Darren
人を想う気持ちが生み出す世界が必ずしも理想だとは限らないし、まして現実とは程遠いものではないでしょうか
僕は、シンデレラや白雪姫のお話が大好きだ。男なのにおかしいと思われるかもしれないけど、僕はもう、その本を何度も読んだ。頑張っている女の人は、きっと幸せになれる。
シンデレラは、素敵な王子様と幸せになった。白雪姫も、王子様のキスに助けてもらった。だから、僕はお母さんを助けなければいけない。
お母さんは良く働いた。お父さんはお酒を飲んではお母さんを怒鳴り、しょっちゅう家を出て行った。
お母さんは、そのたびに、‘大丈夫よ、ダレン。お母さんが守ってあげるから。’と言った。僕はお母さんを助けなければいけない。
'あなた、やめて!ダレンにだけは手を出さないで!'お母さんの声だ。'うるさい!お前なんかが俺のやることにいちいち口出しできると思ってんのか!'
僕がお母さんのもとへ走り寄っていく前に、乱暴にドアを閉める音がした。
'お母さん!'もう、お父さんは出て行った後だった。
いつもなら、お父さんは家をでた後夜には戻ってくるのだけれど、その日は一日中戻らなかった。初めのうちは、いつものことだ、と考えていた。そのうち、心配になってきた。いくらなんでも帰りが遅すぎる。お母さん、お父さんまだ帰ってこないね。言おうとして、やめた。お母さんからは何も言わないし、もしかすると、お父さんが帰ってこないことで、ほっとしているのかもしれない。
二人だけの二日目の夜が、静かに過ぎた。
次の朝が来ても、お父さんは帰っていなかった。僕たちは穏やかに朝食をとった。嫌味や怒声、暴力のない朝は久しぶりだった。お母さんは微笑んでいるように見えた。お父さんの心配をする者は、いなくなった。
その日の夕飯は、ソーセージに煮込みハンバーグ、ポテトに、スープまでついていた。スープには、ミートボールが浮かんでいた。'うわあ、美味しそう!こんなにたくさんのお肉、どうしたの?'
お父さんのお酒と煙草と、それに遊ぶお金がなくなると、こんなにも生活が豊かになるんだ!僕は嬉しかった。食事が豪勢になったからではない。これで、僕のお母さんが楽になる、と思ったのだ。
お母さんは黙っていた。けれど、本当は嬉しいに違いない。だって、やっぱりお母さんは微笑んでいるように見える。外は寒いけれど、僕の心は温かかった。僕は、シンデレラの本を開いた。やっと僕たちに平和がおとずれた。
お父さんがいなくなって、もうすぐ一週間が過ぎようとしていた。平和な日々が続いていた。いつものように朝市へ買い物に出かけて、野菜や果物を買いに行った。今日はこれで何を作ろう。お母さんが喜ぶものがいいな。
家に帰ると、近くに住んでいるおばあさんとおじいさん、あとは警察の人が来ていた。どうしたんだろう。僕の心臓は激しく鼓動を打っていた。あの日のように。
'ダレン?''君がダレン君かい?'
どうしたんだろう。お父さんが戻ってきて、もしかして・・・。
若い警官は、僕を悲しそうな目で見つめて話しかけてきた。
もしかして、お父さんが戻ってきて、お母さんに何かしたんだろうか。
'ダレン君、君は今までどこに行っていたんだい?今帰ってきたのじゃい?'
'いいや、わしらはダレンが毎日ここの家に出入りしているのを見ていた。'
'じゃあ、この子はこの母親と一緒にずっと過ごしていたのですか?'
警官と、おじいさん、おばあさんの声が、なぜだが途切れ途切れに聞こえた。
お母さんは、お母さんはどうしたのだろう。
'お母さん!'
'ダレン君!君は見ない方がいい!'
警官の腕をすり抜け、僕は部屋へ入った。いつもと変わりなく、お母さんは横たわりながら微笑んでいた。
'数日前から、この家から変な臭いがするようになって心配して見にきたら・・・'
'ダレン君、辛かったね。ひとりで、さぞ怖かったろう。心細かったろう。'
'いいえ。やっとお父さんが出て行って、お母さんと二人だけで幸せな毎日を送っていました。'
僕は幸せだった。一生懸命僕を育ててくれたお母さんを、今度は僕が幸せにする番だった。
'お母さん死なないで!'
段々冷たくなっていくお母さんを、温かいベッドに連れて行き、ご飯も作ってあげた。お母さんは一口も食べなかったけれど、きっと嬉しかったはずだ。だって、その証拠に、今もずっと微笑んでいる。
僕は警官をオノでかち割った。おじいさんとおばあさんは優しかったけれど、仕方がないので警官と同じようにした。そして、お父さんと同じ場所に入れた。
僕はお母さんを幸せにしないといけない。シンデレラや白雪姫のように。僕はお母さんを大きなバッグに入れて、ただひたすら走った。前しか見ていなかった。
お母さんと二人、これからどこへ行こう。