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神の原罪 -そらかける幼女天使の物語-  作者: 幻想艇
Story2 人のあゆむ道
14/31

黒歴史の紡ぎ方

 俺は布団に埋まっていた。

 外には出たくなかった。

 誰かからやさしくかけられる声にも、拒絶するような声で返した。

 そうすると、寝室のドアがゆっくりと閉まる音が聞こえた。

 激しい自己嫌悪に襲われる。


 それが引き金となったのか、さっきの醜態がフラッシュバックして、シーツを強く握りしめて悶える。

 後悔が完全に頭を支配している。誰に向けているのかもわからない悪口が、頭の中をぐるぐるとまわっている。


「……しにたい」


 つぶやくと、どこかから声が聞こえたような気がした。

 きっと空耳だろう。そう思ってかぶりを横に振っても、やはり声は聞こえた。


 ――ほんとに、しにたいの?


 神の原罪、かつてそう名乗った俺の二重人格。

 それが、再び現れてしまったみたいだ。

 今は正直かなり落ち込んでいるから、現れないで欲しかった。

 久しぶり、と返す気分にもなれない。


 ――質問に答えて。


 うるさいな。静かにしてよ。


 ――答えないなら、また体を乗っとるよ?


 はあ、しょうがないな。しにたいよ。これで満足?


 ――そう。それなら、体を乗っ取っても別に問題ないよね。


 いや、待って、それは、




     ○




「んー、おはよう(Hello)世界(World)


 わたしはお布団から抜け出ると、ベッドのそばに立って伸びをする。

 今日もきっといいお天気だ。


 ――勝手に体乗っ取らないでよ。こんなの理不尽だ。


 あなたがしにたいって思ったのが悪い。

 あきらめなさい。


 ――体返せ。


 やだ。

 これは、わたしの体でもあるんだから。


 ――意味わかんない。


 わからなくていいよ。


 わたしは、脳内で文句を言ってくる頭の悪い方のわたしを無視して、それなりに豪華な装飾の施された寝室から出る。

 ヒトの肖像画とか、そんな感じの趣味の悪い絵がかけられた廊下を歩いて行くと、中年のヒトとばったり出会った。


「……もう、落ち着いたか?」


「わたしに話しかけるな、クズ」


 ヒトはばかだからきらいだ。

 正直、もう話しかけないで欲しいと思う。


「……ずいぶん機嫌が悪いみたいだな。また後で話しかけるようにしよう」


 わたしの気持ちをなにもわかってない。

 永遠に話しかけるな。そう言おうと思ったけど、めんどうなのでやめた。


 苦々しげな顔をした、そいつの横をわたしは通り過ぎる。

 できるかぎり近寄らないように、廊下の壁ぎりぎりまで迂回した。


 ――ちょ、ちょっと。セムにひどいことしないでよ。いろいろお世話になったんだから。


 頭の中であほが喚いているけど、知ったことではない。

 わたしはさらにいくらか廊下を歩いて行き、階段にたどり着いた。

 階段の横の柱には案内書きがある。


 <↑3F 魔導研究所>

 <↓1F 冒険者ギルド>


 わたしは下へ階段を駆け下りる。

 その途中で何人かのヒトと遭遇した。

 彼らはみな少し驚いたような顔をしたけれども、声をかけてくることはなかった。

 殊勝な心がけだと思う。


 ――どこいくの。冒険者ギルド?


 そう。冒険者ギルド。


 ――なにしにいくの。


 冒険者を皆殺しにする。


 ――冗談?


 本当。


 ――んー、頭おかしいんじゃない?


 そう? あなたにもそのうち理解できると思うよ。


 ――絶対にありえない。


 いくら拒否しようと、いずれそうなるんだけどね。まあ、別にどうでもいいけど。


 ――はあ……神の原罪か。確かに、お前みたいに邪悪な存在を創ってしまった神は、ある意味大きな原罪を抱えてるんだろうね。


 原罪って、ヒトが最初に犯した罪のことだよ。神の罪のことじゃない。それに、天使の罪のことでもない。


 ――言葉のあやだよ。それに、お前がそう名乗ったんじゃないか。


 そういえばそう名乗ったかな。


 ――自分の名前忘れないでよ。


 はいはい。


 わたしはイヴエルと下らない会話をし終えると、駆け下りてきた勢いのままに、冒険者ギルドに飛び込む。

 白を基調とした壁に、金の壁細工。槍や剣や盾を持った騎士の鎧が、壁に背を向けていくつか立っている。

 ギルドの中心にある、円形のカウンターには冒険者が長蛇の列を作っていた。

 冒険者たちは魔物の一部分、宝石、薬草などを持って並んでいる。

 ここでは街の外で取ってきたものを買い取っているんだと思う。


 そのカウンターへと、わたしは早足で近づいていく。

 列に並んでいる冒険者がこちらに注目してくる。憐れむような視線がうざったい。

 見ると、さっきまでカウンターで冒険者をさばいていた受付嬢、獣耳が生えた少女もこちらに注目している。

 そしてわたしに言った。


「え……ええと、なにか御用でしょうか」


「用? おまえにそんなものはない」


「はあ、そうですか……?」


「このギルドで一番偉いやつを出せ。さもなければしね」


 わたしがそう告げると、彼女は諭すような口調で話し始めた。


「あのですね、いくら人前でお漏らしして、恥ずかしかったと言っても"死ね"なんて言っちゃいけません。小さい子の言葉だとわかっていても、傷つく人はいるんですよ? それに、それは人に頼みごとをする態度じゃありません」


 なにこいつ。

 わたしの言うことを聞かないなんて、頭がどこかおかしいのかな?

