1話
深く落ちていた意識が徐々に浮上していく。
それとともに周りの喧騒が耳に入る。
眠りを妨げられた事による苛立ちを抑え重い瞼を持ち上げると、青空が広がっていた。
一瞬状況が理解出来なかったが、すぐに把握した。
ここは自分が通っている学園であり、目の前に青空が広がっているのは、その屋上で寝ていたから。
自分以外の者は今頃教室で授業を受けているのだろう。
……違うか。
歓声のような喧騒で目が覚めたにも関わらず、今が授業中であるはずはない。
寝ぼけている頭で自問自答していると、嫌でも眠気は消えていった。
その場から立ち上がり、フェンスで囲まれている屋上の端まで行き校庭を見下ろす。
そこには二人の生徒が距離を置き向かい合い、それを囲うようにギャラリーと化した他の生徒が集まっていた。
別にここはどこぞのヤンキー漫画のように、教員が全く登場しない不良の巣窟と化した学園でもなければ、
集団でいじめをするような低俗な連中が集まった学園というわけでもない。
ならば眼下で繰り広げられている光景は何か。
それを説明するにはまず、この学園のことを知ってもらう必要があるだろう。
と言っても、普通の学園との違いは殆ど無い。
学年があり、クラスがあり、授業があり、規律があり、部活や同好会もある。
ごくごく当たり前の事を当たり前にしている学園だ。
唯一つ、特筆するべきところがあるとすれば──
ドォォォォォォォンッ!!!!
爆音と共に、ギャラリーの中央の地面が爆ぜた。
それに続くように、更に盛り上がりを見せる観衆。
中央で向かい合っていた生徒の一人が、手のひらに浮かぶ太陽にも似た球体を相手に投げつけ、
それを避けた事により、球体が地面を吹き飛ばしたのだ。
避けたほうはすかさず態勢を整え、両腕を正面へ伸ばした。
その瞬間、自分の周辺に魔法陣のようなものが現れ、その中から銃火器が次々と現れる。
それらが一斉に射撃を始め、弾幕となり相手へ襲いかかった。
その勢いにより砂塵が上がり、周辺を包み込む。
視界は遮断され、様々な銃火器の発砲音だけが響き渡る。
それを1分か、それとももっと短かったか、続いていた音が止み、砂塵が収まっていく。
中央に立っているのは、銃火器をぶっ放していた女。
そしてもう一人は、弾幕に為す術も無かったのか、その場で倒れていた。
立ち会いの教員が専用のAbilityで両者の力を抑え、更に制御装置が働いているので目立った外傷や流血は見当たらないが、
制服がズタズタになっていた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおお』
一瞬おとなしくなっていたギャラリーは、勝敗が決した事によりヒートアップ。
傍で待機していたヒーラーが倒れている生徒へかけより治療していた。
湧き上がるギャラリー達とは打って変わり、勝者である女は喜ぶでもなく、相手を一瞥してその場を去った。
まぁ、そういうこと。
ここはごく普通の一般的能力の者の他に、”Ability”と呼ばれる、個々によって異なる力を持つ者達が通う学園。
今目の前で行なっていたのは、そのAbility所有者同士の決闘。
この学園は学力や身体能力で成績が決まるだけでなく、任意で決闘を行い、
上位の者に勝利すれば自分のランクが上がるというシステムがある。
もちろんAbilityを所有していない者は決闘を申し込むことも受けることも出来ない。
そもそも所有者とそうでない者で普通科と魔法科で学科が別れ、棟も別々に建てられている為、
自分から積極的に交流を持とうとしない限り接点がない。
下でAbility所有者二人の決闘を囲んで観戦していたのは、普通科に通う生徒達だろう。
ちなみにこの学園は義務教育であり4年制。
一般的な教養は勿論、Ability覚醒の為のカリキュラムも組まれていたりする。
それも普通科と魔法科では程度が違ってくる。
勿論これらはAbilityが発現してから出来た制度だ。
Abilityを悪用しないように……なんてのは、言ってしまえば信号を渡るときは手を上げて渡りましょうってのと同じくらいの意識しかない。
だからこの制度自体が無意味であり、むしろ覚醒者を増やす事で犯罪を助長しているのではという声もある。
「おーおー、今日も派手だねぇあの娘は」
フェンス越しに決闘を眺めていると後ろから声をかけられる。
振り返ると、一見チャラそうなイケメンが。
「やっぱ人気あるなぁあの子。すげぇ可愛いし所有Abilityは”超攻撃型”に分類される貴重な能力だし。なぁ?」
気安く話しかけてくるこいつは俺の友人。名前は五六 翔也。
前述のように、イケメンでチャラいくせにいざ女性とそういった関係になろうかというところまで行くと腰が引けてしまうという、
まさに残念なイケメンである。
腑抜けである。腰抜けである。
「お前今失礼な事考えてる?」
「いや、別に」
ちなみに俺とこいつは普通科の2回生。
あちらのスーパーガールのような人間とは程遠い、ごくごく普通で平凡な毎日を過ごしている。
「それにしてもあの銃って実弾じゃないの?ていうかどっから出てきてんの?」
興味津々といった感じで舞い上がり肩をパンパン叩いてくる。うざい。
「あの銃火器自体がAbilityだから実弾じゃない。
つか実弾だったら相手死んでるだろ」
まぁあの女が本気でやったらそこらの銃よりも威力はありそうだけど。
「え?そうなの?ド○えもんみたいにどっかに大量にしまっといてそれを呼び出してんじゃないの?」
「それだったら転移系統のAbilityに分類される」
「あー確かに」
そんな会話をし、フェンスにより掛かっている俺とは対照的に、フェンスを掴み食い入るように校庭を見ている翔也。
「落ちるぞお前。このフェンスそんな頑丈じゃねぇんだから」
「いやーだってさーやっぱかっこいいよなー。
俺も好き放題に撃ちまくりてぇー」
「超カワイイしなー」
「カワイイ子に射ちまくりたいの?お前がこれからの人生を捨てる覚悟があるなら止めないけど」
