ホラー短編 その1「迎え」
その日は豪雨だった。買い物しようと思って玄関を開けた瞬間、とんぼ返りするレベルの。
幸い、食料はレトルト食品の備蓄があるし、断水とか停電が起きているわけでもない。
問題は、雨のせいかWiFiの電波が混んでいて、スマホで動画を見ようとしても上手く読み込めないことだ。
これだから集合住宅は嫌なんだ。そりゃ、これだけ天気が悪い中、外に出るやつはガキか馬鹿の二択だ。
こうなるともう、飯食って風呂入って、寝るしかない。俺はいつも通りロフトに上がって、かなり早めの時間に寝た。
普段と寝るタイミングが違うせいか、俺は変な時間に目が覚めてしまった。
枕元のスマホで時間を確認すると、まだ深夜の3時前だった。
このまま二度寝すると午前中のバイトに遅刻しそうだし、漫画でも読んで朝まで時間を潰すか。
俺は部屋の電気を付けようと、スマホのライトでベッド付近のリモコンを探し、スイッチを押した。
反応しない。最近、電池を交換したばかりなのに。
接触不良を疑った俺は電池を入れ直して、軽くリモコンを叩いてから再びスイッチを押す。
うんともすんとも言わない。
リモコンがダメだと分かれば、直接、壁掛けスイッチを押すためにベッドから離れた。
その時、ふと、ロフトから窓に向かって伸びる物干し竿に視線が移動した。
理由は自分でも分からない。洗濯物なんて、その時一つも干していなかったのに。
最初は、目の錯覚かと思った。
俺の脳みそが、暗闇の中にありもしないものを見出してしまっているのだと。
でも、確かに「そいつ」はいた。
人影が、物干し竿の上にちょこんと腰掛けて、こちらを見つめている。
視線を感じる。泥棒?いや、玄関も窓もきちんと閉めているはず。
それに、足場もないのに、どうやって物干し竿の上に人が座れるんだ。
俺は一歩も動けなかった。頭の片隅で、これが蛇に睨まれた蛙の気持ちかと、冷静に思ったりした。
どれくらいの時間が経っただろうか。突然、部屋の電気が付いた。
「そいつ」はもう、そこにはいなかった。俺の体は、冷や汗でびっしょりと濡れていた。
「って感じの、ちょっと怖い体験をこの前したんすよ。」
「えぇ~?それ本当?作り話じゃないの?」
「いやいやガチっすよ先輩!あ、らっしゃせー。」
俺はバイト先のコンビニで、仕事の隙間に先輩と軽く雑談していた。
お客さんが来てすぐ会話は打ち切られたが、あの日見たことは全て事実だ。
あの一件以来、体のどこかが痛むとか、妙な気配を感じるとか、そういうことは一切なかった。
俺の部屋が一時的に、霊の通り道でもなったのかと思って、納得することにした。まだ、引越しもしてないし。
その日も、出勤してきた店長と入れ替わって、俺は帰路に着いた。
バイト帰りのバスの中、俺は夕暮れに染まる街並みをぼんやりと眺める。
窓から見える景色はいつもと何も変わらない。
俺が生まれ育った、何の変哲もない街だ。
だから、その異常に敏感に反応してしまった。
あの人影が、街路樹の枝にちょこんと座り、俺のことを見つめていたから。




