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八、タカシ

「ノボルさあ、お前、最近よく歌ってるよね」


大学の食堂で同期のタカシにそう話しかけられ、ノボルは思わずハッとした。

今は水曜日の午後二時を過ぎたところであり、お昼のピークを過ぎた広い学食内はまあまあの混み具合である。


あの"音楽の悪魔"と契約を交わした新宿の夜から、三週間が経過していた。

それ以来、世界最高峰の歌声を得たノボルは自分なりの"歌"の楽しみ方を確立していた。

まず20秒ほど、口ずさむ。その後に20秒間の無呼吸状態が続くので、それを我慢しながら心の中で同じフレーズを20秒間歌う。

無呼吸状態が20秒間続いた後、また呼吸が可能となるので、心の中で歌った20秒間の続きをまた20秒ほど口ずさむ。


この


20秒歌う

 ⇒20秒息を止める&心の中で繰り返し歌う

  ⇒20秒続きを歌う

   ⇒20秒息を止める&心の中で繰り返し歌う


を続けて、何とか一曲を歌いきるのである。

要は一曲に倍の時間がかかるのであるが、これがノボルは病みつきになってしまい、特に意識をしなくとも出来るようになっていた。

それを自然に大学でもやってしまい、友達のタカシに気付かれてしまったという具合である。


「え、そうかな?」

「そうだよ、よく口ずさんでるよ。楽しそうにさ。しかもお前、めっちゃ歌上手くない?音楽好きなのにカラオケ誘っても全然来ないからさ、てっきり音痴なんじゃないかと思ってたんだよね」


そう言ってタカシは屈託のない笑顔を向けて来た。

タカシは大学内で唯一ノボルと話が合う人間であり、二人はよくつるんで行動していた。

ノボルは父親の影響で古い音楽に詳しく、一方タカシは新しいアーティストに対する知識が豊富であった。

タカシはノボルに新進気鋭のミュージシャンやバンドを紹介したり、渋谷や下北沢のライブハウスへ一緒にライブを観に行ったりした。

ノボルはその若いミュージシャンが影響を受けたであろう古いバンドや元ネタの曲を探り出しては、タカシに教えて驚かれたりした。

そうして二人はお互いを補うような音楽仲間として、良い関係を築いていたのである。


そんな仲ではあるが、ノボルはタカシに例の"音楽の悪魔"に出逢ったことは伏せていた。

そもそも自身の音痴についても伝えていなかったのもあるが、それにしても荒唐無稽な話なので信じてもらえるわけもなく、また下手をすると自分の命にも関わることなので、誰にも他言しないことが一番だと考えていたからだった。


「ハハッ、鼻歌に上手いも下手もないだろ」

「いや、分かるよ。逆に言うと、鼻歌レベルでオレが上手いと思うんだから、実は相当のレベルなんじゃね?」


流石ノボルが唯一"音楽仲間"と認める仲間、凄まじき聴覚である。

するとタカシは急に真面目な顔になり、語りかけてきた。


「そこで相談だんだけどさ、いいか?」

「何だよ」

「『ライジング・ブラック・サン』って知ってるよな」

「知ってるも何も、タカシが教えてくれたバンドじゃないの」


『ライジング・ブラック・サン(Rising Black Sun)』、通称『RBS』。

都内を中心に活動する、今最も勢いのある若手のインディーズバンドだ。

全員20代半ばの男性5人組のグループだが、まずメンバーそれぞれが音大出身であったり、親が有名ミュージシャンであるという噂があったりと、その若さに釣り合わない超絶技巧と難易度の高い楽曲群を売りにしたバンドである。

ノボルもタカシに連れられて渋谷のライブハウス『SHIBUYA CLUB QUATTRO』(キャパ750)にライブを観に行ったことがあるが、そのステージングに圧倒されたことも記憶に新しい。

難解でスピード感のあるオリジナル曲群に交えて、プログレッシブ・ロックの雄『キングクリムゾン』の『21世紀の精神異常者』(1969)をさらりとカバーしたりと、これまでタカシに教えてもらった若手バンドの中で最も印象的なグループであった。

(キンクリのカバーには、フロアの若いファンはポカーンであったが……)


「そのRBSがどうかしたの」

「実はオレの高校の先輩がRBSのベース、クマオさんの友達でさ。そこでこっそり教えてもらったんだけど……これ誰にも言うなよ」

「言わないよ」

「RBSのボーカルのリヒトさんが、もうすぐグループを抜けるそうなんだよ」

「え、そうなの?なんで?」


『RBS』のボーカル・リヒトと言えば、伸びのある美声と長身で中性的な美しいルックスで文字通りグループの"顔"となるメンバーだ。

そのボーカルが抜けるとなれば、バンドにとってはこの上ない一大事だろう。


「そんなことまでオレは知らないよ。でもリヒトさんが抜けるのは確実らしいんだ」

「へえー、それはちょっと大変そうだね」

「そうなんだよ!RBSはメンバーそれぞれが凄え人達だけど、やっぱりバンドの象徴でもあるボーカルのリヒトさんが抜けるのは、痛手なんだよね」

「ある意味、今が一番大事な時期だと思うしね……」

「その通り!さすがノボルちゃん!でね、やっぱり今メンバー脱退を発表して、そのまま一時活動休止とかはしたくないんだと」

「そりゃ、ボーカルのサポートメンバーで活動はちょっと無いもんね」

「だから実はもう水面下で新しいボーカルを探しておいて、リヒトさんの脱退発表と共に新体制でのスタート、という手を取りたいらしい」

「ほー」


さすが今一番勢いのある新進気鋭の若手バンド、考える事もポジティブでエネルギッシュである。


「そこでだ!今、メンバーの人脈を駆使して、とにかく"歌の上手いボーカル"を秘密裏に探し回ってるんだ。その勅令がオレにも来たってわけ」

「ふーん……えっ?」

「そう、その候補にノボル、お前を推薦しようと」

「はあ?」


あまりに突然の話に、ノボルは目を丸くした。



~つづく~


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