「根本から全てが違う!」
「まぁお前にAbilityがつくとしたら予想は容易だ。
お前のジュニアがある意味トリガーハッピーでハッピーしすぎて最終的にテクノブレイク。
命ある限り好き放題に射ちまくれるぞ」
「お前って結構心を抉りにくるよね」
「お前の望みどおりの力だろ」
「ん?おい遥」
「ん」
「あの子……こっち見てないか?」
「あぁ?」
誰がと思いながら寄りかかっていた背を離し、翔也の指す方へ目を向ける。
さっき決闘で勝利していたあの女だ。
あのまま校内へ去っていったと思っていたが、何故か普通科の棟へ目を向けている。
そしてその視線は確かに、今俺達の居る屋上へ向けているように見える。
「……気のせいだろ。ここからじゃ表情なんて見えないし、顔がこっちに向いてるだけかもしれない。
そもそも魔法科の連中が普通科に興味なんて持たないだろ」
「えー、だって見上げてるぜ?」
「じゃあお前の顔が面白いんじゃねぇの?」
「ひどっ!自分で言うのもなんだが俺はイケメンだと自負している」
「そうだな。ヘタレだけどな」
「ヘタレって言うな!」
「手振ってみ」
「え、いや、でもホントにこっち見てなかったら俺恥ずかしい……」
「ヘタレだな」
「ヘタレじゃねぇ!」
「お前の貧相な息子もヘタレてるぞ、トリガーハッピーなのに」
「そのネタ引っ張らないで」
くだらないやりとりをしている間も、俺達が屋上を去るまでその女の視線が外れることは無かった。
教室に戻ると、放課後と信じて疑わなかった俺は帰り支度を始めたがまだ昼休みであることを告げられ軽い鬱に入った。
授業をサボっているのだから学園など来なければいいと思うが、この学園は非常に面倒くさい。
朝の出欠確認で無断欠席をすると、正当な理由がない限り単位を落とされる。
1発退場という事は無いが、俺は既にリーチが掛かっているので休めない。
まだ夏休みにもなってないというのに。
というよりも新年度開始早々ちょっとした問題を起こして一ヶ月程停学処分を受けたので目立った行動は出来ない。
……窮屈な学生生活だ。俺が悪いんだけど。
まぁ授業を受けなくても試験で結果を残せればOKというスタンスなのは助かる。
「ハ~ルっ」
あまりの気怠さに自分の机で突っ伏していると、肩を軽く叩かれた。
「んぁ?」
間の抜けた返事と共に顔をひねり視線を向ける。
「おっす」
快活な笑顔の女が目の前にいた。
予想以上に顔が近かった。
目と鼻の先とはまさにこのこと。
「今日も一人でサボり?あたしも誘ってっていつも言ってるじゃない」
「……近い」
顔と顔の間に手を差し込み、女の顔を引き離す。
「ぅむあ」
変な鳴き声を上げ仰け反るこの生き物は明水 紗希。
こいつも俺みたいな奴に話しかけてくる物好きな一人。
セミロングに栗色の髪、見るだけで手入れが行き届いている事がわかる。
スタイルも出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。
男子ならば誰もが目を奪われる巨乳である。
顔も悪くない……というよりも普通に美形だし性格も爽やか系女子といった感じなのでモテる。
なのに何故俺に絡んでくるのか。
去年も同じクラスだったが、一度も話したことはなかったはずだ。
まぁ……負い目のようなものを感じてるのかもしれないが。
そういう事を意識されても面倒なだけなのであまり好意的には接していない筈なのになかなか諦めが悪いのでもはや俺が半ば諦めている。
「今度な」
「いつもそう言って一人で行っちゃうくせに」
「タイミングが悪い。
そもそも寝るだけなのに何でついてくる。
サボりたいなら勝手にサボればいい」
「……別にいいじゃん」
拗ねたように視線を外し非難の念を込めた言葉を投げられた。
面倒なので放っておこうと思ったが、ふと、こいつはAbilityの事にやたら詳しかったのを思い出した。
聞いても居ない知識を延々と語ってくるので俺も無駄に知識がついた。
「お前、さっきの決闘見てたか?」
「え?あぁうん、見てたけど……」
突然の話題転換に、拗ねていたはずの女は普通に返事をした。
「あの銃火器のAbilityを使っていた奴を知ってるか?」
「うん、だって有名だもん。
今年度の初めに転入してきて早々実力者揃いの上位ランカー達をハイペースで倒し続けてるからね。
それに見た目の愛らしさも相まってプリンセス オブ バレットなんて呼ばれてるね」
「なにそれダサい」
「まぁそういう目立った人にはすぐ通名みたいなのをつけたがるからねーうちの学園は」
「正式名称だったら同情するレベル」
「命名・五六翔也」
「あいつは天然に死なばもろともを実行するよな。
座右の銘にすればいいと思う」
ふむ、まぁとりあえず俺が停学を食らっている間にメキメキと頭角を現したらしい。
知らなくて当然か。
「その人がどうかした?」
どう……ということもない。
そもそもあれが本当に俺達を見ていたのかもわからないし、
俺の人生であんなスーパーガールと接点などない。
「ん、……いや、さっきの決闘をたまたま見てたからな。なんとなく」
その日は真面目に授業に出席し(寝ていたが)、ホームルームを終えたところで担任が面倒な事を言い出した。
「えー、今から学年ごとにAbility覚醒検査を行う。
この検査でAbility所有者と見なされたものは即日魔法科への移動となる。
放課後は移動手続きを行うので残るように」
……忘れていた。
年に3回検査がある中の今日は1回目だ。
ほとんどの普通科の生徒はAbilityという未知の能力に憧れのようなものを抱いている。
このクラスの奴らも例外ではなく、皆が今日こそはと目を輝かせている。
進級してから初めての検査に期待と興奮を隠しきれていない。
……面倒くさい。
今日はバイトもないから帰ってゆっくりしたかったのに。
「おいおい遥、何溜息なんてついてんだよ。
魔法科に行けるかもしれないんだぞ?
