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神の原罪 -そらかける幼女天使の物語-  作者: 幻想艇
Story2 人のあゆむ道
17/31

愛すべきもの

「うん、やっぱり殺すべき」


 わたしは少女性愛者(ロ リ コ ン)野郎を蹴り飛ばす。

 彼は缶けりの缶のような速さで飛んでいき、ギルドの壁に激突した。そして動かなくなった。

 気絶したみたい。そのまま死ねばよかったのに、とわたしは思った。


 ――ロリコンだからって蹴っ飛ばさなくても。


 貴方は甘い。ロリコンはこの世から滅ぼし去らなければいけない。

 そうしないとエルンが安心して過ごせない。


 ――いくらロリコンでも、エルンはさすがに小さすぎると思うけど。身長百三十センチなんて、小学四年……あ。


 気付いた? この体に欲情するってことは、身長百三十センチに欲情するってこと。

 つまり、将来エルンが捕まって大変なことになる。その前に止めなくちゃいけない。


 ――まるで未来を見てきたような言い方。心配性すぎるんじゃないの?


 うるさいっ。わたしは別にエルンを心配しすぎてなんかない!


 わたしは別に……はっ、よく考えたら言い返すのも時間の無駄。

 今すぐエルフを街の外に誘導して、ヒトごと街を水に沈めないといけないのに。

 エルフを良いように扱ってるヒトは、神の怒りを知ればいいんだ。


 わたしは風で物がめちゃくちゃに散乱した中、外へ出るためにギルドの出口へと向かおうとする。けれど、わたしを邪魔する者がそこには居た。

 数人の冒険者、そして受付嬢。彼らが出口を塞ぐように立ちはだかっていた。

 あれだけの風を受けても平気とは、ヒトにしてはなかなか体が強いらしい。


「そこをどけ」


 わたしがそう忠告してあげても、そいつらは全くどこうとはしなかった。むしろわたしと戦う決意をより増したようにも見える。

 彼らの目に絶望は無い。わたしに勝つつもり?

 ううん、正直言って戦いにもならないと思う。

 だからわたしは彼らを無視することにした。どうせ後で皆殺しにするんだから、別に今殺さなくても良い。


『……嘆きは氷の刃を以って彼の者を切り裂く。氷刃アイスエッジ!』

 

 でもその時にはもう、魔法使いらしき冒険者のひとりは魔法の詠唱を終えていたみたいだった。

 いくつかの大きな氷の刃がわたしに向かってくる……はあ、面倒くさい。


『消え失せよ』


 わたしが言うと、途端に氷の刃は消失した。これで戦意も消失してくれればいいけど。


『水よ、汝の敵をその内に覆え。水球ウォーターボール


 だけどヒトの戦意は失われなかったらしい。魔法使いが次の詠唱を終える。

 わたしの周囲から水が現れ、わたしを水球の中に閉じ込めようとする。

 水の中では詠唱できないとでも思ったのかな。もしそうならきっと彼らはとても頭が悪いんだと思う。

 そもそも詠唱は天使や精霊の作ったシステムなのだから。

 魔法を使いたいヒトが魔法の詠唱をして、それをわたしたちが聞き届けて魔法を発動させてあげているだけなのだから。

 だから、"消え失せよ"わたしが頭の中でそう言うと、すぐに水の球は消滅した。


 ……本当は無視して行くつもりだったけど、これ以上邪魔するなら面倒だけどこいつらはここで殺す。

 そう意思を込めて出口の方を睨みつける。すると彼らは塔の外へとすぐに逃げ出した。その中には、いつの間にか目を覚ましていたらしいカイトもいる。

 どうして逃げたのだろう。単にカイトを連れ帰りたかっただけなのか、万策尽きたのか、勝てないと諦めたのか。わたしには分からない。けれどそれはどうでもいいことだ。


 さて、時間を無駄にした。早くエルフの解放に向かわないと。

 わたしは今度こそ出口に向かおうとするが――


転送装置起動テレポーテーション


 そう外から声が聞こえた次の瞬間、周囲の壁や床や天井が光り輝き始めた。

 テレポーテーション。敵に攻めこまれそうになった時のためにそういう仕組みを塔に組み込んでいたのかもしれない。

 この塔にガブリエルの力がかかっていることはわかってたから、それは予測できてた。

 ガブリエルがヒトに与えた魔法、それが今ここでヒトの役に立ったんだと思う。


 つまりこのままでは、わたしはどこかの草原にでも転移してしまう。

 そう。彼らの目論見はわたしを転移させることだったわけ。天使と戦おうと努力だけはしたのね。

 ……もちろん、それでも彼らが驚くほど愚かなのには変わりないけれど。

 わたしは世界に告げる。


『転送を許可しない』


 光は一瞬で収まった。転送は拒否された。そしてわたしはようやく、壊れかけた塔の門から外に出ることができる。

 ついでに街を滅ぼすとき逃げられたら面倒だから、この塔の転送機能も停止しておく。

 はあ、随分手間をかけさせられてしまった。これでやっとエルフを助けることができる。


 しかし外に出てすぐ、わたしは多くのヒトとドラゴンに囲まれていることに気がついた。その数は今も増え続けている。現状で、地上のヒトが数百、上空のドラゴンとそれに乗ったヒトもそれぞれ数百ずつ。

