1話の②
「きゃあ」
「うるさい」
淡々とした口調で言い、妻の細い首を絞める。人間の首って案外脆いものだと知り、力を加える。もちろん、殺すつもりだった。目的は借金返済の生命保険だった。妻が苦しげに「うげぇ」と吐く。それでも、何も感じず、力を加えていく。
時間は短かった。妻は崩れ落ちて、床に倒れた。ああ、人を殺すのはこんなものかと思った。冷めた目で妻を見る。あとは、後始末のみ。用意していた道具を出し、風呂場へ向かう。溶かすつもりだった。それで、完全犯罪を目論むつもりだった。
風呂場に遺体を持って入った瞬間、目の前が暗くなった。何だ、急に。不審に思っていると、着物を着た若い男性が現れた。歳くさいわけではなく、何か気圧される雰囲気だった。
その男が急に自分を指さし、こう告げた。
「お前には思いやりの心がないから、人の心を聞こえることにする。天命だから、逆らえない」
「はあ?」
とぼけた声を出すが、男は笑わずに貴明の額に触れてきた。避けることもできたが、なぜか足が重く、動くことが出来なかった。
時間は数秒だろうか?
男の手が放たれた瞬間、頭のてっぺんが熱くなり、急に階段が現れた。
「なんだ、これ!!」
かろうじて声が出たが、足はガタガタ震えていた。
「それでは、よしなに」
男はそう言うと、消えていった。残された貴明はよく分からずにぼうっと立っていたが、そのうち倒れた。
次に目を覚ました時、何も変わらないことにほっとしたが、鏡を見た瞬間、頭の上に大きな階段が13段あることに気づいた。
13段。不吉だとすぐに察した。
隣に妻の遺体がある。早くなんとかしなければと思うのだが、頭の階段が気になる。男はもう居なかった。
どうなったんだと思いつつ、頭にふれてみるが、階段は消えてくれなかった。
とにかく、妻の遺体をどうにかしなければと思い、薬品を手にする。
ふいに隣から声が聞こえてきた。隣の部屋の住人である。顔を向けると、声が聞こえてきた。
「うるせえんだけど、何かあったのか?」
クリアに聞こえる声。貴明はびっくりして薬品を落とした。何だ、これ。不思議だった。変な夢でも見ているのかと思ったが、また別の声が外から聞こえた。
「ケンカでもしたのかしら」
女性の声だった。普通なら聞こえるはずのない場所からなのに、何で聞こえるんだ。
貴明は真っ青になった。本当に心の声が聞こえるのかもしれない。ゾッとした。
とにかく、妻の遺体が先だと思い、震える体を動かす。妻の遺体より、男の存在のほうが恐怖だった。夢なら覚めろと何度も何度も思うのだが、頭の階段は消えてくれなっても硬い感触がある。登ろうと思えば、誰か登れそうだった。
貴明はとにかく顔を洗って気を落ち着かせて、妻の遺体処理に取りかかった。
長年連れ添ったが、感情は何もわかなかった。
とにかく、金が欲しかった。それだけだった。
それが一ヶ月前のことだった。




