2話の⑧
「くるみ様、気持ちはどうですか?」
くるみの体を洗いながら、聞いてみる。くるみは相変わらず、輝いたままだった。シャワーが気持ちいいのか、「にゃお」と返してくる。
凛も嬉しくなって、よりキレイにしてやろうと手を動かす。
つい最近までは暗い雰囲気だったのに、今はバラ色の生活になった。
「扉の先には何があったの?」
聞いても答えてはくれない。甘えるように頬を寄せてきたので、撫でてやる。
「知らなくて良いこともあるか」
そう納得させると、凛はくるみの体を洗い続けた。
人間とは不可解なもので、慣れてくると地が出てくるものだった。
「ー駄目。やり直し」
冷めた声で言うと、相手が萎縮する。「すみません」そう言って、席へ戻っていった。
凛は興味なさそうにパソコンを眺める。
運が良いことに、部下をもつまで昇進し、毎日、ちやほやされていた。それというのも、心の声が聞こえるからだった。
ーあの人にはああ接しよう。
ーこの人にはあれがいい。
便利な力だった。ただ、悪口も聞こえたりするのだが、それは無視して、こっそりとやり返すことも可能だった。
唯一不便なのは、全ての人間の心の声が聞こえてしまうことだった。
ー仕方ない。
色んな情報を手に入れるほうがメリットが大きい。凛はそう自分を納得させ、変なメッセージは頭の中で消去することにした。
相変わらず、階段は頭の上にある。しかし、誰も気づかないようだった。
「ーあの子、使えませんね」
笑みを向けて、部下が小声で言ってくる。凛は気分良く答える。
「そうね。邪魔かもしれないわね」
その姿は、自分が嫌いだった友子にそっくりだった。慣れとは恐ろしいものである。
ー私が一番。生きていて良かった。
皆、優しい声をかけてくれる。もちろん、心の中は天邪鬼で意地悪なものもあったが、今の凛に怖いものはなかった。
凛は椅子の背もたれに、もたれかかる。傲慢になった自分に気づかずにいた。
やり直しを命じられた相手は、青い顔でパソコンに向かっている。ちょうど電話がかかってきたが、凛は無視して放っておく。誰かがやってくれるはずだった。
「ーこの書類、見てください」
「いいわよ」
手渡された書類を見る。部下の心の声が聞こえてきた。
ー完璧だから大丈夫。
その通り、書類は上手くできていて、凛は機嫌が良くなる。
「私の名前を入れておくわね」
「…え?」
部下は困惑したようだった。しかし、凛は流して、自分のハンコを押す。部下の仕事を取ってしまうつもりだった。取られた部下は面白くなさそうに、下を向く。
ーこのババア。俺の仕事を取りやがった。
聞こえた罵声は何の吹く風で飛ばし、書類を返す。
部下はすごすごと帰ろうとしたが、その前に持ち上げるのを忘れない。
「さすが、凛さん。これからもよろしくお願いいたします」
「分かったわ。よろしくね」
そう言うと、凛はパソコンのキーボードを打ち始めた。




