2話の④
「!!」
がばりと起き上がると、凛は喉に触れた。ためらったのか、表面が切れて血が出ているようだった。慌てて洗面台に向かい、鏡を覗く。すると、不思議なことが起こっていた。
「何よ、これ…!?」
13階段が頭の上にのびていた。触れてみると、感触がある。何とか取れないか試してみるが、無理だった。
「何、これ…。どうしろっていうの?」
呆然としたように凛は言う。頭の上に階段があるなんて信じられなかった。こんな状態で外に出られるはずがない。奇妙な視線をぶつけられる気がして、凛は思わず身ぶるいする。
ー夢じゃなかったの?
男性を思い出し、凛はハッとする。くるみもどうなったか気になっていた。夜中にはうるさい足音で走り、ベッドのくるみを探す。すると、くるみは黄金色のまま、その場に眠っていた。
「…嘘」
凛は口に手をあて、それから目を何度もこする。くるみも一緒だったのは本当だったのだ。
あの男性は何者なのか。
どうして階段ができたのか。
考えれば考えるほど不可思議だった。
とにかく、凛はくるみに近づく。蝶の鱗粉のように、黄金色はキレイに放たれていた。
「…暖かい」
恐る恐る触れてみたのだが、いつもと同じくるみだった。違うのは、光を放っているということだった。
「お前…何になったの?」
聞いてみるが、くるみは足で顔をかくだけで、答えてくれなかった。
翌朝、目が覚めても、くるみは輝いていた。
「やっぱり、夢じゃない!!」
慌てて鏡を見に行くと、頭の上の階段はそのままだった。
「…どうしよう?」
この格好で外に出られるはずがなかった。不審に思われ、逮捕されるかもしれなかった。
「そんな…」
どうにかして取れないかと試してみるが、階段はうんともすんともしない。
凛は愕然として、鏡に両手をのばし、肩を落とす。その時、隣室から声が聞こえてきた。
ー早くしろよな。朝食遅い。
クリアに聞こえたが、口から発するものではなかったと凛は愕然とする。よく物音は響くのだが、声は大声を出さなければ大丈夫だった。耳をそばだてて、しばらく、その場に留まる。
ー朝食食べて、早く会社に行ってくれないかしら?
ーこいつ、俺のこと馬鹿にしやがる。
隣の中年夫婦の言葉だが、二人とも口で発したものではなかった。
「…どういうこと?」
凛は耳に手をあて、さらに聞いてみる。
ー会社員が終わったら、離婚でもしようかしら?
ー相変わらず、料理がヘタだな。まずそう。
それは心の声のような気がした。夫婦仲は冷めきっているようだった。
「ー心の声が聞こえるの?」
凛はパニックを起こす。頭に階段があるだけでも大事なのに、心の声まで聞こえるようになるなんて、想像もしていなかった。
「…まさか、昨日の男性が…」
彼が何かしたのは明白だった。凛はへなへなとその場に座り込む。夫婦は誰にも聞こえないと思っているのか、愚痴や中傷を続けている。
凛は耳を塞いだ。こんな状況、どうしろというのか。アパートでこの状況ということは、職場ではもっと恐ろしいことが待っている気がした。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
ひとりごちて、顔の前で両手を合わせる。どうしようと迷っても、働かなければ食べていかれない。そのために、笑われても仕事をしているのだった。
「にゃあ」とくるみが鳴く。いつの間にか側に居たようだった。
「…お前もどうしたんだろうね?」
黄金色は衰えず、星の輝きのように眩しかった。
凛はとりあえず、首を振ると、くるみに餌をあげようとキッチンに向かったのだった。




