二、 アイドルグループ・キューティクルズ
大学の帰り道、いつものルーティーンでノボルは新宿のタワーレコードに立ち寄った。
昨今のCDショップの衰退ぶりは聞いて久しいが、ノボルは父の影響もあってか音楽のサブスクや配信と同じくらい、CDにも重きを置いていた。
父の書斎にあった数多のLPレコードを見て育ったノボルにとって、同世代の若者よりフィジカル盤は身近な存在であったのだ。
特に目的のものが無くとも、店内をぐるりと回っては新譜に付けられた手書きのポップを読んだり、視聴機をチェックするだけでも楽しい。これらはサブスクでは得られない刺激であった。
今は商業ビルの2フロアしかないタワーレコード新宿店も、数年前までは4フロアをも埋めていたと聞く。
そんな寂しい状況ではあるが、しかし日本観光に来たアメリカ人は、本国ではとうに絶滅したタワーレコードの黄色い看板を見るだけでも感激をするらしい。
また海外のヴィニール・ジャンキー達はわざわざ日本にまでレコード漁りをしに来るというのだから、学校帰りにふらりとタワレコやディスクユニオン、HMV等の錚々たる音楽店に立ち寄ることのできる自分は実に恵まれているのだと、ノボルは常々考えていた。
そこでノボルは、店内にて行われているアイドルグループのリリースイベントに遭遇した。
フロアの一部を広げてそこに簡易的なステージを設営し、その上では恐らく高校生くらいの女の子三人組が、歌い踊っていた。
"インストアイベント"と呼ばれる、ここタワレコ新宿店に通う者にとってはまま見る光景である。
赤、青、黄のそれぞれの衣装に身を包んだ黒髪ポニーテールの彼女たちは見かけこそアイドル然としてるが、しかしよく聴くとなかなか面白い楽曲を演じていた。
テンポが良い上に転調やブレイクが多用されており、構成は単純ではない。
それがまだつたない彼女たちの歌声やダンスと相まって、独特のグルーヴを醸している。
それに驚いたのは、そのオーディエンス、つまりはアイドル・オタク達の熱気である。
この曲調にこんな熱狂的な盛り上がりをして声援を送るのかと、ノボルは少し驚きもした。
その辺の勢いのある若手のインディーズバンドのライブよりも、よほど盛り上がっているように思える。
しかもそのアイドルオタクの多くが、ノボルの父とそう年も変わらないであろうオジサンたちなのである。
今は平日の19時過ぎ、会社帰りであろうスーツ姿のオジサンたちが明るい店内にも関わらず手にペンライトを持ち少女たちに向かって叫んでいる。
昼間はマジメに仕事をしてる壮年のサラリーマンが実はビジネスバッグにペンライトを忍ばせており、仕事を終えてこの場にダッシュして来てるのであろうか。
それを考えるとかなり滑稽であるし、もし自分の父であったとすれば考えものではあるが、しかし若い頃から数多の音楽を嗜んできた生粋の音楽マニアが、最終的に"地下アイドル"に流れ着く、という話も聞いたことがある。
それがその地下アイドルの現場か、とノボルは妙に納得した。
これもある意味、音楽の力なのだ。
イベントスペースの入口に置かれた什器に、このアイドルグループのCDがデイスプレイされていた。
ノボルはそのCDを手にして眺めた。
彼女たちはどうやら『キューティクルズ(CutieCrews)』というグループ名らしい。
成る程、"キューティ"と髪の毛の"キューティクル"を掛けているようだ、なかなか洒落たネーミングではないか。
そこでふと、ノボルは什器に貼ってあるポップを目にした。
『キューティクルズ』セカンドEP 購入特典
1枚:メンバー全員と握手/ジャケットサイン
2枚:メンバー一名とチェキ撮影+握手
3枚:メンバー全員と集合チェキ撮影+握手
4枚:メンバー全員とチェキ撮影+握手+10秒間撮影
ノボルは急激にゲンナリとした。
令和のこの時代にまだこんな売り方をしているのか、と。何だ"チェキ撮影"って。
メジャーアーティストでもリリースは配信のみが多い昨今、このようなマイナー地下アイドルがフィジカル盤をリリースするのは頼もしく、音楽好きには喜ばしいことだとは思う。
しかしだ、SDGSが取りだたされるこの現代において、こんな同じCDを複数枚を買わせることを前提にした商法を取る"精神"にがっかりした。
それならば配信のみのリリースの方がずっとマシだし、よほど潔いであろう。
結局は、"若い女の子を利用してあのオジサンのオタク達から金を搾れるだけ絞ろう"というアイドル商法なのだ。
こんなのは"音楽"対しての冒涜である。
ノボルは一度手にした『キューティクルズ』のCDを什器に戻すと、足早にその場を離れた。
~つづく~