Ability所有者になれるかもしれないんだぞ?
自分がどんな能力かとかワクワクしないのか?」
またしても残念なイケメンがハイテンションで話しかけてくる。
「お前の能力はテクノブレイクだっつってんだろ」
「引っ張る上に扱いがひどくなってる!?」
翔也で鬱憤を晴らしていると、紗希が近寄ってきた。
「ハルってAbilityに関心がないよね。何で?」
「魔法科なんて行ったら毎日競争競争また競争だぞ。
軍隊もどきの訓練もする。
俺は普通にごく一般的な学園生活を送りたい」
それに、俺はAbilityに対して良い感情を持っていない。
俺の言い分に二人は呆れるような溜息を残し、検査会場へ行くため列に並んだ。
ちなみにこの検査は生徒自身が何か特別な事をするわけではなく、専用の機器を身体へ繋ぎ脳波を刺激し
それによってAbilityが覚醒するかという全自動で行われる検査だ。
Ability所有者がこの機械に繋がれると、機械に取り付けられているメモリが一定の場所まで動く。
この覚醒というのは特に条件があるわけではなく、自然に所有者になる者もいればこの検査で初めて解る者もいる。
そしてどんなに普通科に居たいといってもこの検査でAbility所有者と見なされた者は強制的に魔法科へ。
非常に面倒である。
まぁほとんどの生徒は魔法科へ行きたがっているが。
流れに任せ、列を作りそのまま会場へ進んでいく。
会場が近づくにつれて大喜びではしゃいでいる者、意気消沈している者が見えてくる。
それぞれ覚醒者とそうでない者とで場所が括られており、見た限りでは9:1くらいの割合だ。
……まぁ妥当だろうとは思う。
そんなほいほいと覚醒者が出るようなものでもないし。
そんなどうでもいいことを考えていると自分の順番が回ってきた。
用意されていた装置を身につけ、検査員がスイッチを入れる。
俺のメモリは──
ピクリともしなかった。
そうと判れば装置を外し、すぐに未覚醒の括りへ仲間入りする。
そこに先に検査が終わっていた翔也がどんよりした空気を背負い体育座りをしていた。
「テクノブレイカーにはなれなかったか」
「……なれなかった」
どうやらツッコミを入れる気力もないようだ。
それとも同じネタを何度も使ってしまっているからだろうか。
「どうしたら覚醒出来るんだろうなぁ……」
室内なのに空を見上げる動作で黄昏れるように呟く。
「……は○れメタルでも倒してレベル上げればいいんじゃないの」
「そっかぁ……」
絡みづらい空気を出しているので放っておくことにする。
「ハルっ」
全員の検査を終え、覚醒者の割合を調べるまで戻れないので座って待っていると紗希に声を掛けられる。
「えへへー、お互い魔法科移動はまだ先みたいですねぇ」
「そういう割には嬉しそうだな」
「いえいえそんなことは」
ニヤニヤしながら横へぴったりと並び腰を落とした。
何度も言うが距離が近い。
無駄に容姿が良い為こいつが俺に絡んでくる度にその場にいる男どもから負の念を込めた視線をぶつけられる。
こいつが俺の望む平穏を遠ざける一端を担っていると言っても過言ではないかもしれない。
まぁもうそろそろ検査も全員終わる頃だしそう気にすることもないか。
検査員が各生徒に用意された紙に何かを書き込んでいる中、
先導していた担任が声を張り上げ未覚醒者に解散を言い渡したのでそれに従い教室に戻った。
戻るなり勉強道具など一切入っていない学生カバンを引っ掛け教室を後にした。
校舎を出る頃には既に空は紅く染まり、日が沈もうとしている時間帯だった。
この街は四方を海に囲まれていて、面積は然程大きくない。
学園を中心としてそこから住宅街や商店街が広がっており、なかなか雰囲気は好ましい。
学生でのバイトの稼ぎで一人暮らしというのはなかなか貧しさを伴う生活ではあるが、慣れてしばえばどうということはない。
街の中心となっているだけあって学園にも寮はついているが、魔法科の生徒にしか与えられていない。
まぁあっちはあっちで普通科とは全く異なるカリキュラムを組まれている訳だから仕方のないことではある。
とはいえ今日はバイトも休みなのでそのまま直帰コース。
飯も以前買い溜めしておいたインスタントラーメンがまだあったはず。
ここ1ヶ月ほどそれしか食っていないような気がするがまぁ大丈夫だろう。
最近ちょっと腹のほうが緩い感じもするが気のせいだろう。
昔の偉人はやはり良い言葉を残したと思う。
”病は気から”
思い込みの力って凄い。
「待てよ遥!」
日に日に体調が悪くなっていることから目を逸らそうとしていると、翔也が走り寄ってきていた。
「立ち直ったのか」
「ウジウジしてても仕方ないからな。
それに去年よりもメモリの数値が上がってたんだ。
一歩前進ってことにするよ」
「そうかい」
「それよりお前、今日バイト休みだろ?」
「何で知ってんだ」
