第44話 はじまる前の、決別
「さあ、いただこうか。心配しないでくれ、支払いは私がするから」
「いただきます」
「いただきま~す!」
目の前には刺身が二切れだけ盛られた小鉢と、海鮮入りの和風サラダの皿が1つ置かれていた。
「リゾートホテルでこういった会席料理でも良いだろう。むしろ川田さんはこういうのが好みじゃなかったかな?」
ええ、そうなんですけど。
「あの、どうしてこの2人も誘ったんですか?」
「理香酷い!」
「どうしてって、目の前にいるのに、放って我々だけで夕食に行くのも、なんだか悪いだろう?」
……誘った時点で、何か用件があるって思ってくれないのかな?
これじゃただ単にご飯をたかっただけみたいじゃないの。
「いえ、そういう事では無くて……」
「分かってるよ、でも今はいいじゃないか。目の前の料理を美味しくいただこうじゃないか」
分かっている……?私が用件あって誘っているのを、それともその用件を……?
そんなことを思いながら小鉢の刺身をひと切れ取り、口へ運ぶ。
鯛みたいに見えるけど、薄めに切ってあり、口の中で身に乗った脂が甘く主張して溶けていくよう。
「まるで、今の私たちの心のようですね、藤島先輩」
「そうだね」
私への甘ったるい気持ちのようだといいたいのかな?
次に一口ほどの色の付いたご飯が、続いて刺身の三種盛りが出てくる。
私としてはさっさと話を、私の気持ちを言って答えが欲しい。
……あれ?
それじゃダメじゃない?
この前気持ちを言ってだめだったから、先輩の気持ちをこっちに向けるって言ってたのに、また私から言っても成功するわけないよね……?
「だめだわ」
「理香?」
あ、声に出てた。
「ううん、なんでもない。それより美味しいですね」
その後も、料理の感想と他愛ない会話で食事は進んでいった。
そしてデザートの水菓子と果物を食べ終えたあと、多賀先輩が私に問いかけた。
「それで、今日は何の話なんだい?」
「あっ、それは、その……」
いざその時が来ると口になかなか出来ないし、そもそも言うべきなのか、先ほど疑問に思ってしまった」
「……まさかとは思うが、この前真樹さんの店で話したことかい?」
完全に見透かされている。
「う、そう……。の、つもりだったんですけど、保留にしようかなって」
「理香先輩?」
綾ちゃんや咲恵は不思議そうにしているけど、今は言葉で想いを伝えるだけじゃダメだ。
だから今言っても何の意味も無い。
「保留か……」
「ええ、だから特に用事は無かったということにして貰えませんか?」
「いや……」
多賀先輩は私の提案を拒否してきた。
「あれから私は考えると言っただろう?考えた結果、無いね。すまないが私が再び君を好むことは、無い」
そう言われて、頭の中が真っ白になった。
「え……?」
「えっ、副会長、あんなに理香先輩のこと興味持ってたじゃないですか!?」
綾ちゃんの疑問はもっとも……。
「それは、図書館で川田さんがあのことについて話すまでの話だよ。もっとも、その前に誠実で無い者はちょっと、と言ったけれど」
「え……、でも今保留中だって聞いたんですけど」
「誰に聞いて……、ああ母かな?母には真樹さんの店で会うまでしか話してないからね」
そう、先輩のお母さんから直接。
「考えてみれば分かるだろう?川田さんがどれだけ可愛くても、元は男じゃ無いか。どれだけ今が女の子のようでも、元の記憶もあるじゃないか。女性としての君が好きな相手を君は愛することをできるのかな?」
「副会長!そんなのあまりに理香に失礼じゃないですか!?」
私をかばってくれる咲恵の気持ちが嬉しい。
「部外者は黙っていて貰えるかな?」
それを冷たくあしらう先輩にイラッとする。
…………できるわ、きっと。
「できますよ。……もちろん、相手次第ですが」
「仮にそれが事実だとしても、私はそんな気持ちにはなれない」
そんな……。
「副会長、それだって変わる可能性もあるんじゃないですか?」
「どうかな?少なくとも今のところは、考えられないけど。それに……、君たちだってあのことを知ってからその思いが強くなったのじゃないのかい?」
そう言って2人に目を配る。
「ああ、宮本さんは、少し違うかもしれないが……。まあ私にその気がないと言うことが分かってもらえれば結構だよ」
「でもっ……!」
綾ちゃんがまだ私を助けてくれようとしている。多賀先輩がその気になれば、自分の恋敵となるだろうに。
それに……。
「綾ちゃん」
「え?」
私は綾ちゃんの前に手を出す。
多賀先輩の言うことはもっともかもしれない。
「もういいの、帰りましょう。でも先輩、もしこの先私に魅力を感じたら頭を下げて私に告白してくださいね。その時、私が受けるとは限りませんけども」
「ああ、かまわないさ」
いいでしょう。いいですとも。その時後悔の念に駆られる多賀先輩の姿を楽しみにするわ。
「行きましょ、咲恵、綾ちゃん」
「えっ、いいの!?理香!」
「いいの」
咲恵、そこはそんなこと言わずに黙って去ってほしかったわ。
私を明確に断った先輩へ少しでも、なんてこと無いわって印象を持たせようと頑張ったのに。
去ろうと席を立ち、先輩に背を向けたその時から胸のあたりが大きく騒ぎだした。
——そっと。そんな私の手の甲に、手を添えてくれた。
ありがとう綾ちゃん。
私はおかげで、先輩の前を去る前に涙をこぼす姿を見せずにすんだわ……。




