3話の⑧
ひとみが迎えにきた。
「ほら、帰るわよ」
「…うん」
短く答え、洋介は後に続く。ひとみのハイヒールの音が廊下に響いた。すると、周りの声が聞こえてくる。
ー何、あの人。派手な格好で。
ーホステスか。子どもがいるのか。
ひとみは心の声を潰すように、ヒールの音をさらに高める。周りに興味がないのか、真っ直ぐ前だけを見ている。しかし、心の声は聞こえてくる。
ー病院って嫌いなのよね。消毒臭いし、暗いし。
洋介は黙ったままついていく。ひとみの足に合わせるように、足早にする。
ーしかも、余計なお金を使って。何で、階段でなんて転ぶのよ。
怒りの矛先は洋介に向かってきた。洋介は一瞬、傷ついた表情をしたが、何とか流した。
しかし、ひとみは続ける。
ーこの子さえ、居なければ。
「!!」
さすがにピタリと足を止める。ひとみも気づいたらしく、振り返ってくる。
「どうしたのよ」
「…。ううん、何でもない」
平気なふりをして言うと、洋介は再び歩き出す。ひとみも負けじと足を早める。
ーそうか、僕が居なくなれば良いのか。
洋介は悲しくなってきた。いつもひとみのことを思って行動してきたのだが、無駄のようだった。まさか、要らないとまで思われているとは知らなかった。
ー今だけ、心の声が聞こえるのが怖いよ。
青年の顔を思い出し、下を向く。ひとみは手を繋ぐどころか、洋介を置いていきそうな勢いだった。必死に洋介はついて行く。
病院を出ると、気持ちが良い風が吹いていた。塞いでいた気持ちが少し軽くなる。
「ほら、乗って」
タクシーを指さされ、洋介は乗り込む。後から、ひとみも乗ってきた。
「あそこまで」
ひとみが場所を告げると、タクシーがゆっくり走り出す。
洋介は額にそっと触れる。もう包帯は無かった。ほかに異常はないようだった。
タクシーが走る中、2人は会話すらしなかった。
アパートに着くと、腕を引っ張られた。抵抗せず、そのままにしておくと、ベランダに出された。
「ここで反省しなさい」
バシンと勢いよく、戸が閉まった。洋介はなすすべもなく、ひとみの後ろ姿を見送るだけだった。
救いは良いお天気くらいのものだろうか。ポカポカとした陽気が気持ち良かった。
ーお母さん、怒ってる。
少しショックを受けて、下を向く。世界に一人しか母親は居ないのだ。それなのに、自分は迷惑をかけてしまったと、自分を強く責める。すると、両隣から声が聞こえてくる。
ーうるせぇ、誰だ、力強く閉めたの。
ー嫌ねぇ、ホステスかしら。怒りたいのはこちらの方よ。
洋介は手を拳にし、耐える。ひとみは本当に
ーあんな子要らない
と思っているらしかった。今まで我慢してきたものが溢れ出てくる。
「それなら…」
小さく1人ごちると、ベランダの手すりをつかむ。2階建てアパートだから、地上までの距離はそう遠くなかった。
洋介は決意すると、手すりに足をかけた。