「ここ2ヶ月間のお前の予定を見て俺の頭の中でシフトを組んでいるのだ」
「気持ち悪いです」
「まぁそんなことより。明水んとこに飯食いに行こうぜ。どうせ今日もインスタントだろ?」
「人の食生活まで把握するな」
「明水が心配してたぜ?最近ちょっと顔色が悪いし元気も無いって」
「俺はいつも元気いっぱいだ。新しい顔になれば更に100倍だ」
「つーか連れてこいって言われてるんだよね。連れて行かないと俺また埋められちゃう」
「お前らの関係が凄く気になる」
しかもまたって。
前科ありかよ。
ちなみに紗希のところというのは明水の父親が営んでいる喫茶店の事。
紗希は家の手伝いってことでキッチンからホールの仕事まで、
更には店の経営まで支えているというオールラウンダーらしい。
「先週よりちょっと痩せたとか気怠さが増してるーとか言ってたぜ」
「何であいつは俺の健康状態を把握してんだよ」
確かに体重は減ったけど。
個人情報筒抜けか。
「とにかく行こうぜ。いや来てください」
「つってもな……」
今月は生活費がキツい。
というか停学している間自宅謹慎とか訳のわからん事を言い渡されたから稼げていない。
一度無視してバイトをしていたら監視の教員が来た。
そして今後も続けるようであれば担当教員が朝から晩まで監視するという。
どんな拷問だ。
それにあいつの店ってのも俺の足を重くする理由の一つではある。
「金がない。よってお冷でドリンクバーコースになる」
「奢りだって言ってたぞ」
「それを早く言え馬鹿者」
俺の足は驚くほど軽くなりまるで羽が生えたかのようだった。
よくわからんが奢ってくれるというのであれば厚意に甘えさせてもらおう。
そのまま制服を着替えずに杏璃の店へ向かった。
カランカランと店のドアに取り付けられた鐘が鳴り響く。
それと同時に見慣れた顔が見慣れない服を来て駆け寄ってきた。
「あ、ちゃんと来たな。よしよし」
満足気に頷く紗希。
「いらっしゃいませー二名様ですね、こちらのカウンター席へどうぞー」
接客モードに入ったらしい。
そして何故か問答無用でカウンター席にきまっていた。
「テーブル席がいいんだけど」
「こちらのカウンター席へどうぞー」
「…………」
面倒なので黙って従うことにした。
案内された席につき、店内をぐるりと見渡す。
個人経営のため然程大きな店ではないが内装や物の配置に拘っているのか、小洒落た雰囲気になっている。
そこはいい。
しかしどう見ても窓際のテーブル席は一列まるまる空いている。
まだ夕飯には早い時間帯だからか、客もちらほら程度。
何故カウンターをゴリ推した。
「ご注文をお伺いします」
「……いや、メニューくれよ」
「栄養満点3色スタミナ定食ですね?かしこまりました」
そう言い残すと翔也の注文も受けずにキッチンへ入っていった。
「…………」
「……俺の飯はちゃんと来るのかな」
知らんがな。
ちなみにテーブル席のほうに置いてあったメニューを見たところ、紗希の言うものはどこにもなかった。
「そういや今日の検査、お前はどうだったんだ?」
注文した(?)料理を待っていると、翔也が話しかけてくる。
「どうだったって、見ての通りだ」
「そうじゃねぇよ。
未覚醒だとしても数値がいいとこまで行ってりゃすぐに~って事になるかもしれないだろ?」
「あぁ。……まぁ、ぼちぼちってとこ」
「今日の検査は結構大掛かりだったみたいで、”サーチ”のAbilityを持った検査員が何人かいたみたいだな」
「サーチ?」
「おう。
何でもたとえ相手が未覚醒者でも見るだけでどれだけの素質と本来の数値かってのが分析出来るらしいんだよ。
Abilityの能力ってのは体調みたいなもんで毎日同じって訳じゃないからな。
だから今日の検査で覚醒数値に満たなかった奴もその人が見れば大体の平均値ってのが解るから
検査機器でダメでも魔法科移動が決まった奴もいるんだとよ」
そんな中でも俺は……と項垂れる翔也。
からかってやろうかとも思ったがちょっとそれどころではない。
……その検査員とやらの目に止まっていなければいいが、不安は拭えない。
もっと早くその情報を知りたかった。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
「二人揃って元気ないぞ!」
滅入っていると注文を作り終えた紗希が料理を乗せたトレーを2つ持ってカウンターの正面に来た。
どうやら翔也の分もちゃんと作っていたようで、隣で安堵の息を吐いていた。
持ってきた料理を手際よく二人の前に並べていき、ありがたいことにドリンクまでつけてくれた。
目の前には白米、サラダ、豚の生姜焼きと小皿に漬け物が盛りつけられていた。
サラダも適当に野菜を切って突っ込んだというわけではなく、オニオンスライスや豆、スライスハムなどが綺麗に盛られている。
「はいドレッシング」
