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五、 27クラブ

「まずは少し歌ってもらえるかしら」

「……えっ、ここでですか!?」


春子の問い掛けに、ノボルは素っ頓狂な声を出した。


「そう。音痴だ音痴だって言うけど、まずはどの程度なのか聴かせてもらわないと」


春子は先ほどの悪魔の雰囲気から一転、朗らかな調子で言った。それはそうだ、まずはこちらの"症状"を伝えないと何も始まらないだろう。

しかし……


「ええと、何を歌えばよいでしょう」

「何でもいいわ。あなたの得意な曲を歌ってみて」


『得意な曲が無いから音痴なんだよ!!』

とノボルは切れそうになったが、グッと堪えた。何せ相手は"音楽の悪魔"である。


しかしこの女性、実際のところ歳の頃はどれくらいなのだろう。

いや、悪魔なのだから歳は関係ないのか?

あまり最近の歌では知らない可能性もある。


「……じゃあスピッツの『チェリー』で」

「あら、随分と古い曲を選ぶのね。おじさん?」


そっちの歳に気を使ってあえて往年の名曲を選んでいるのに何だその言い草は、とノボルはまた憤怒しかけた。

じゃあいい。


「だったら米津玄師の『KICKBACK』で」

「『チェンソーマン』のオープニングね。でも大丈夫かしら、転調が多くてただでさえ難しい曲なのに。歌えるの?」

「……じゃあやっぱり『チェリー』で」

「そうね。無理をしても仕方がないわ」


比較的最近の曲もチェックしているのかと、少し拍子抜けするノボル。

さすが"音楽の悪魔"である。


「あの、サビからでいいですか?それともAメロの頭から?」

「フルコーラス歌いたければ Verseバースからどうぞ」

「……じゃあサビからで」


何だかやりにくい人だなと思いながらも、ノボルは歌いあぐねていた。

そもそも人前で歌ったことがまず無いのに、ここはよりによってJR新宿駅南口前である。

常に途切れないほどの人の往来があり、またノボルと春子、お付きのボーヤの三人は"違和感"のある組み合わせの為、先ほどからチラチラとこちらを眺めて来る人も多いのだ。


『ここで歌うのはちょっと……場所を移しませんか?』と申し出ようとした刹那、春子が先に申し出た。


「ギターが必要なら、私のギターを使っても良いけど」


え!と思わずノボルは驚愕した。

100年前の超希少なギターなどそうそう触る機会はないので、正直に『弾いてみたい!!』と思う気持ちはあった。

しかしそれはあくまでギタリストとしてのノボルであり、シンガーとして必要なものではない。

しかしそんな超絶レアな楽器を簡単に人に貸そうとするとは、この女性はなんという度量なのだろう。

何だか人前で歌うのが恥ずかしいとか言ってる自分が情けなくなってきた。


「いや、大丈夫です。えと、行きます」

大きく息を吸うノボルは、やおら歌いはじめた。


 "愛してる"の響きだけで 強くなれる気がしたよ

 ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて♪


つぶれてるのは、ノボルの歌声であった。

"あまりに酷い"、改めて自身でもそう思い知った。

これは流石に呆れられたかと春子の方をなかなか直視できないでいたノボルであったが、しかし春子の方は呆れることも嘲笑することもなく、至極真面目な表情でノボルを見据えていた。


「あの……まだ歌いますか」

「いえ、もう結構よ」

「そうですか」


少々の気まずい間が空いた後、春子がまた少し笑みを浮かべて口を開いた。

「ありがとう、分かったわ」

「……はい」

「私はね、これまで音楽を志す、多くの素晴らしい若者たちと"契約"をしてきた。皆、元から秀でた才能を持つミュージシャンだったわ。でもそれでは飽き足らずに、さらに超越した歌声、傑出した演奏力、革新的な作曲技術などを渇望していた。そこで私と出逢い、更なる"ギフト"を彼らとの"契約"と引き換えに授けたのよ」


先ほどから出て来る"契約"の意味をノボルは考えていた。

悪魔との取引と言えば、伝統的なキリスト教の要素である。

ノボルの知る限り、悪魔のサービスの代償は賭ける者の魂であるため、その契約は非常に危険なものである認識だ。

これは細心の注意を払う必要がある。


「まあその結果、彼らの殆どは30歳を前に夭折ようせつしてしまったけどね」


若者の死について軽く語る春子に、ノボルはやはりかと気を引き締めた。


「あの、これまで契約した若きミュージシャンというのは、日本だけでなく他国も含まれるのでしょうか」

「勿論よ。さっき、音楽に言葉も国境も関係ないと言ったのはあなたよ」


成る程、そうか。

音楽の世界には、『27クラブ(27 Club)』という言葉がある。

著名なミュージシャンの中には27歳で他界した人が多く、彼らを相称してそう呼ばれるのだ。


ジミ・ヘンドリックス、

ジャニス・ジョプリン、

『ローリング・ストーンズ』のブライアン・ジョーンズ、

『ニルヴァーナ』のカート・コバーン、

『ドアーズ』のジム・モリソン、

そして日本では尾崎豊がそこに含まれたりする。

また27歳に限定せず若くして亡くなったミュージシャンとすれば、枚挙にいとまがないだろう。


「私はね、主に彼らの寿命を頂くことにしているの。授けた"ギフト"の利用時間に応じてね」

「それは……例えば、歌えば歌うだけ、楽器を演奏すればしただけ、その人の寿命を奪う、ということですか?」


ノボルは恐る恐る尋ねた。

寿命と引き換えに能力を使えるなど、考えてもいなかった契約だ。


「"奪う"なんて失礼ね。勿論、条件は契約時にしっかりと説明しているし、それを承知した上で締結しているのよ。条件によって利用時間の5倍、10倍等のレートも決めてね。でもそれでも耐えられないものなの。世界最高峰の歌声や、演奏力、作曲能力を以って、聴衆を魅了してみなさい。その分寿命が縮まると分かった上でも、音楽家は"音楽"を止めることをできないのよ」


