キビダン
「きびだんごだけ食べてりゃ人は生きられるさ」
桃太郎は歌うようにそう呟くと、颯爽と立ち上がった。
「それで死んだら凄い」
完全武装の全身が朝日に煌めいた。鬼ヶ島が彼に滅ぼされるのを待っている。
腰につけたきびだんご無限製造装置──それはおよそそこから無限にきびだんごが産まれるとは信じられないほどの小ささで、小刀とすらも見間違えようがない。まるで腰にちょこんと巾着袋がついているようにしか見えない。
「さて──」
非情な猛禽類の目をして、桃太郎は言った。
「下僕を連れていかないとな。誰でもいいが──、できるなら、人間じゃないほうがいい。顎でこき使えるように──」
そして桃太郎は歩きだした。
鬼ヶ島をめざして徒歩で進んでいると、街道に犬を見つけた。犬はやつれており、数日間は何も食べていないらしいことが窺えた。
トボトボと、ヨロヨロと、道端のミミズを探すように歩く犬の前に、桃太郎が立ち塞がった。
「おい、犬。きびだんごをやろうか」
腰につけた装置からきびだんごをひとつ取り出し、突きつける。
犬は微妙な表情で、つまらなそうにそれを一瞥した。
お腹は減っていたが、それでもあまり美味しそうなものに見えなかったからだ。
犬は力なくお辞儀をすると、言った。
「犬は雑食ですので何でも食べますが、それはなんか嫌だ。食べたくない」
「食べろ」
「有り難いですが、そんな脅迫するように言われると、また」
「食べろ」
桃太郎は犬の口に無理やりきびだんごを突っ込んだ。
「うまいだろう」
藁をもちもちにしたような味がした。はっきりいって糞まずかった。
しかし確かに腹の足しにはなる。ミミズを食うよりはましかもしれなかった。それで律儀な犬は、桃太郎にお礼を言った。
「食ったな?」
桃太郎は強引に話を進めた。
「それを食べたからには、おまえは今から俺の奴隷だ」
犬を引っ張ってしばらく歩くと、猿がいた。猿は高い木の上に生っている柿を優雅に食べていた。
「おい、そこの猿」
桃太郎は大声で話しかけた。
「柿などよりも、このきびだんごを食え」
「アァ?」
猿が上から睨み返す。
「猿は雑食だ。何でも食べる。だが、てめーが作っただんごなんかよりは柿のほうがうめーに決まってんだろボケ」
「柿なんぞ食う必要はない」
桃太郎は歌いだした。
「きびだんごだけ食べてりゃ猿も生きられるさ。それで死んだら凄い」
猿は感動を覚えた。
低い男声による、聞いたこともないその歌に。
猿はロックを聴いたことがなかったのだ。
犬と猿を引き連れ、さらに歩くと、草むらの中をトコトコと歩いている雉を見つけた。
「おい、そこの鳥」
桃太郎は声をかけた。
「なぜ、おまえは鳥なのに空を飛ばん?」
雉はビクビクしながら答えた。
「お腹が減って、飛ぶ力がありません。猫に見つかって食べられないように、こうして草むらの中を移動しているのです」
「これを食え」
桃太郎は腰につけた無限製造装置からきびだんごをひとつ、取り出した。
「食ったら働け」
何でもよかった。
食べるものなら、何でも。
しかしそのもっちもちとした食べ物は、雉のくちばしにくっつき、食べにくいったらありゃしなかった。
まるでこれは食べ物というより、鳥を捕まえるための罠だ、と雉は思った。
ふつうに黍のまま、くれたらよかったのに。
鬼ヶ島はすぐ目の前の、海のむこうに見えていた。
夜が明けたら攻め込もうと、桃太郎一行は、今夜は松林を背に、砂丘で休息を取ることにした。
「桃太郎さん」
犬が言った。
「きびだんごじゃないものが食べたいです」
桃太郎は言いつけた。
「きびだんごだけ食べろ」
「なー、桃太郎よォ」
猿が言った。
「きびだんご、もう飽きた、っていうか元々糞まずいんだわ」
桃太郎は言いつけた。
「きびだんごだけ食べろ」
雉は泣いていた。
くちばしがとりもちにかけられたように、上下がくっついて喋れないのだった。