 情けなくも逃げ出した冒険者たちが助けを呼んだのだと思う。また面倒なことを。

 いくらわたしでも、これほどの数をいちいち相手にするのはさすがに無理。というより時間の無駄。

 それに、エルフを前面に立たせて来るかも知れない。その時のエルフの気持ちを想像してみる。うん、ヒトの盾にされるエルフはきっと悲しく思うに違いない。


 だから、もう悩むのはやめることにした。

 本当はエルフや獣人ビーストを街の外に連れ出してから街を滅ぼすつもりだったけど、このまま滅ぼそう。

 大丈夫、エルフは精霊結界を体に張ってるから多少は問題ないはず。

 念の為保護もかけてはおくけど。

 よし。そう決めたら――


 わたしは垂直に数千メートルほど上昇する。その距離を上昇するまでに、ヒトが瞬きする間も無かったように思う。

 それでも光の軌道が空へと向かうのを見たヒトやドラゴンは居たはずだ。

 彼らは地上から、あるいは空から、見上げる。


『ヒト以外に祝福を』


 青い光が街を包む。これでヒトだけを滅ぼせる。

 そしてわたしは死刑を宣告する裁判長のように厳かに、詠唱を行う。

 使用する魔法はウォーターボールが適切かな。


『水は地の表を流れ、その後には何も残らない』


 既にほとんどのヒトとドラゴンがこちらに気付いている。地上からヒトの騒々しい喚き声が聴こえた。

 わたしは翼を大きく広げる。


『地を這う人も、その街も、家も、畑も、けものも、鳥も、すべてがぬぐいさられ、水が全地のおもてを覆う』


 ドラゴンがこちらに攻撃を仕掛けようと近づいてくる。その中には、ブレスを吐こうと口を大きく開けているものもいる。

 わたしは手を天高く掲げた。


『人よ、今、天の怒りを知れ――』


 でも途中でドラゴンは尻尾を巻いて逃げ出してしまった。ヒトもまた呆然と空を見上げている。

 さあ、おわりにしよう。


『――水天球ウォーターボール


 きっと天は水に満ちていた。けれどヒトは遠い昔にそのことを忘れてしまった。

 それでもこの空を見れば思い出してくれると思う。

 かつて天は水であったということを。


 空を覆うのはウォーターボール。その大きさは天を覆うほど。これは比喩ではなく、本当に天を覆っている。

 ヒトやエルフが使う魔法とは比較になりもしない、本物の魔法。世界を捻じ曲げる神の御業。

 わたしはそのウォーターボールから少しだけ水を取って、地上に落とす。

 その球の大きさはカナンの街とほぼ同じくらいにした。


 いよいよヒトもドラゴンも関係なく狂ったように逃げ出そうとする。

 街の外へ出ようとするドラゴン、塔の機能を使って逃げようとするヒト、そして膝を付いて神に祈っているヒトもいる。

 だけどもう、遅い。潔く死ね。

 

 ――ちょっと待て!


 また、邪魔が入るの? わたしは今機嫌が悪いんだから、やめてほしい。

 貴方は黙って見ていればいいの。


 ――街の中にはエルフを捕まえようとはしない善人だっている。みんなまとめて殺してしまうなんて、そんなのおかしい!


 エルフや獣人の奴隷を解放しようとしないヒトなんて、善人なんかじゃないからどうでもいい。


 ――見えなかっただけで、解放しようとしていた人もいたはずだ。


 そうかもしれない。でも、そんな少数のヒトだけをどうやって選ぶの? 彼らは常に自分の都合が良いように振る舞うはず。きっと、そのときになって"私は奴隷を解放しようとしていました"と嘘をつくようなヒトばかりだよ?

 大抵のヒトは奴隷なんかに大した関心はない。だから天使の力で記憶を読み取っても、積極的にエルフを捕まえてようとしているわけでも、解放しようとしているわけでもないってことがすぐに分かると思う。そしてすべてのヒトがそうだったら、わたしは誰も滅ぼせなくなってしまう。そしたら奴隷たちはどうなるの?


 ――それでも、もっとやり方があるはずだ。天使がなんでもかんでもやるべきじゃない。彼らエルフやビースト自身が自由を掴み取れるように、補助してあげた方がいいような気がする。


 天使がすべてやってあげれば、すべて解決する。それでいいじゃない。


 ――それで、エルフたちは幸福になれるのか? 自由っていうのは、自分自身で勝ち取らなきゃいけないものなんだ。彼ら自身が自分の手でやるべきことなんじゃないのかな。


 わけわかんないこと言わないでよ。もしそうしたとして、多くのエルフが死んでしまったら、貴方はどうするの? 責任を取ることができるの?


 ――分からない。


 なら黙ってて。


 ――でも、善人がいるのに街を滅ぼしてしまうのは悪だ。それは間違いないはず。


 そう言って誰かを巻き添えにするのを恐れて、他の誰かが被害を受けるのはもっと悪いと思うよ。


 ――うん……そう、かもしれない。


 ようやくわかった? だったらもう、しばらく出てこないでよ。


 わたしはぐるりと地上を見回す。

 わたしがバカの相手をしていて無防備だったにも関わらず、ヒトもドラゴンもわたしに近寄ろうとはしていなかった。

 それどころか、いくらかのドラゴンは街の外へと逃げつつある。

 臆病者。


 わたしは手を横になぐ。

 それだけでウォーターボールから出た水が街の外壁の周囲をベールのように天高く囲い、ドラゴンが逃げ出すことはもはや叶わなくなった。

 逃げ場をなくしたドラゴンとヒトはついに恐怖の極限におちいって、泣き叫んだり神に祈るものしかいなくなった。


 だからわたしは手を振り下ろす。

 街と同じ大きさのウォーターボールが、ゆっくりと街へ落下し、地を這う人も、その街も、家も、畑も、けものも、鳥も、すべてが水に沈んでいく。

 水は街の外まであふれ、大カナンの湖まで流れ出ていった。これでヒトはみんな死んだかな。

 天罰は下った。わたしはこの街での役目を終えた。あとはエルフがどうなるか、イヴエルの中で眺めていよう。

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