春子は静かに、深い闇の表情を浮かべて笑った。

先に挙げた27クラブのメンバーをはじめ夭折したミュージシャン達が、本当にこの目の前にいる蠱惑的な悪魔と契約していたのかは、不明である。

そんなことを考えるのは、偉大なる故人に対してはなはだ失礼かもしれない。

しかしこれまで、『何をどうしたらこんな凄まじいことが出来るのか/作れるのか』と、ノボルの理解の範疇外の才能に出逢うことがままあった。

正に"悪魔的"と呼ばれるその所業が、実際に悪魔との契約で得たギフトなのであれば、これも納得がいくではないか。

そしてその悪魔が契約した若者の寿命を得ているのであれば、ジミやジャニスと出逢っているかもしれない春子が今の見た目の若さをキープしているのも、道理が通る。

きっとこの"雪宮春子"という名前や姿も、現代の日本に合わせて便宜的に"使って"いるだけであり、本来はもっと違う別の姿をした悪魔なのであろう。


「あなたはそうして、これまで何人ものミュージシャンに力を与えてきたのですか。私のように人前に出たこともないようなアマチュアにも、それは可能なのですか」

「十分可能よ。安心して、あなたはまだ音楽に直接"触れて"いる方よ」


ノボルの問いに、春子は少し意味深に語った。


「時代かしらね、最近は音楽家だけでなく、"自分の推しを武道館のステージに立たせたい"という内容で契約をして、すぐに寿命を使い切ってしまった若い女の子もいたわね」


気が知れないな、とノボルは心底呆れた。他人の夢の為に、自分の寿命を賭けるとは。

これも"推し活"とかいう、一般市民の消費を促すような軽薄なブームの弊害であるに違いない。

実に嘆かわしい。

しかしこれで、契約対象は必ずしもゴリゴリのミュージシャンでなくても可能な事は分かった。

要は、音楽に対する"強い気持ち"があれば良いのだ。


「すると僕も……あなたと契約すれば、寿命と引き換えに世界最高峰の歌声を得ることが出来るのですか?」


ノボルは核心に迫る部分について尋ねた。

これからの自分の人生で、どれだけ歌う機会があるのか。

そして元気でいられる人生が80歳だとして、どれだけの寿命を削ることが許容できるのか、一度考える必要があった。

しかしその心配事はすぐに杞憂に終わった。


「いいえ、あなたは無理よ」

「は?」

「さっきも言ったけどね、その契約は"元から秀でた才能を持った者"が、更なるギフトを得る為に交わした条件よ。あなたの場合、現在の歌唱力が最底辺なの。だから、彼らと同じような条件では無理よね」


「なんですって!?」と、ノボルは思わず憤怒した。

「じゃあ話が違うじゃないですか!」

「でもね、音楽に対する強い気持ちは、彼らと遜色はないのよ。だから私とも逢うことができた。その点は誇ってもよいのよ。音痴だけどね」


喜んでいいのか悪いのかよく分からない話であるが、ノボルは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「じゃあ僕はどんな条件を飲めばいいのでしょうかね」

「そうね」


やや考えて、春子が思い立ったように話し始めた。


「前に読んだお話に、こんなものがあったわ。聞いてくれる?」

「はい」

「ある星では、"歌"は人を惑わす危険なものとしてずっと昔に禁止されていたの。でもそこのお姫様は歌うことが大好きで、そのルールを守ることができない。そこでお姫様はお付きの人を連れて、"歌う文化"が残っているこの地球まで宇宙船に乗って旅をすることにしたの。そんなお話ね」

「何だか突拍子もないストーリーですね」

「でも大変なのは、その星に残された人たちよ。自分達の大切なお姫様が"歌"に魅了され、星を捨ててしまったと大騒ぎになった。そこでやはり歌は危険なものとして再認識され、禁止にするだけでなく厳しい処罰を実施する事にしたわ」

「厳しい処罰、ですか」

「そう。どうしたと思う?」

「……さあ?」

「その星では、住民と生まれて来る子供全員に、強制的に喉の手術をすることにしたの」

「え……もしかして、そもそも"歌"を歌えなくする為にですか」

「いいえ違うわ。歌は歌うことができるのよ。でも歌うと、歌った時間だけ呼吸が出来なくなる仕組みを、喉に仕込んだの」

「は?」

「それによって、その星では自ら歌を歌うものは居なくなった、というお話よ。めでたしめでたし、おしまい」


明るくハッピーエンドのように話しているが、とんでもない内容ではある。

歌った時間だけ呼吸ができなくなる。

感覚的には寿命の引き換えと似ているが、"命"に対する速攻性が違う。何とも恐ろしい仕組みではないか。

人権もクソもないが、地球外の星のお話では我々の倫理観に当てはめる訳にも行かず仕方があるまい。

しかしノボルはふと思った。


「え……と、もしかしてその条件ですか?」

「そうよ、私とあなたとの契約条件。私はあなたに、世界最高峰の歌唱力を与えるわ。その代わり、あなたは歌った時間分だけ、直後に呼吸ができなくなるの」


春子はまた笑って言った。

しかしその瞳の奥底には、どす黒い闇が宿っていた。



~つづく~

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