桃太郎は言った。
「とにかくきびだんごだけ食べろ。きびだんごだけ食べてりゃ、犬も、猿も、雉も、生きていける。それで死んだら凄い」
犬が砂の中に蠢くミミズを見つけた。
「ああっ! ミミズだ!」
喜んで砂を掘り、捕まえたミミズをうどんのように、つるんと飲み込もうとした犬の頬を、桃太郎がグーで殴った。
「きびだんごだけ食べろ」
朝が来た。
決戦の時だ。
あるいは大虐殺の──
桃太郎は犬、猿、雉を背負い、草鞋の底につけたジェット噴射で海の上を飛ぶと、あっという間に鬼ヶ島に到着した。
鬼たちは離れ小島で平和に暮らしていた。
漁業を中心に、農作物にも恵まれ、子どもたちもすくすくと育ち、狭い世界の中ながら、幸せに暮らしていたのだった。
「殺せ」
桃太郎が下僕をけしかける。
「奪え。犯せ。しこたま金品を持っているはずだ」
平和な暮らしを送っているとはいえ、鬼は鬼である。
まともに戦えばただの人間、ただの犬、ただの猿やただの雉が勝てる相手ではなかった。
長い髪を振り乱し、おおきな目を怒らせて、角を見せつけながら襲いかかってくる鬼たちに、下僕たちは恐怖するしかできなかった。
「おまえたちはここ数週間、きびだんごばかり食べてきた」
桃太郎が下僕たちを鼓舞する。
「きびだんごだけ食べてりゃおまえらは生きられるんだ。それで死んだら凄い」
包丁を振り上げて、脳天を割りに来ていた鬼に、桃太郎が余裕の一言を放つ。
「キビダン」
黄色い光が桃太郎の全身を覆い、そこから一粒の弾丸が、鬼の眉間を貫いた。
「おまえらにも出来るはず」
冷徹な目をして、桃太郎は下僕たちを見た。
「言ってみろ、キビダン」
犬は言った。
「キビダン」
犬の身体を黄色い光が覆う。
猿もそれに続いた。
雉はうまくできなかった。くちばしがひっついて離れなかったので。
しかしその羽根をおおきく広げると、そこには無数のきびだんごが生り、発射の合図を待っていた。
三匹の下僕はそれぞれに、歓喜の笑いを浮かべた。
知らぬ間に身につけていた、その巨大な力に、得意になった。
機関銃のように、ガトリング砲のように、キビダンが掃射された。
グォーン……
ダダダ!
ズドドドド! ドッシャアーン!
バババババババババババリバリバリバリン! ギュウ〜ン……キビダーーンッ!
アハハハハハ! キビダン!
キビダン! キビダン!
喰らえーーっ! キビダン!
キビダン! キビダン! キビダン! キビダン! キビダンゴ!!!
桃太郎は、死んだ。
10年間、きびだんごしか食べていなかったのが災いとなって、ようやく斃れたのだった。
破壊し尽くし、炎上する鬼ヶ島の景色を背に、三匹の下僕は喜んだ。
「これで僕たちは自由だわん」
「俺の真っ赤なケツを世界に見せつけてやるウッキー」
雉はやはり喋れなかったが、その目に真っ赤な野望の色を浮かべていた。
この力を以て、隣国に攻め込もうと三匹で話を決めた。
こんな小さな鬼ヶ島などよりも、もっと略奪し甲斐のある隣国があった。
今なら戦力で世界中のどの国よりも自分たちは劣っていない。それどころか世界を征服すらできてしまいそうな自信に満ちあふれていた。
「桃太郎、これは貰っていくよ」
欲に飢えた目をした犬が、腰からきびだんご無限製造装置を取り外そうとすると──
死んだはずの桃太郎が、カッ! と目を見開いた。
「死んだら凄いと歌っただろう!」
立ち上がると、死体が凄い勢いで踊りはじめた。
「人は死んで初めて伝説となるのだ!」
「キビダン!」
「キビダン!」
「……!」
三匹の下僕が一斉に桃太郎へキビダンを放つ。
桃太郎は伝説の『超キビダン』でそれを迎撃した。
「生き物の欲とは恐ろしいものよ」
それを砂丘から遠眼鏡で見ていた人物があった。
「私は権力など欲さぬ。ただ、きびだんごの不思議に惹かれるのみ」
そう言うと、孫子は静かに舟を漕ぎ出した。