 そう思ったけど、わざわざヒトモドキを介する必要なんてないと思い直した。

 つまり、魔法で探せばいい。


 わたしは息を少し吸い込んで、歌うように詠唱する。


『じーぴーえす』


 ヒトの位置を探索する魔法。

 一度見たことがあるヒトならば、どこにいても見つけることができる。

 頭の中に立体的なマップが広がって、目的のヒトの位置に赤い点がつく。

 赤い点はこの塔の二階から一階へと下りてくる。

 うん、こちらから出向く必要はなかったみたい。


 わたしの下りてきた階段のほうを見ると、黒髪黒目の少年が階段をゆっくりと下りてきていた。

 彼がこのギルドで一番偉いに違いない。


「やあ、機嫌は直った? さっきセムに聞いたら、"今は彼女は機嫌が悪い"って言ってたけど」


 わたしは調子のいいことをいっているそのヒトに向かって、低姿勢で駆ける。

 その直線上にある、ギルドのゴミ箱からぼろぼろに錆びたナイフを一本掴む。

 そこで、そのヒトが軽く構えをとった。その程度でわたしを止めるつもりなのか、と少し自分の口端が上がるのがわかった。


 右足を自分から見て左側に踏み込み、体をねじりながら思い切り跳躍すると、視界が何度か回転した。

 一回、二回、三回、勢いが十分ついたら、空中で、ナイフをそのヒトの首筋めがけて振りかぶり――そこで体が止まった。誰かに両腕を掴まれてる?


「カイトさま、この子は危ないです。外に捨ててきたほうがいいのではないですか?」


「確かに刃物を振り回すのは危ないが、外に捨てるは言いすぎだ。ちょっとお仕置きするくらいでいいだろ」


「ですが、もしあなたさまの体に傷でもついたら私は……!」


「リベカ、君に傷がつくほうが俺は怖い。俺は大丈夫だから」


「カイトさま……!」


 なにこれ、気持ち悪っ。こいつら脳みその代わりにわたあめ詰まってるんじゃないの?

 あー、鳥肌が立った。というか早く腕を離せ、猫耳女。

 わたしを捕まえながら男と接吻しようとするな。

 さっきから暴れてるけど、この女は全くわたしを離そうとしない。

 周囲の冒険者は口笛をひゅーひゅー吹いている。うるさい。


 あまり気持ちのよくないキスシーンを嫌というほど見せつけられた後、彼らはわたしの処遇について話しだした。


「それで、この子どうします?」


「俺が預かろう」


「本当に、大丈夫なんですよね?」


「ああ。なんとかなだめてみるさ」


 男がそう言うと、わたしを女から受け取って、神妙な顔で語りかけてきた。


「どうしたら、許してくれるんだ?」


 わたしはぼそっと何かをつぶやくフリをする。

 彼は耳をわたしに近づける。

 だからわたしは小声で言ってやった。


「二度とエルフを無理やり捕まえようとするな」


 彼も小声で返してくる。


「……君は、エルフにそう言えって頼まれたのか?」


 はあ。救いようがない。

 わたしの意志で言っているに決まっているのに。

 もう決めた。こいつは殺す。


 ――黙って見ていれば、本当にろくなことをしないな、お前は。変なこと考えたり、言ってばかりだし。人を殺して良いわけないじゃないか。これ以上俺の黒歴史を増やさないでほしい。


 静かになったかと思えば、またイヴエルが出てきた。

 黙って見ていればいいのに。


 ――エルフを捕まえてほしくないのは、俺も同じだけど。それでも、話し合いとか、手はいくらでもある。殺してしまうべきじゃない。


 そうかもね。でも、そうしても意味のない相手もいる。自分が常に正しいという振る舞いをして、周囲に甚大な被害を出すやつ。特に、力を持っていれば持っているほど。

 こいつもそう。生かしておくべきじゃないと思う。


 ――じゃあ、せめてちょっと怖がらせて、行動を制限するくらいにしておいてよ。体を乗っ取られてるとは言っても、俺は人を殺したくない。


 わかったわかった。殺さないなら、いいよね?


 イヴエルと話していたから、少しのあいだ黙っていたわたしを、男はじっと見つめている。

 さて、少しだけ天使の力を使わせてもらおうっと。


『翼よ』


 わたしは天使の容姿へと自分の体を変貌させる。

 翼、光の輪、金色の髪と瞳。

 宙に浮かんで、ギルド内のすべてのヒトを見下す形になる。


「……天使」


 誰かがそうつぶやいた。一瞬の間をおいて、ギルド内のヒトが狂乱して逃げ出していく。

 だけど、わたしに立ち向かってくるヒトもいた。

 カイトと、猫耳女は、リベカ? かな。さっきまで私と話していた、そんな名前のヒト。それと、ヒトの中ではまだ強そうな、何人か。


「まさか、お前が天使だったとはな」


 カイトが真剣な声色で言う。今更気付いたの?

 翼と光の輪と髪の色以外、ほとんど同じ容姿だったのに。


 わたしはてきとーに腕を振る。

 ギルド内に暴風が吹き荒れた。

 その風を受けても、吹き飛ばされるヒトはいない。

 みな、腕を前に出して、飛んでくる椅子とか鎧とかから身を守っている。


「カイトさま!」


 リベカが決死の表情で彼の前に出て、彼の身を守る。

 彼女が荒れ狂う風を受けて、目を閉じた一瞬、わたしはカイトの目の前に移動する。


 そしてわたしは彼の黒い目を見て、エルンのときと同じように、言った。


『わたしに記憶よこせ』

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