2話の②
「…ただいま」
凛は重たい体を動かし、のろのろと靴を脱いだ。そんな凛を猫が一匹出迎えてくれる。名前はくるみといい、スコティッシュフォールドだった。茶色で愛くるしい瞳で、凛を見上げてくる。
凛は安堵をし、玄関を上がろうとしたが、足をつまずかせて、その場に転ぶ。
ーのろまでどじか。
凛は泣きたくなってきた。アパートの一室で暮らしているのは、凛とくるみの一匹のみだった。
「…痛いなぁ」
廊下にぶつけた膝を撫でながら、凛がくるみを見る。くるみは「にゃあ」と鳴くと、凛を労るように近づいてきた。凛は嬉しくなって、頭を撫でてやる。
「お前は私の味方だよね」
喉を撫でてやると、ゴロゴロとくるみが喉を鳴らす。
「お腹空いたでしょう? 今、用意するね」
落としたバッグを拾い、立ち上がる。くるみは素直についてきて、キッチンまで進む。
くるみは凛にとって、大切な存在になるので、食事には気をつかっていた。栄養のある缶詰を食器に盛って渡すと、くるみは少しずつ食べ始める。その姿を愛らしく眺めながら、背中を撫でてやる。くるみは嫌がらずに、食事を貪る。最後の一欠片まで、くるみは食べたのだった。
「よく食べました」
口を拭いてやり、頭を撫でると、くるみは機嫌が良さそうだった。
「じゃあ、私もご飯にー」
しようと言い、止める。友子のせいで食欲がなかった。食べなければと思うのだが、体が拒絶をして、気持ちが悪かった。
「適当に飲んで終わりにしよう」
冷蔵庫から飲むヨーグルトを出すと、カップに注ぐ。カルシウムだけでも摂っておけば何とかなるだろうという考えだった。
くるみは凛に遊んで欲しいのか、猫じゃらしに似たおもちゃを咥えてきた。
片手にカップを持ちながら、遊んでやる。
「お前は良いなぁ」
少しとろみのついた液体を喉に流し、くるみと遊び続ける。オスなので、おもちゃを動かすと、俊敏にじゃれてくる。
くるみは凛を否定しない。人間みたいに視線にも出さない。救われる存在だった。飼っていて良かったと思う。
「お前が居てくれて、良かった」
優しく背中を撫でると、くるみは気持ちが良さそうに伸びをした。
しかし、その夜、凛は大変なことをしてしまう。
始まりは夜中に目が覚めたことだった。寝返りをしてみるが、再び、眠ることが出来ない。
「…水でも飲もうかなぁ」
喉が特別乾いているわけでもなかった。それでも、ベッドから抜け出し、キッチンへ向かう。蛇口をひねり、コップに水を満たす。冷たい感触が気持ち良かった。蒸し暑い季節だからか、水を口に含むと、サラリとして美味しかった。そして、ふと目がまな板に向かう。包丁とセットで収納できるアイテムだった。
ー私が死んだらどうなるんだろう?
急に何を思ったのか、そう考えてしまった。のろまの自分さえいなければ、職場で仕事が回るし、普段もどじをふまなくて良い。
凛は引き寄せられるように、包丁に手をのばす。くるみはベッドで丸くなっているので、ここには居なかった。
ーリスカじゃ死ねない
凛は操られるように包丁を首に当てる。頸動脈を切ってしまえば死ねるはずだった。
ーのろまな私は要らない。
凛は流されるままに、包丁を持った手を動かす。痛みはなかった。だが、ショックから包丁を落とし、その場に気絶した。