お猪口に取っ手がついたような小さなコップに入れられたドレッシング。手作りだろうか。
「……これ全部お前が作ったの?」
「ふふん、どうよ」
ドヤァと聞こえてきそうなくらいに完璧なドヤ顔だったが、それよりも腕を組んだ時にゆさっと揺れた大きな膨らみに目がいった。
ありがとうございます。
さておき、素直に頷けるレベルで料理上手だと思う。
年中インスタントの俺が偉そうに批評出来るわけでもないが。
さすがずっと喫茶店を親子で営んでいるだけはある。
来たのは初めてだが。
「明水って料理上手いんだな。
全部親父さんにやらせてるのかと──うそうそ!うそですごめんなさい!」
黙って翔也の皿を下げようとしているのを必死に止めていた。
何やってんだこいつは。
「凄いな。素直に感心した」
「そ、そう」
俺が素直に頷くとは思っていなかったのか、紗希は少し動揺を見せた。
「でもこれメニューに乗ってないよな」
「うん。さっき考えて作っただけだもん」
「マジか」
即席メニューか。
女子力MAXだなこいつ。
ここ数日の不摂生もあり、食指を刺激されまくるので頂くことにする。
「頂きます」
「いただきまーす」
「はい、どうぞ」
目の前の料理に箸を伸ばし、一口食べると、もっとよこせと胃が指示を送ってきた。
かきこむように料理を食べ、目の前には空になった皿が残った。
その間、カウンターの向こうにいる紗希は頬杖を突きながら妙に嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「ふぅー」
インスタントとは比べ物にならない程に美味く、先ほどの不安などは頭の隅にも無いほどに幸せ絶頂だった。
「美味かった、ごちそうさん」
「早ぇ!?俺まだ半分以上残ってるのに!」
「伝票くれ」
「しかも帰る気満々!」
「あれ、五六に聞かなかった?あたしの奢りなんだけど」
「……そうだったな」
「というわけでもうしばらくここにいなさい」
「…………」
何がどういう訳なんだ。
すぐ帰りたかったが奢ってもらったしあまり突っぱねることも出来ないので浮かせた腰を再びおろした。
「そういや明水はどうだったんだ?今日の検査。まぁ覚醒してないのは見てわかるけど」
「もう一歩ってところかなぁ」
「お、じゃあ次の検査では見込みありってとこか」
「うん……」
「?、どうした?」
「……ハルは?どうだったの?」
「ぼちぼち」
「数値は?」
……何だろう。
軽いノリで聞いてる風ではあるが、どことなく不安そうな目をしているように見える。
「……覚えてないな」
「お前ホントに興味ないんだな。普通は今までの自分の数値くらい覚えてるもんだぜ」
「そう言われてもな。まぁ覚醒数値の半分も行ってなかったんじゃないか」
「……ハルは本当に魔法科に行きたくないの?」
「望んで行こうとは思わない」
「そう……」
紗希が何を言いたかったのかはわからないが、自分から言うこともなかった。
それからは少しの間談笑し、翔也はまだ残ると言っていたので先に帰ることにした。
「はぁ~……」
「今日も遥は相変わらずでしたねぇ」
「うぅぅぅぅ……」
カウンターの上に伸びるように突っ伏し、唸り声を上げる。
「あのー……あんまり落ち込まれると俺が困るっていうか……」
「今日は結構気合入れたんだけどなぁ……」
「でも俺も同じもん食ってたし」
「……露骨に差別してバレちゃったら恥ずかしいでしょ」
「気づいて欲しいのか欲しくないのかどっちなのよ」
「気づいて欲しいけど……気づいてほしくないなぁ」
「全くわからないんだけど……」
「……乙女心は複雑なの。五六なんかにはわかんないよ」
「えー……」
「届かないなぁ……」
「まぁまだ二ヶ月だし、これから頑張ればいいっしょ」
「そう。二ヶ月で”まだ”素っ気ない会話しかしたことないんだよね……」
「い、いや、そういう意味で言った訳じゃ……」
「いいよ。どうせあたしなんか眼中にないよ」
「じゃあその自慢のおっぱいを武器にいいい痛い痛いごめんなさいすみません抓らないで千切れる!」
「セクハラ反対」
「おーいてぇ……まぁでも明水の気持ちもわからなくはないよ」
「……五六ってホモの人なの?」
「そういうことじゃなくて。あんな事があれば誰でも惹かれちまうよなってこと」
「うぅ……もしこのままあたしかハルのどっちかが魔法科に行っちゃったらって思うと……はぁ~……」
「あいつは何であんなに魔法科に行きたがらないんだろうな。
俺が聞いても上手くはぐらかされちまうんだよなぁ」
「……あたしも」
店を出ると赤かった空は薄暗く、いくつか星が出ていた。
あまり長く居座るつもりはなかったが、なんだかんだで結構な時間が経っていたようだ。
梅雨という季節特有の蒸した気温とベタつく空気が気力を削いでいく。
夜なのに全く涼しくないこの国の気候に一言物申したくなる。
