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九、世紀のショータイム

あの『RBS』のボーカルの後任に自分など……いや、違う。

ノボルはかぶりを振った。

今のオレは、"音楽の悪魔"と契約した世界最高峰の歌唱力を持つシンガーである。

たかが日本のいちアマチュアバンドのボーカルなどの地位に臆する必要は、全くない。

全くないのだが、そもそも1分も連続して歌うことが出来ない身なので、どの道"バンドのボーカル"なんて役を受けることは出来ないのである。


「オレを選んでくれるのは嬉しいけど、それは無理だわ」

「いや、気にしなくていい!ルックスは一旦おいといて、まず歌唱力を第一優先として上手い奴を集めろ、ということだからさ!ルックスは後からどうとでもなるけど、歌唱力は先天的なものがあるから」


誰もルックスの話などしてないのだが……とオレは少し不愉快になったが、タカシの勢いは止まらない。


「まあ数ある候補者の一人として、オレの誘いに乗ってみてよ。『誰も紹介できませんでした』じゃオレも先輩の顔を潰すしさ」

「知った事かよ……て言うか、オレ喉が凄い弱いんだよ。だから普段から1分も歌えないんだ。だから無理だって」


こんな時の為に予め準備していた嘘で回避しようとしたノボルだが、それでもタカシの懇願は続いた。


「へえ、そうなんだ。喉を傷めてるとか、喉が弱い印象は全然ないけどね」

「いや……」

「医者とか行ってるの?行ってないよね?だってお前が病院に通ってるとか聞いたことないもん」

「違う、最近は行ってないだけだよ」

「じゃあ最後に行ったのはいつ?」

「えと……」

「ほら、忘れるくらい昔だろ?また医者に行こうぜ!医療の進歩を甘く見るなよ、今行けば何とかなるさ」


参った、こいつにはどんな言い訳も通用しない。嘘を重ねれば自分がきつくなるだけである。

しかし実際の所、"音楽の悪魔"と契約したはいいものの、今のところはただ鼻歌を歌って楽しんでいるだけなのが現状であった。

この制限された状況でしか発揮できない"力"を使ってこれからどう活動するか、ノボルもそれを考えあぐねいていた所である。

その中でも最も"無い"のが、長時間歌うことを強いられる"バンド活動"ではあったが……。


「よし決まり!じゃあちょっと歌ってもらおうかな」

「え?今ここで?」

「そう、アカペラでもいいから歌った動画を撮ってさ、それを送れって言われてるもんで」


ここで歌うと言っても、大学の食堂内である。

ピーク時より空いてるとは言え、人はまだたくさん居るしガヤガヤとうるさい。


「いや、せめてもう少し静かな人の居ないところで撮らない?」

「は?恥ずかしがってるの?これからRBSのボーカルに成ろうって男が何を日和ってるのよ」

「別にオレが成りたいって言ってるわけじゃないだろ。断ってるのに」


ヘラヘラと笑うタカシに、ノボルは少し声を荒げた。

こちらは歌唱にある意味"命"が掛かっているのだ。しかしそんな事はタカシが知る由もない。


「分かった分かった、じゃあせめてあっちの隅で歌おうか」


そう言って、食堂の一番端の人の少ないエリアを指し、そちらへ席を移動した。

そして強引に壁を背にノボルを立たせ、タカシは自分のスマホをカメラモードにして構えた。


「いい顔してねー」

「バカ、(カメラが)近いだろ」

「オレさ、ライブの動画撮るのは慣れてるから任せてくれよ」

「ったくよー。てか、歌えって言っても何を歌えばいいのよ。さすがにRBSの曲は知らないよ」

「あ、歌のうまさが分かれば曲は何でもいいってさ。お得意な曲をどうぞ」


またか、とノボルはげんなりした。

しかし今となっては、世の全ての歌がノボルの"得意な曲"と成り代わっているのであるが。


少々困っているノボルの顔をスマホのカメラモードごしに見て、タカシは口を開いた。


「RBSのメンバーはみんな90年代のV系が好きだって言ってたな」

「90年代のV系?」

「そう」

「じゃあ『X JAPAN』でも歌うか?」


ふざけ半分でノボルが答えると、タカシは乗った。


「いいねーそうしよう!じゃあ先生、『くれないだー』でお願いします!」

「マジかよ……しかもあの曲名は『くれない』で、『くれないだー』じゃないよ」

「『紅』ね、分かった分かった。いやでも歌えるでしょ?……あ、でもXのハイトーンボイスは流石に厳しいかな?まあ無理ならいいけどね」


 ……あ?難しいだと?

 ふん、なめるなよ。オレを誰だと思ってるんだ。こちとら世界最高の声を持った男だぞ!?

