第三話 暴走
東地区、第二商店街。
普段は人で溢れかえるこの場所は今日に限ってはひっそりと静かであった。
それもその筈。ここは、連続器物破損事件が起きて、警察がその場所を封鎖して捜査をしていたからである。入り口と出口には警官二人が立っていて、立ち入り禁止のバリケードが張られていたからだ。
野次馬たちは、警察の捜査の様子を遠巻きに見ている。
その中に黒川慎吾と斎藤千夏は混ざって警察の捜査の様子を見ていた。
「陽射しが強い。死ぬ、溶ける」
「大丈夫ですよ。私が大丈夫なんですから、人間の黒川さんが溶ける筈がありません」
それにしても、と千夏は思った。
「迂闊でしたね……中に入れないなんて」
黒川と千夏は、対策委員会から請け負った依頼のために東地区へと赴いていた。
真っ昼間にも関わらず、よく黒川が外に出たなと不思議に思うかもしれないが、千夏が現場検証は探偵の基本です、とだらけていた黒川を無理矢理連れてきたのだ。
「だから言ったじゃん。夜に行こうって。マジ最悪だよ。日差しは強いわ人は多いやらで……うっぷ、気持ち悪くなってきた」
こんな人ごみにはコミケ以外で味わったことがなく、耐性が無い黒川は人混みに酔ったのか手を口に当てた。
「夜って言いますけど、寮を抜け出すのって大変なんですよね」
身長が低い千夏はピョンピョンと必死に飛びながら捜査現場を見ようと頑張っていたがなかなか見れないで居た。
「だったら俺一人でやってるから別に抜け出さなくても……」
「ダメです! 黒川さんは私がいないとすぐサボるんですから。それに、私は助手ですので、黒川さんの仕事を手伝う義務があるんです!」
何なんだよそのポリシーは……と黒川は小さく肩を竦める。
「もー見れません!」
千夏は諦めると、野次馬たちから一歩離れた場所にいる黒川のもとへと戻る。少し涙目だった。
「黒川さん、何とかなりませんか?」
「出来ないことも無いけど、無理。面倒」
「面倒って……仕事何ですから、頑張って下さいよ」
相変わらずの彼のスタンスに、呆れたようにため息をつく千夏。黒川は小さく舌打ちをすると、手をパンと合わした。
「まぁ、請けたもんは仕方がねぇ。ちょっとは本気だして臨みますかね……ちょっと千夏ちゃん、手出して」
「何ですか?」
言われた通り千夏は手を出すと、黒川はその手のひらの上に、丸いヌメヌメとした半径一センチ程の小さな球体をポンと置いた。
「コレは?」
「ん? 死体の目」
「へぇー……って死……モガッ!」
何ともないと普通に言う黒川に思わず納得しかけた千夏であったが、黒川の言葉に思わず悲鳴を上げそうになった。黒川はウルサいと千夏の口をすぐに手でふさいだので周りには気付かれなかったが。
「周りにバレたら面倒だから声をあげんな」
コクリと頷いた千夏を見て黒川は塞いでいた手を離した。
「ぷはっ……でも、コレ何に使うんですか?」
黒川はフッフッと気味悪く笑うと説明をし始める。
「コレは、第三の目って言ってな。俺の指示通りに動いて、リンクさせればこの目で見た情報を自分も見れるようになるんだ」
「何ですか、その忍者漫画の砂の人柱力みたいな能力は」
「だが、欠点があってな……生者とリンクさせるのは、疲れる。だから、お前とリンクさせる」
「無視ですか……まぁ……私は死んでいますけどね」
「さて、始めるぞ」
黒川は目をつむり、右手に力を込める。青白い光がゆっくりと白い目に入っていく。
「綺麗……」
幻想的なその光景に目を奪われる千夏。
「気合い入れろよ……少し熱いからな」
「えっ……ッッ!」
突然、右目を熱した矢で突き刺したような鋭い痛みが千夏に襲いかかる。あまりの痛みに、言葉を失うが、その痛みは一瞬で引いていった。
「痛かった……少しどころじゃないじゃないですか!」
「まぁ、そう言うな。ホレ、目を瞑ってみろ」
千夏は目を瞑ると驚いた。目を瞑っている筈なのに、周りの景色が鮮明に映っているのだ。思わず感嘆の声を漏らす。
「うわー、すごい」
「今から、それを動かす。見える光景を俺に伝えろよ」
