3話の①
「ーご飯はこれだけね」
そう言い、母親の水川ひとみは出て行った。テーブルの上には、牛乳が1杯とタマゴボーロのみ。9歳と成長盛りの水川洋介には、全く足りないカロリーだった。
「…お母さん、まただ」
牛乳を手に取り、喉に流す。冷えて美味しかったが、別の件で洋介の心は冷めていた。
ひとみはいつもキレイに化粧をして、オシャレな格好で出ていく。職業はホステスだった。子どもを抱えた女が手っ取り早く金が入るのは、それが早いようだった。
香水の残り香をかき、「うえっ」と少しもどす。気持ちが悪くてしょうがなかった。ひとみに真っ当な職に就いて欲しかった。それくらいは9歳の頭でも分かる。
「…お金がないから、しょうがない」
ボーロを手にし、口にほおばる。甘くてサラリと溶けた。栄養面を考えてくれているのか、牛乳を喉に流し込み、ホッと息を吐き出す。
「ごちそうさま」
1人ぽつんと言うと、洋介はコップと皿を持って流しに向かった。
「おはよう」
教室についた洋介は小声でクラスメイトに挨拶をした。しかし、返答はない。いつものことなので、自分の机に向かうと声が聞こえてくる。
「また同じ服を着ている」
「汚い。お風呂入っているの?」
わざと聞こえる音量だった。洋介は悔しそうに机を見つめる。初夏のせいだけではなく、恥ずかしさで体が熱くなっていた。
陰口はいつものことだった。ひどい時には椅子を蹴ってきたりする奴もいた。
それでも、洋介は負けずに学校に通っていた。ひとみが一生懸命お金を稼いで来ているのに、自分が学校に行かなかったら、申し訳ないと思っていたのだった。
ーここは我慢だ、我慢。
いじめられていることは担任にも言ってなかった。言っても、かばってもらえると思わなかった。ひとみの職業が職業だから、子どもでも嫌でも社会の仕組みが分かっていた。
ー先生はほかの子どもをかばう。
公務員や医者など、肩書がいい子には優しいが、洋介のようなパターンでは、厳しくあたってきた。ひどい理不尽な話だが、仕方ない。
ランドセルから教科書とノートを取り出すと、洋介は負けじと黒板を見たのだった。
給食の時間がきて、洋介は「いただきます」と手を合わせると、ガツガツと食べ始めた。すると、陰口がまた始まる。
「何、あれ」
「すげぇ、スピード」
洋介は無視した。ボーロしか食べていないから、腹が減っていたのだ。パンにかぶりつき、牛乳に喉に流す。おかずが少なくなってきたので、洋介はおかわりをする。今日は洋介の好きなハンバーグだった。
ー皆に何を言われても、気にしない。
担任に睨まれた気がするが、無視して自分の席に戻る。パンもおかわりをした。口いっぱいに食べ物をつめこんで、咀嚼する。この時間が唯一、学校生活での楽しみだった。
「ごちそうさまでした」
誰よりも早くたいらげ、手を合わせる。ほかの子たちを見ると、視線を向けられたり、給食に苦戦している子どもがいた。
ー僕が食べてあげるのに。
食器を片付けながら、洋介はチラリと視線を向ける。なぜ、給食を食べるのがそんなに遅いのか、理解ができなかった。
ーそういえば、お母さんの得意料理って何だっけ?
ほとんど、料理をしないひとみは、今頃、家で寝ている頃だろう。それか、化粧して男の客と遊んでいるか。洋介は首を横にふる。考えても仕方ないことだった。
とりあえず、自分の席に戻り、皆が終わるのを待つのだった。




