3話の⑤
「う…」
眩しさを感じて目を開くと、真っ白さが際立った。ここはどこだと、洋介は目を瞬かせる。どうやら、自分はベッドで寝ているようだった。
ーどこだ、ここ?
隣にはカーテンがあって、仕切られている。洋介は何がどうなっているのか、思い出そうとする。
ーそういえば…。
男に刺されたはずだと、腹と胸に触れてみる。今度は手が簡単に動いた。2箇所とも何ともなく、ただ頭に包帯を巻かれているようだった。
ーどうなっているんだ?
洋介は身動きする。頭が痛かった。しばらくすると、目が慣れてきて、ここが病院だということが分かってくる。
ー…何で病院?
胸をもう一度触れてみる。包丁で刺された跡はなかった。怪しがっていると、1人の看護師がやってくる。
「あら、起きたの?」
ふくよかな体の女性だった。歳は40くらいだろうか。明るい声で、もう一度言われ、洋介はさすがに起き上がる。
すると、不思議なことが起きた。
ー良かった、起きて。病人のままじゃ、かわいそうだもの。
看護師の口は動いていなかった。洋介はゆっくり目を大きく見開く。
ー何だ、これ。
看護師が喋っていないのに、彼女の声が聞こえた。びっくりしていると、カーテンの隣から聞こえてくる。
ー隣の子ども起きたのか?
こちらも直接話しかけるように、声は普通だった。洋介は戸惑い、思い出す。若い男性のことを。
ーそういえば…、人の声が聞こえるようにするって言ったような。
しかし、傷が無いのか、不思議だった。包帯を巻いているのは額だけだった。その動作を見た看護師の声が聞こえてくる。
ーかわいそうに。階段から落ちるなんて。
「は…?」
階段から落ちたと聞いて、洋介はびっくりする。事実と全然違う。自分は男に刺されたはずだ。それなのに、どうして頭を怪我しているのだろうか。
ー夢の続きか?
頬を抓ってみるが、夢ではなかった。洋介はますます混乱したが、看護師が言ってくる。
「ちょっと、熱があるみたいだから、これを飲んでみて」
差し出されたのはスポーツ飲料だった。洋介は素直に受け取り、口に含む。喉が乾いていたらしく、グビリとどんどん飲んでいく。すると今度は、前から声が聞こえてくる。
ー良いなぁ。俺も飲み物買ってこようかなぁ?
動く気配がした。洋介はスポーツ飲料を飲みながら、考え込む。段々と慣れてきた。子どもだから、慣れるのが早かったのかもしれなかった。
「…あの」
看護師に声をかけると、彼女は笑顔を浮かべる。
「何? 聞きたいことがあるの?」
「ここは…? 病院ですか?」
「そう。病院よ。あなた、アパートの階段から落ちて、運ばれてきたの」
「…」
嘘を吐いているようではなかった。彼女の心の声が同じことを言っているようだったからだ。
洋介は考え込むように、目を細める。この力、便利だと思った。人間は嫌いだが、何が言いたいのか分かり、役立ちそうだった。
「あの、ちょっと…!!」
突然、廊下から慌てた声が聞こえてきた。カツカツとハイヒールの音が聞こえた。
「あんた…」
現れたのはひとみだった。鬼のような形相で洋介を睨んでくる。少しビビりながらも洋介は冷静に言う。
「何? お母さん」
「何じゃないわよ!!」
ひとみの怒りは凄まじかった。心の声が聞こえてくる。
ー金がないのに、この子は全く!! どうしてくれるのよ。
金がない、金がない、金がない。
いつものことだった。
「…ごめん、お母さん」
スポーツ飲料を横のデスクに置くと、洋介は申し訳なさそうに縮こまった。
ひとみはなおも激高し、平手打ちをしてくる。
「痛っ!!」
「何してるんですか!!」
看護師が慌てて、止めに入る。心の声が聞こえてくる。
ー何、この親子。というか、母親、頭がおかしいんじゃないの? 怪我している子どもを叩くなんて。
看護師は洋介の心配をしてくれているようだった。感謝し、叩かれたところを撫でる。熱くて痛かった。母親がもう一度手を振り上げる。
「やめてください!!」
後ろに居た看護師に手を止められ、ひとみは暴れる。若くてカワイイ看護師だった。しかし、ひとみには勝てず、振りほどかれる。
「帰るわよ!!」
いきなり、手首をつかまれ、洋介は何も言えなかった。入院すればお金がかかるのだと分かっていた。諦めの気持ちから、ベッド空出ようとする。しかし、看護師と医師が追加でやってきて、ひとみを止める。
「何してるんですか!? 相手は怪我人ですよ!!」
40代くらいの医師に言われ、ひとみは少し怒りを抑えたようだった。看護師たちが、洋介とひとみの間に入り、壁を作ってくれる。
「検査入院させますから、良いですよね?」
医師の一言に、ひとみが反発する。
「そんな…!! 家にはお金が…」
叫び声は無視され、医師が看護師たちに目配せをする。ひとみを病室から出すように、指示したのが聞こえてきた。
「ちょっと、やめてよ!!」
ひとみが暴れたが、多数の看護師たちには勝てず、病室を後にする。残ったのは、有名な歌手に似ている医師のみだった。
「大丈夫かい?」
本当に心配している声で、洋介はコクリと頷く。医師の心の声を聞こうと、黙ったままでいる。
「2、3日したら大丈夫かな?」
包帯を見つめられ、洋介はそこに触れようとする。しかし、医師が
「やめたほうがいい。痛いだろう?」
と言ってきたので、手を止める。
「あの…」
飲み物で潤しているからか、スムーズに声が出た。医師が穏やかな眼差しで、見つめてくる。
「何?」
「僕、階段から落ちたのですか?」
「そうだよ」
嘘ではなかった。一体、どうなっているのだろうか?
ーあの男の人、仙人って言っていたけど…。
本物かもしれないと思った。本当に怪我しているのは頭なのだ。
「じゃあ、もう少し休んで」
横になるように言われ、ベッドに横たわる。どうやら、4人部屋のようだった。
ー入院か…。
初めてのことだった。ひとみが言ったように、金がかかるが、仕方のないことだった。
ーお母さんに後で怒られるな。
洋介の心の声はどうやら医師には聞こえないようだった。頭を撫でてくれると、病室から出ていく。洋介も少し疲れたので、目を瞑ることにした。