うんざりしながら自宅への帰路を歩き、公園の横を通りかかると男女の声が聞こえた。
声が聞こえるだけなら気にすることでもないが、何やら言い争っている……というより、男が何かを一方的に喚き散らしている。
公園の中から聞こえてくるようだが、その公園は周りを木で囲むように作られており、公園の中の状況はわからない。
まぁ、まだ薄暗い程度だし、街灯もあるしこの狭い街で犯罪など早々起きないだろう。
何よりも面倒事に巻き込まれたくない。
自宅のマンションには公園の入口を横切らなくてはならず、この時初めてマンションの立地を憎んだ気がする。
公園の入口に近づくにつれてその声は大きくなり、会話の内容までもがわかるようになる。
要約すると、男が女に交際を迫り、女は拒否、それを男が何故だどうしてだと喚き散らしているようだった。
青春してるなぁ少年、と思いながら意識から完全に外し、入り口を横切ろうとすると視界の端に何かが飛び出してくるのが見えた。
とりあえず受け止め、確認すると女が公園から出ようとしたところにぶつかってしまったようだ。
顔を確認すると、褐色の肌に翠の目、そして透き通るような金髪を両サイドでまとめている。
ツインテールってやつか。
うむ、知らん人間だ。
「悪い」
そう一言残し、女を引き離し再び歩き始め──
ぐいっ
ようとすると、制服の裾を何かに引っ張られる。
詳しく言えば、誰かに掴まれている。
「…………」
振り向いたら最後のような気がするので、引っ張られる裾を更に引っ張り前へ進む。
ずりずりと何かを引きずる音と共に、俺の制服の袖が小さくしかし確実にぶちぶちと音を立てているが構わず歩き続ける。
「おい待ってくれ!話はまだ──」
俺が何かを引きずりながら歩いていると、後ろから誰かを追ってきたであろう男の声がした。
そしてその男は俺の方へ向かって声を掛けているような気がするが、勿論気のせいだろう。
何故なら俺は今、一人で自宅への道を進んでいるだけなのだから。
「おい!」
男の声がどんどん近くに来ている気がするので、俺は歩く速度を更に早めた。
裾に掛かる負荷と糸の解れる音が大きくなるが、構わず歩を進めた。
「待てって言ってるだろ!」
いい加減無視するほうが面倒臭くなってきたので振り返る。
俺の制服を掴んでいる女と、その女の肩を掴んでいる男。
……どんな状況だよ。
何かを喚き散らしている男を確認すると、これはなんとも以外、翔也とは違う系統の爽やか系男子。
なのに喚いているといううところと目がやたら血走っているというところで全てが残念な事に。
自分の恋愛沙汰に他人様を巻き込むんじゃねぇよという憤りを抑え、男のほうは話にならなそうなので女のほうに聞いてみる。
「何か用か」
ここで初めて気づいた。
二人とも俺の通っている学園の制服を来ているが、普通科の制服ではない。
つまり、魔法科の生徒ということ。
それも胸の校章に”S”の字がついている。
「この男がしつこいんだ。助けてくれ」
完全に異国の風貌なのに日本語を流暢に喋る事に少し驚きつつ、男の方に目をやる。
更に何かを喚き始めたがなんとなく聞き取れたことを要約すると、どうやら俺には関係ないということを言っているようだった。
「突っぱねればいいだろ」
「それで解決していればこんなことにはなっていない」
……ごもっとも。
「つーか話し合いでダメだったのに何しろっての。
俺次暴力沙汰になったらマズイんだけど」
「俺の女と勝手に喋ってんじゃねぇぞてめぇ!」
女と一言二言会話をすると、男が何に逆上したのか、怒鳴りながら殴りかかって来た。
女はすぐさま退避し、既に傍観態勢に入っていた。このやろう。
何で俺がこんな目にと思いながらも殴りかかってくる男の攻撃を適当にいなしながら女との会話を続ける。
「お前、こいつの女らしいが」
会話を続行するとは思っていなかったのか、少し驚いた表情をする。
「え?あ、ああ。
確かに交際を申し込まれたが私は拒否した。
その男の言っていることは妄言だ」
「じゃあ分かりやすく論してやれよ。完全にイッちまってんぞこいつ」
「聞く耳を持たないから会話が成立しないんだ」
「つーかお前も魔法科Sランクだろ。普通科の俺に助けを求めるってどうなの」
男の息が切れ、無造作に繰り出してきていた攻撃が止んだところで説得を試みる。
「暴力いくない」
「なめやがってええええ!!!」
男は更に逆上し殴りかかって来た。
説得に失敗したようだ。
「ダメだったわ」
「キミはやる気はあるのか」
「ねぇよ。何で他人の色恋にやる気出さなきゃいけないんだ」
そうこう言っているうちに男は肉弾戦を諦めたのか、何かぶつぶつ言っていると思った瞬間、
腕が発火し、こちらに狙いを定め始めた。
発火が小さく、手のひらに浮かぶ球体から察するに、どうやらボムタイプのAbilityらしい。
……今日決闘してた奴もそんなAbilityだった気もするが、こいつか?
