1話の①
「人の心が聞こえるんです」
「は?」
聞き返されたので、もう一度、言い直す。
「だから人の心が聞こえるんです」
イラッとしながら言うと、精神科医も怒気を含んだ声で返してきた。
「そんなことはありません。と言うか、あり得ません」
「本当なんですって」
蒼井貴明は自分の頭に手をかざし、もう少し説明を試みる。
「頭の上に階段ができて、仙人が降りてきて、急に聞こえるようになったんです」
「妄想です。妄想。統合失調症かもしれません」
「は?」
今度は貴明が聞き返す番だった。嘘呼ばわりされた気がして怒り声で返す。
「だから、本当なんですってば。妄想なんかじゃありません」
「統合失調症です、統合失調症。人の心が聞こえると妄想するんですよ。分かります?」
貴明が怒ったのが分かっているので、精神科医は今度は柔らかげに返してきた。それで貴明も少し落ち着き直して言い返す。
「それじゃないんです。何と言うか、突然、人の心が聞こえるようになったんですよ」
「じゃあ私の心の声も聞こえますか?」
精神科医が試すように言ってきたので、貴明は真面目に言う。
「面倒くさいと思っているんでしょう? 違いますか?」
「違います」
精神科医も真面目に返したが、少し顔がこわばっていた。
「ほかに私が何を考えているのか分かりますか?」
「分かりますよ。早く終わらないかなとか、この患者から金は取れるのかとか。1番はこいつ、頭大丈夫かって思ってるんでしょう?」
「……」
精神科医は口をぱくつかせたが、言葉が出ないようだった。だから、貴明が強気に出る。
「どうにかして治せませんか?」
「…お薬を出しましょうか?」
無難な言葉に貴明は納得せず、必死で言う。
「本当に困ってるんです!! 薬なんかじゃ治らない!!」
体をずいっと前に出すと、精神科医が椅子をひいた。気持ちが悪いと思われたらしい。
「3日分、薬を出すので試して見てください」
「そんな!! こっちは必死なんだよ!!」
怒鳴ると、精神科医は無視してパソコンの画面を見ながら、勝手に何かを打ちこんだ。そして、それを看護師に渡す。
「よろしく」
「はい」
看護師は短く答えると、貴明に少しかために答える。
「廊下でお待ちください」
「だから〜〜〜!!」
椅子から立ち上がって、貴明は焦ったように言う。
「信じてくださいよ!!」
「…次の方」
そっけなく言われ、貴明は脱力して、椅子に座った。看護師が慌てたように言う。
「廊下でお待ちください」
同じ台詞に、貴明はのろのろと立ち上がり、診察室を後にする。さいごに舌打ちは忘れなかった。
「どうなっているんだ、一体」
独白すると、ドアを強めに閉める。
答えが知りたいのは、自分の方なのに。
「何でこうなったんだーーー」
頭を抱えて座ると、周りは遠巻きに視線を向けてくる。ひそひそ話も聞こえてきたが、貴明は無視をした。
「分からない…」
どうしてこうなったのか。
話は一ヶ月前に遡る。




