第一章。
思えば薄幸だったかもしれない人生だったかも、と高校二年生を平凡に精一杯していた深森はぽかん、と顎の外れたかばのようにその場に立ち尽くした。
揺れるそよ風。
美しい自然。
それをさらに輝かせる陽の光。良い感じに明暗を彩る木陰。
ーーーーどこだここはっ!?
「どこだここはっ!?」
心の中で無遠慮に叫んだつもりの声は実際にそのまま反映されていたが、深森はそれに気づいていない。
もしも周りに誰かいたなら「ちょっと、心の声が騒がしいんだけど」のツッコミを頂戴すること間違いなしだ。決定は免れまい。
栗色のショートカットを獲物を力一杯狙う熊の如くわしゃわしゃわしゃと夏の暑さに負けたあっぱらぱーさん並みに誠心誠意もみくちゃにし、若干仰け反ったまま制止。しばしの鳥の囀りご静聴。
「………………。………………はぁ……」
鳥の歌うような囀りに心を落ち着かせてもらい、やっと端から見たら自分の今の姿がどれだけ恥ずかしい者かをじわじわと実感した深森はそっと両腕を頭から放し、だらりと下げた。
全く持って恥ずかしい限りだ、うん。きっと自分が自分を見ていたなら全力でツッコミをいれていたに違いない。垂直に飛びながらも回転を加えてねじり混むように。打つべし打つべしなのだ。
「…………ではなくて」
それは置いといて、と両手を荷物を避ける動作を行いつつ、深森は再び今居る自分の世界を髪と同色の栗色の瞳に映した。
どこまでもどこまでも広がる自然豊かな緑は残念ながら深森の気のせいではなかったらしい。今現在の自然伐採国日本にはこんな美しい自然は存在しないし、間違いなく空気の質が違う。
深森と言う都会っ子が吸ってきた空気が水道水と喩えるなら、ここの空気は至高の天然水だ。一度吸ったならもうこれ以外口にしたくないと思えるほどの高級さと気品漂う感じのもので、これであたしも社長の仲間入りだとか訳のわからないことを深森に思わせる。
要するに、印象と知識貧困な深森視点の「舌が肥えている人」基準はそんなものなのである。活発娘の正体が補習ビップであることを深森が悟る日はきっとないのだろう。
俗に言うかわいそうな子と言うのが当てはまる少女が深森であった。