黒川は念じながら、第三の目を動かした。
第三の目は黒眼をきょろきょろと動かしながら宙に浮かんで、野次馬たちの頭上を越えていくと、バリケードの中へと入っていった。
「凄い……3D映画を見てるみたい」
「……いや、そういうのは良いから」
「……警察の方が沢山います。……バレないのでしょうか?」
「コレは、ステルス化してるから大丈夫だ」
黒川の言葉に安心すると、千夏は周りの風景を集中して観察する。
壊れているのは。
「ポスト、電信柱、お店の壁、看板、ガラス……凄い悲惨な状況です」
黒川は、フムと顎に手を当てる。
「どのように壊れているかわかるかい? 千夏ちゃん」
「看板や電信柱、ポストは何かに潰されたようにぺちゃんこで、お店の壁は、トラックに激突されたかのような壊れ方です」
「なるほどね……」
第三の目経由で現場を、僅かな違和感も見逃さないと観察していた千夏はあるものを見つけた。
明らかに、それはそこにあってはおかしいものであった。
壊された店は、鉄筋コンクリートでできている筈なのに、埃や破片に混じってそこに散らばっていたのは、木の破片であった。その店は、千夏も言った事がある店で、木の商品や棚は取り扱っていなかった筈だ。
「壊れた鉄筋コンクリートの店に、何の木か分かりませんが木の破片が散らばっていました。警察の方は気がついていないみたいですが……」
「木の破片……?」
「はい……ってあれ?」
「どうした?」
「映像が途切れました」
先ほどまで鮮明に見えていた景色が急に見えなくなり、千夏は驚く。黒川は盛大なため息をついた。
「え、えっと私は何かやらかしてしまいましたか?」
「ん……いや、面倒事が確定したってだけよ」
黒川はもう一回ため息を着くと空を仰いだ。
「第三の目とのリンクは俺が解除しない限り途切れることはない」
千夏は何かに気がついたように声をあげた。
「それって……」
「そう、確定。もしかしたら違うって思いたかったけど相手は超常現象だ。雑とはいえ俺の隠蔽に気が付けるほどの力を持ったな……しかも、ソイツはまだそこにいる」
その言葉を聞いて、千夏は走り出そうとする。直ぐにでも、その元凶を排除しなければと判断してのことだった。
だが、黒川がそれを手で制した。
「……何で!?」
目を見開く千夏に、黒川は面倒くさそうに頭を掻く。
「落ち着け。焦ってもしゃーない」
千夏には、その言葉が信じられなかった。
人の生き死にがかかっているのに、何で飄々としていられるのか。山田との一件で黒川の言い分は理解していても、目の前にその状況があったら彼は助けに行くだろうと千夏は勝手にだが信じていた。
沸々と疑問がこみ上げてくる。
何でこんな時まで。どうして普通にいられるのか。
何故、どうして。
疑問は胸の中で怒りに変わり、増幅していく。千夏はその怒りのままに、言葉を黒川にぶつけた。
「もしかしたら、人が死ぬかもしれないんですよ!?」
黒川は、冷ややかな目を千夏に向ける。
「感情的になるなよ千夏。行き過ぎた感情は身を滅ぼす」
感情の籠もっていない、まるで機械のように淡々と告げる黒川に千夏はたじろぐも、彼女の怒りはコレ位で収まるものでは無かった。
「感情的になって何が悪いんですか!」
「チッ……ったく、ここまで頑なだったなんて。だから、昼の仕事なんてしたくなかったんだ」
ボリボリと右手で頭を掻きながら、黒川は小さく舌打ちをすると千夏に向き合った。
「千夏ちゃん。今日は此処まで、だ。帰るぞ」
「意味が分かりません! コレばかりは黒川さんに従えません。アナタを倒してでも私は――」
「強制停止」
黒川が一言そう呟くだけで、千夏は膝からガクッと地面に倒れた。いくら人間のようだとは言え、実態は黒川が契約したリビングデッドである。千夏の暴走を止めるくらい造作もないことだった。
野次馬の何人かが何事かと振り返ってきたが、すぐに興味を失って再び前を向く。
「……」
黒川は無言のまま千夏をおぶると、北地区の自分の塒へと一目を気にしながら帰っていった。