当然だが学園の魔法科の敷地内以外でのAbility使用は禁止されている。
学園には大規模なAbility制御装置が働いており、それによって怪我を最小限に抑えているのだ。
もちろん学園外にも制御装置は働いているが、学園程強力なものではない。
もしここでAbilityを使用すれば、それは容易に人を死に追いやるレベルにまでなる。
禁則を破り、人に怪我、最悪命を奪うことになってしまえば、その覚醒者は厳重な刑事罰に加え、
その先ずっと、専用の施設に入れられて生涯を終えることになる。
「おい、彼氏完全に殺る気なんですけど」
「彼氏ではない。……冗談を言っている場合じゃないぞ」
ですよねー。
Sランクの覚醒者。
それも見る限りでは超攻撃型に分類されるAbility。
それをこんな場所でぶっ放されれば、想像通りの光景が出来上がる。
「お前なんとか出来ないのか」
「彼はあんなだが覚醒者としては一級品だ。
負けはしないが只では済まない」
「只ですまないのはあいつもだろ。拘束されて懲役終わっても一生施設生活だぞ」
「キミはこの状況で彼の心配をするのか」
「よしいけ少女。あいつを救えるのはお前しかいない」
「キミはどうする気だ」
「お前があいつを引きつけているうちに逃げる。大丈夫、お前の犠牲は忘れない」
「薄情ここに極まれりだ」
「ちゃんと通報しておくから」
「被害者の私を見捨てるのか」
「言っておくと一番の被害者は俺だからな」
俺は真面目に会話していたつもりだったのだが、男はどうやらなめられていると思ったらしく
手の平のに浮かぶ球体が一回り大きくなり、オレンジ色だったものが真っ赤に染まった。
「なめんなああああああああああ!!!!」
さすがにまずいと思ったのか、女も臨戦態勢に入り──
「Aile・Assault」
そうつぶやいた瞬間、女の背に小さな魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間、女の何倍もあろうかという銀色の翼が現れた。
しかしその翼の形は歪で、その翼が小さく動く度に何か刃物同士をぶつけ合うようなカチカチと音を響かせている。
SランクのAbilityがこんなところでぶつかり合えば両者只では済まない上に、周辺を吹き飛ばしかねない。
女がAbilityを使用すると同時に、男は十分に力を溜めた球体を飛ばすために振りかぶった。
「ったく……!」
それと同時に俺は男に向かって走りだした。
「おい!キミ!」
冷静だった彼女も、彼の突拍子のない無謀な行動に焦りを込めた声を発する。
「────」
「──え?」
彼が何かをつぶやいた。
それと同時に、体ごと持っていかれそうな突風が吹き彼の姿を見失った。
そして1秒と経たないうちに、男の目の前に到達し──
「頭冷やせ」
上段蹴りで男の手を蹴り払い、そのまま身体を回転させ、軸足を変え踵で男の側頭部をを蹴り抜いた。
さらにその攻撃に体制を崩し、よろけている男へ
「トドメの893キック!キック!キック!」
真正面から男の顔面を蹴り抜き、追い打ちを掛けるように更に蹴った。
そのまま男は気を失って倒れ、彼はその場から全力で走って逃げた。
「…………」
あまりの出来事に彼女は言葉が出なかった。
真面目なのかふざけているのか、全く解らない。
相手が本気で殴りかかって来ているにも関わらず、それを何事も無いかのように受け、会話を続ける。
そんな事が、普通科の人間に出来るだろうか。
いや、普通科だろうが魔法科だろうが、たとえその道のスペシャリストだとしても容易ではないはずだ。
なのに、彼はそれを当然のように成し遂げ、さらにはSランクの覚醒者を一瞬で倒した。
言動はふざけているようにしか聞こえないのに、結果はこうなっている。
目の前で起きた光景に混乱し、彼女は呆然としたがすぐに学園へ通報し、男を回収してもらった。
「……名前を聞きそびれた」
「……はぁ」
思わず溜息がでた。
あの女が黙っていてくれればいいが、またしても暴力沙汰になってしまった。
手を出した瞬間ヤバイと思い、すぐに止めを刺して逃げたが……。
まぁ、これだけ暗ければ顔なんてはっきりと覚えていないだろうし、名前も名乗っていない。
幸い明日は日曜で学園は休みだし、一日挟めば完全に顔など忘れるだろう。
もし学園側から何か言われても知らぬ存ぜぬでしらを切り通せばいい。
そう前向きに考えることにし、今度こそ自宅へ帰った。
そして月曜日、あの夜の事を考えると憂鬱になるが休むわけにもいかないのでいつも通り学園へ向かう。
何かを忘れているような気がするがぱっと思い当たらない。
わからないものを考えても仕方がないので、重要な事だったらそのうち思い出すだろうという事で頭の隅に追いやった。
ノロノロと歩いていたら遅刻ギリギリの時間になってしまった。
校門の前にいた教師に嫌な顔をされたが笑顔で返しておいた。
教室へ入り、自分の席につくとすぐに翔也が走り寄ってきた。
それはまぁいつも通りなのだがなにやら興奮しているようだ。
どうしたんだこいつと思いながらぼーっとその様子を見ていると
「遥!再検査だ!」
「……尿検査の?」
「ちげぇよ!そんなもんやってないだろ!真面目に聞いてくれよ!