挑発するようなタカシの物言いにほんのりとプライドが傷付けられたノボルは心の中で悪態を付き、だったら見せてやるよといった様子で軽く咳払いをした。

歌う時間を30秒ほどで切り上げる必要があるが、実力を分からせるにはそれで十分だろう。

やってやる。


「お?先生、いきますか?ではどうぞ」


そう言ってタカシがスマホの録画ボタンを押した音を確認して、ノボルはやおら歌いだした。


 嵐吹くこの街がお前を抱く

 吹き抜ける風にさえ目を閉じる


 お前は走りだす何かに追われるよう

 俺が見えないのかすぐそばにいるのに


ノボルはX JAPANの『紅』をあえてサビではなく、Aメロから歌い出した。

実は"音楽の悪魔"と契約したあの時から、人前できちんと発声して歌ったのはこの時が初めてであった。

しかしその歌声は、想像以上に凄まじかった。

まさかノボル自身も、己の声量・美しさ・透明感の中にもある力強さが、ここまでとは思っていなかったのだ。

これが悪魔と契約した、"世界を制する"ことが出来る歌声なのである。

その証拠に、その歌声は地声にも関わらずフロアの片隅から食堂全体を包み込み、その場にいる100人は下らない数の学生を全て押し黙らせた。

そして尚且つ今行っている動作を一斉に止めて、身体を硬直させたのだ。


この歌声を一番近くで聴いていたタカシの顔からは、先ほどのヘラヘラとした笑みが消えていた。

その表情は、正に"悪魔"を見ているような形相であった。

ノボルはそのままサビを歌い始める。

"悪魔の歌声"はいっそう高らかに周囲に鳴り響いた。


 紅に染まったこのオレを、慰める奴はもういない

 もう二度と届かないこの思い

 閉ざされた愛に向かい、叫び続ける


『あ、しまった!』

ここまできてノボルはようやく我に返った。

当初はサビ前で一度歌を止めて、タカシの様子を見る算段であったのだ。

しかし自分の歌声の凄まじさを初めて知ったノボルも入り込んでしまい、トランス状態になったのである。

そして気付いたらサビまで歌い切っていたのだ。

『まずい!』

歌い終えたノボルは、すぐにこれから訪れる無呼吸状態を想定し、大きく息を吸った。

これまでの鼻歌の経験で、歌い終わってから無呼吸に入るタイミングをだいたい把握していたのだ。


しかし想定外なのは、"歌を本気で歌うと思いのほか疲労する"ということである。

軽く鼻歌を歌うのとはわけが違い、わずかであるが息があがる。これが無呼吸にどう影響するかだ。

そう考えている間に、ノボルの息が止まった。

『紅』のAメロ、Bメロ、そしてサビ、合わせて60秒ほどの無呼吸状態がこれから続くはずだ。

この長さもノボルには初めての経験であった。


ノボルが歌い終えてからややあって、学食内からパラパラと拍手が聞こえてきた。

世界最高峰の歌声に圧倒された学生たちは全員言葉を失っていたが、やがて我に返った者から自然と拍手が起こったのだ。

そしてその拍手は大きなうねりとなり、やがて前代未聞の学食内での総スタンディングオベーションとなった。

うおおー、という雄叫びや悲鳴にも似た歓声が沸き上がり、さならがらコンサート会場の様相を呈している。

ひとつ異様なのは、彼らが"誰が歌っていたのか"を一切把握せずに喝采していることである。

誰が歌っていたかは分からないが、ともかく賞賛したい!このような素晴らしき歌声を聴かせてくれたことに感謝を伝えたい!

そう思わせる程の体験なのであった、


超至近距離でノボルの"歌声"を浴びて意識をトばしていたタカシが、そこでようやく我に返った。


「あっ!?ああ、ああ」


そして録画をしっぱなしにしていたスマホの画面をぎこちない手つきで慌てて止めると、ノボルの方に言い寄った。


「おい!お前、やっぱ凄えんじゃねえか!なあ!オレビックリしたよ!」


そう言ってこわばった手でノボルの肩を叩いたが、ノボルの様子が何やらおかしい。

自分の手で喉をおさえ、なにやら顔が紅潮している。何か話したいようであるが、言葉が出ないようだ。

(諸君らも、本気で歌った直後に1分間息を止めてみてほしい。想像以上に長く苦しい状態になるはずである)

タカシはそこでようやく、ノボルが喉が弱いと話していたことを思い出した。


「おい、大丈夫か?おいッ!」


苦しむノボルを抱きかかえて、タカシは慌ててその場を後にした。

食堂内では先ほどの、およそ1分の"世紀のショータイム"の余韻でまだ騒然としていた。



~つづく~

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