐさい話は読みたくない。読むならもっと楽しい話がいい。

 というわけで、第二章『妖精の革命』は片目を瞑りながら飛ばし読み。

 ぱらぱらぱらー、おわり。

 第三章は……『天使と竜のまぐわい』わあ、十八禁マークがついてる。これも飛ばし読み。

 第四章……『人間国家の誕生』つまらなさそう。次。

 第五章……『神にとって天使とは何か』ろくなことが書いてある気がしない。次。

 第六章……『神の原罪』よくわかんない。次……ん、これが最終章だったんだ。


 うん、読み終わった。これでもう外に出られるはず。

 と思ったけど、最後のページがまだ残っていた。最後の一ページを読むの大好きだから、読もうっと。

 わたしは最後のページの上から下まで目を滑らせる。

 そこに書かれていたのは、たった一文だった。


『わたしは今、あなたの後ろにいます』


 あはは、そんなことあるわけないじゃん。天使に見破れないものなんてないんだから。そう思って本を閉じ、後ろを振り向くと――

 目の前に顔があった。


「……っ……えっ、あ」


 びっくりした。というかめちゃくちゃ怖い。

 ……こういうのは本気でやめてほしい。

 わたしは腰が抜けて立てなくなる。翼にも力が入らない。声が出せない。心臓が早鐘を打っている感じがする。

 ともすれば大声を上げて泣きじゃくりたくなるけど、我慢する。

 目の前にはボヤケた顔。誰? わたしに似てるような気がしなくもない。


『驚いたでしょ。あなた泣いてるね。ざまあみなさい』


 そして、それだけ言い残してソイツは消滅しやがった。

 緊張の糸が解ける。ほんとに死んじゃうかと思ったよ。

 今のなんだったんだろう。神さまのいたずらかなー。神さまのいたずらだろうなー。

 ……神さま大嫌い。死ねばいいのに。


 まあいいや、早くこんなところ出よう。

 夜中に突然怖くなってお布団に潜り込むような気分で、わたしは東屋を脱出した。ユーラス大陸の探検はまた今度にしよっと。

 小さく口笛を吹く。壮麗で美しいメロディ(わたしが作曲した)が高らかに鳴り響いた。


「〜〜〜♪」


 もう、空は赤い。草原も赤かった。風の匂いは甘かった。なぜか哲学的な問いが頭をよぎる。


 夕焼けが染めるのは空だけじゃない。

 わたしが見る全てのもの、つまり昼の明るい光に照らされていた全てのものが、今度は赤い夕焼けに照らされている。

 これは当たり前に思えることだけど、実はとっても凄いことなのかもしれない。

 だって、わたしの目に入るもの全てが、夕焼けの光の中に投影されてるんだよ。

 なんだか、不思議な感じがしてこない?

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