3話の⑨
洋介はアパートを抜け出すと、歩道橋にやってきた。歩道橋の色は水色で、下の交通量はそれなりに多い。
「…ここから落ちたら」
下を覗き込む。色々な心の声が聞こえてきて、賑やかだった。
ー今日は嫁の誕生日だから、早く帰らないとな。
ー昼飯、何にしようかなぁ? 喫茶店でランチも良いわね。
皆の声が楽しそうに聞こえた。不幸なのは自分だけだろうか? 心が熱くなったが、泣くまでは行かなかった。あくまで、冷静でいた。
ーよし、行くか。
覚悟を決め、歩道橋から身をのりだす。周りには誰も居ないはずだった。行けると思ったのだが、突然、声がしてくる。
「いけないなぁ、それは」
誰だと思えば、例の不可思議な青年だった。光を浴び、ますます美しい姿に見える。
「危ないよ、降りなさい」
「……」
洋介は無視をしようとした。しかし体が動かなかった。青年がチラッとこちらに指を動かしただけで、何かの術にかかっていたらしい。
「ほら、降りて」
青年は小さくて細い体を持ち上げ、両足が歩道橋に着く。洋介はキッと睨みつける。
「何で? 触れてなかったはずなのに」
「さあ?」
青年はぼやかし、洋介の服を整えてくれる。優しい人だと思いつつも、警戒は解かない。
「何しにきたの?」
「君の様子をずっと見ていた」
「え…? 僕のことを?」
「そう、君のことを。…大変だったね」
頭をポンポン叩かれ、洋介はムットして、言い返す。
「子どもだからって、馬鹿にするな」
「…してない。してたら、助けない」
青年はそう言うと、洋介のアパートがあるところ指さす。
「帰ろう。私もやりたいことがある」
「…。やりたいこと? 何?」
「内緒。君にとって悪くないことだ」
青年はふわりと笑みを浮かべた。洋介はまだ歩道橋に未練があったが、青年に指さされ、その場を後にした。




