3話の④
ひとみが笑っている。とても優しく。
ーなんだ、これ。
洋介は訝しかった。ふわりとしたワンピース姿のひとみが自分に笑いかけてくれるなどあり得ないことだった。
ーここは天国か?
自分の体に触れたが、どうしてもできなかった。なぜか、ひとみの姿しか見られないのだ。
ーじゃあ、夢か。
洋介は鼻で笑った。このひとみは自分の母親ではない。嘘の幻だった。
ひとみがにこやかに笑い、ゆっくりと手を差し出してくる。何をするつもりだと疑い、目を細める。まさか自分と手を繋ごうという気ではないだろうか。
ー最悪。手を繋いだことなんてないのに。
洋介は口元を歪ませると、それ以上見たくなくて、目をつむった。
「ーかわいそうに」
今度は若い男の声がした。何者だと思い、目をうっすらと向ける。ひとみの姿はなく、1人の男性が身を屈めて、洋介をのぞきこんでいた。見たことがない美形だった。日本人離れしているようだった。
「…」
誰?と聞いたつもりだが、声が出なかった。20代くらいの男性は、洋介の髪を撫で、もう一度言ってくる。
「かわいそうに。まだ若いのに」
「…何、それ」
さすがにムッとして言い返す。かわいそうという言葉が嫌いだった。上から目線で言っているように聞こえるからだった。それに、そんなことを本当に思っているはずがなかった。
ー僕の事情も知らないくせに。
洋介は精一杯、男性を睨んだ。男性は手を離し、言ってくる。
「少しは子どもらしくしろ」
「…何が?」
起き上がろうとしたが、できなかった。固まったように動かなかったのだ。何度も体に力を入れても駄目だった。だったら、口を動かすしかない。
「やれるものなら、やっている」
冷めた声は大人でも凍るようだった。目は空洞で完全に諦めた表情だった。
「お前に力を与える」
「…何? 何のこと?」
「いいから、黙ってろ」
男性が洋介の額に触れてくる。何の真似だと言いたかったが、声が出てこなかった。不思議と怖いとは思わなかった。
ほんの少しの時間だった。男性はゆっくりと立ち上がる。
「それで、人の心の声が聞こえるようになったからな」
「は?」
「後はお前次第だ」
男性が背中を向けてくる。洋介は慌てて聞く。
「あんた、誰?」
「私は…、仙人だ。信じるも信じないもどちらでも良い」
「は…?」
「じゃあな」
男性が行ってしまう。後を追おうとしたが、体が動かず、瞼が重くなってきた。
洋介は半ば夢見心地で目を閉じたのだった。