さっき先生が来てさ、Abilityの再検査って言われたんだ」
「ほう、ついにお前のジュニアが──」
「そのネタはもういいから!」
おう、自分で言っておいてなんだが俺もいい加減しつこいと思ってたわ。
「まぁお前が喜んでいるって事はわかった。頑張れよ」
「じゃあ行こうぜ」
「どこに?」
「覚醒検査室」
「何で?」
「再検査だから」
「いや、一人で行ってこいよ。何で俺まで行かなきゃいけないんだ」
「何でって、お前も再検査だぞ」
「……え?」
え?
「さっき先生が来て、俺と明水と遥の3人が再検査だって言われた。
昨日話したあのサーチの検査員が俺達をもう一度検査させてくれって言ってきたらしいんだ」
「……マジで?」
「ハルっ!」
俺にとってはかなり深刻な問題だけに、良いリアクションが取れずにいると、またしても嬉しさをこらえきれないといった声が響く。
「再検査だって!魔法科に行けるかもしれないよ!」
「あぁ、今聞いた」
憂鬱どころではない状態に軽く眩暈がする。
蓋をしていた嫌な記憶が蘇る。
「ハル……?」
フラッシュバック寸前で紗希の呼びかけに意識を戻された。
「どうしたの……?何か怖い顔してたけど」
「……なんでもない。寝不足なだけだ」
再検査と言われたのなら仕方がない。
いつまでもここにいても仕方がないので検査室へ向かう。
その間、紗希は心配するような表情で俺を見ていたが、俺はそれに気づかないふりをした。
前に検査した時のように大人数用の検査室ではなく、教室よりも少し小さめくらいの部屋になっている。
翔也が扉を開けると、部屋の真ん中に白衣を着た若い女が椅子に座っていた。
「あれ……再検査って言われて来たんですけど……ここであってますよね?」
「ええ、合ってるわ」
翔也の問いかけに短く答える検査員と思われる女。
「今日の検査は機材を使わないのよ」
「えっと……」
翔也は女の言葉に戸惑っている。
まぁ、あれだけ大掛かりな機械で検査をしていたのに再検査と言われて来てみれば機材はどこにもないとなれば翔也の混乱も解る。
「特別な事をしろとは言わないわ。私はサーチのAbilityを使って貴方達を見るだけよ」
「そ、そうなんですか」
緊張しているのだろうか、声が硬い。
俺としては今すぐここを飛び出したい気持ちでいっぱいだが、それは出来ないのでおとなしくするしか無い。
女は俺達をひとりずつ自分の前へ呼び、サーチで詳しく解析していく。
傍目には只、女が男の身体を舐め回すように見ているようにしか見えないが。
しかしよく見ると女の眼球に魔法陣のようなものが浮き出ては消え、浮き出ては消えを繰り返している。
どうやらサーチをずっと使用し続ける事は出来ないようで、身体のパーツごとにサーチを使用しているように見える。
翔也と紗希が検査を終え、俺の順番が回ってきた。
「…………」
女の眼球に魔法陣が浮かび上がる度に、俺はずっと”抑え”続けた。
そして俺の検査も終わり、女が紙に何かを書き込み、
「これで検査は終わり。結果は担任の先生に伝えておくから、すぐにわかるわ」
これで解散という雰囲気を察し、翔也に続き紗希が部屋の外へ出る。
そして俺もその後に続こうとしたところで
「瀬上 遥君」
呼び止められた。
先に出た二人は何事かと俺と検査員の顔を見るが、先に行っててくれと促した。
「なんですか」
「……キミ、覚醒者の平均的なAbility数値を知ってる?」
「……知らないな」
いきなり何の話かと思ったが、この期に及んで無意味な会話では無いだろうと思い黙って先を待つ。
「そう、覚醒数値と言われる、未覚醒者と覚醒者のボーダーラインが100とするわ。
今の二人は、そうね、ざっと分析した結果95~110の間を行ったり来たりってところかしら」
「なら魔法科行きが決定した訳だな」
「ええ。ちなみに今の魔法科の上位ランカー達は大体800~900ってところね」
「とんでもないな」
「ええ、とんでもないわね。
でもね、私にとってとんでもないのはキミのほう」
「俺は普通科のごく平凡な生徒だ」
「平凡な生徒は、自分のAbility数値を”制御”したりしないわ。
私のAbilityの特性を瞬時に理解したのは称賛に値するけれど」
「…………」
「私はサーチのAbilityを持つ者の中でも上位の”Analysis”に分類されるの」
もう、嫌な予感しかしなかった。
「キミがいかに力を抑えても、私には見えるのよ。
キミのAbility数値は──」
その後、すぐに教室へ戻り、担任がホームルームで俺達3人の魔法科移動を告げた。
「ぃよっしゃあああああああああ!!」
「やったああああああ!!」
「…………」
二人が喜び騒いでいるのを俺は傍から見ていた。
喜んでいるのに水を差すつもりも無いので、特に不満は言わない。
「なぁ遥、お前あの時なに言われたんだ?」
ひとしきり喜び小躍りしていた翔也が聞いてくる。
「……いや、ちょっと見落としがあったとかで呼ばれただけだ」
「ふーん、そんな適当でいいもんなのか検査って」
「さぁな。機械じゃないんだし、ミスくらいはするんじゃないか」
「ハルっ!頑張ろうね!」
「……あいよ」
こうして、俺の望んだ平穏な学生生活は音を立てて崩れ、憂鬱な騒がしい日々が始まるのだった。