3話の⑥
「…トイレに行きたい」
ベッドに横たわったまま、声をかける。相手は20代くらいの看護師で男だった。洋介の体温を計りにやってきたのだ。
「良いよ、一緒に行こうか?」
にこやかに言われたが、洋介は違う声を拾う。
ー面倒くさい。
心の声だった。笑顔のくせに、思っていることは反対だった。
ーホステスの子どもっぽいしなぁ。金なさそう。
ひとみのことをホステスと知っているように、洋介は冷めた目で見返す。悪口はいつものことなので、どうということもなかった。
「…いいよ、一人で行く」
「大丈夫? 一人で行ける?」
洋介は問いに対し、コクリと頷く。1人のほうが楽だった。ひとみが連れてきた男に刺された箇所が気になる。痛みが無いし、包帯を巻かれてはいなかった。だが、詳しく見てみる必要がある。
男性看護師が洋介の体を起こし、言ってくる。
「じゃあ、入口を出たら、左に行けば分かるから。トイレって書いてあるし」
「…どうも」
淡々と言うと、看護師が目を細める。
ーこのガキ、子どもらしくない。普通もっと明るく言うんだけどな。
その通りと洋介は言いたくなった。人の心の声が聞こえても、動じることはなかった。直接悪口を言われるよりも、楽なような気がした。その人の本性が見抜けるからである。
「じゃあ、行ってきます」
スリッパに履き替えると、洋介はトイレに向かった。
トイレには鏡が2枚あった。誰もいないらしく、声は拾えなかった。
ーそんなのできるの、僕だけだ。
不思議な青年が力を貸してくれたのは、自分だけらしい。周りの人間は洋介が心の声が聞こえているとは思わないようだった。
ーさてと。
パジャマの前を開き、鏡を覗き込む。傷はどこにもなかった。洋介は顔をしかめる。
ーどういうこと? それに…。
頭の上に階段ができていた。段数を数えると13。不吉な数字だった。
ー何これ。
触れてみるが、普通の石でできた階段の感触だった。取ったり、引っぱったりしてみるが、無駄だった。しっかりとくっついているのだ。
ーいつの間に…。
階段の先には扉があるようだった。その先は見ることができない。しかも、洋介以外見えていないようだった。
ーどうなっているんだ?
パニックは起こさなかった。元々冷静だから、腕を組んで考える。
ーあの男の人の仕業だよなぁ。
それしかなかった。何か意味があるのか分からなかったが、とりあえず、もう一つ秘密を抱えたようだった。
ーあの男の人、何者?
傷は無いし、階段はあるしで、不可思議な現象だった。とりあえず落ち着き、鏡の前から離れた。




