2話の①
何をしてものろまだった。
ご飯を食べても、歯を磨いても、誰よりも遅かった。マイペースといえばそこまでだが、日常生活に支障をきたす。特に仕事が困るのだった。
「ーちょっと、あんた」
「はい?」
伊藤凛は少し緊張気味に答える。相手は苦手なタイプで、何でもこなす働き系の女性で山田友子といった。上司にも一目置かれており、羨ましいことだった。
「遅いんだけど」
A4の封筒を差し出され、凛を顔を青ざめさせて唇を噛みしめる。書類1枚を封筒にしまうだけなのだが、時間がかかっているように見えたらしい。
「…すみません」
小声で謝ると、友子は皆に聞こえるように大声で言う。
「まだ出来ていないんだってさ。どうしようか?」
そう言って、封筒を机の上に滑らせてくる。
「事務職に向いてないんじゃない?」
嫌味を忘れずに、友子は自分の席に戻った。もちろん、凛を守ってくれる人なんて居ない。むしろ、友子と顔を合わせて、笑っているのだった。
そこに電話が鳴った。今度こそはと体を浮かせたのだったが、別の人が早く取ってしまった。
凛は電話が苦手なのでほっとしたが、下を向いたまま、傷ついていた。
ー事務職に向いてないのかもしれない。
再び書類を封筒にしまいながら、息を細く吐き出す。ここで泣いたりなんかしたら、友子に負けるだけだった。
ー悔しい。でもなぁ…。
のろまなのは分かっている、自分でも。丁寧といえば丁寧なのだが、事務職にはスピードも必要ならしい。しかし、ほかの職を探すといっても、もう30代半ばなので出来なかった。
「遅くてすみません」
か細く言うと、凛は一人いたたまれなくなった。皆、凛が使えない人間だと思っているのかもしれなかった。
ーもう。泣きたいなぁ。
唇を更に噛みしめる。血の味がした。とにかく目の前にある仕事を何とかして済まそうと、手を早めたのだった。




